5.明智様との再会
三話連続投稿の二話目です。
1581年7月1日 因幡国 昼飯山砦-
明智様の因幡攻略が始まった。
長らく、京の仕事が立て込んでいた為纏まった軍事行動が疎かになっていたのだが、羽柴小一郎殿のご助言もあって一万二千の兵を率いての進軍となった。久しぶりのまとまった軍容に儂も心が高まっていく。
敵は鳥取城に籠城している毛利方の将、清水宗治という男。忠義に熱き男と噂だが、主家である山名家を蔑ろにして毛利方の援軍を期待して籠城したらしいが…。
「利三、鳥取城の動きはどうだ?」
主君の明智様が儂に質問された。
「特に動きは御座いませんな。前線の左馬之助殿からも特に何もありませぬ。…強いては、後詰の羽柴小一郎様の軍が遅れているくらいで…。」
「…では小一郎殿が到着し我が軍の全容を敵方に見せてから使者を使わそうか。」
「畏まりました。」
儂は揚々と返事して本陣から自陣に戻った。ご主君もご機嫌良くなられており、心配事もなくなりそうだ。これもあの坊主のお陰と言っておこう。しかも此度の戦は羽柴殿は後詰に徹底してくれるそうで、手柄を譲って下さるそうな(明智様には言えぬことだが)。
とにかく、この戦で因幡を支配下に置き、その功でもって京支配を明智様のもとに一元化することを望めば目的は達成する。
…織田家支配の時代は終焉を迎える。美濃が再びわが手に戻る日も近い!
1581年7月9日 播磨国 加里屋城-
思った以上に備中の警備が厳しい。阿賀月衆にもこれ以上無理をさせられないから撤退を命じたが、得られた情報は羽柴秀吉様と時期を同じくして小早川隆景が備中を視察に訪れたことだけ。これでは羽柴家と毛利家が裏で繋がっていることを示す証拠にはならない。俺が欲しいのは、“誰が毛利家と繋がっているのか”だ。羽柴様、明智様、長曾我部様、堺会合衆…そしてそれがどうなって本能寺での戦になるのか。
しかし現実はそう容易く情報など得られるはずもなく、ここ加里屋城で何日も無為に過ごしていた。
「我ら瀬田衆ではこの辺りの川仕事の者どもから情報を得られることができませぬなぁ。」
山岡八右衛門が頭を掻きながらぼやいている。
「これより西は寺社衆の力も強く、商人衆や川賊は幅を利かせておりませぬ。」
段蔵が相槌を打つように説明する。
「唯一は瀬戸内の海賊…“村上”か……。段蔵、村上家に接触することはできるか?」
段蔵は首を捻って唸る。
「…難しくはないですが、得られるものがあるかと言われると…昔は兎も角、今は毛利家に寄り添っておりますから。殿はわかりやすい体格をしておりますので、直ぐに“鬼面九郎”と言われてしまいますよ。」
「う~ん…それでは意味がないなぁ。バレても“生駒吉十郎”の名が先に出てくるような相手のほうがいいのだが…。」
鬼面九郎は東国周遊中。そのことを念頭に置いて吉十郎として活動をする。だが、吉十郎の知名度は低い。唯一官位を貰っているのだが、あちこちでいろんな奴が自称している官位の有効性は低い。そもそもこの官位は公家衆への嫌がらせで受け取ったやつだし…。で、ここへきて俺の知名度の低さが行く手を阻んでいた。
「…主を知る者か……!?」
考え込んでいた八右衛門が何かに気づき手を叩いた。
「殿!覚えておりますか比叡山での戦のことを!あの時、我等に頼ることなく、叡山を下り、自ら西へ向かわれた御仁がおりました!」
八右衛門に言われて俺も記憶を辿る。叡山の戦ということは俺が密命を帯びて山に入ったのだが…。
「まさか、天台座主様!?」
思わず声に出したが、考えてみれば俗世嫌い織田家嫌いの座主様が俺ごときにお会い下さるとは思えぬ…。とすれば狙いはその従者か。
「あの時、座主様に付き従っていた坊主と女中がいたと思いますが、法主様亡き今も安芸の安国寺という寺で暮らしております。…いかがです?」
「…お会いして、何をしてもらう?余り周囲に影響を与える御仁のようには思えぬが?」
俺は一生懸命記憶を辿る。確か“伝清”という若い坊主だったか?座主様の身の回りの世話をしていた坊主などに秋の様子なの聞いて…。
「あの時の坊主は、実は覚恕様の御子に御座います。」
「何!?」
八右衛門の思わぬ言葉に、俺と段蔵が声を上げた。慌てて口を塞ぐ。
「…知っているものと思っておりました。あのお方は非公式ながら帝の血を引いております。場合によっては担ぎ上げられる恐れも…。」
俺は八右衛門の言葉を手で制した。そしてすぐに指示を出す。
「段蔵殿、今言った寺を直ぐに調査できるか?」
「二名向かわせます。」
「そのお方を保護することは可能か?」
「…寺の様子を見てからと思いますが、恐らく無理でしょう。既に厳重に監視されている可能性が高いです。」
「ダメ元だ。可能であれば、母と供に保護するよう伝えよ。」
「承知いたしました。」
段蔵が答えると、スゥーと気配が一つ消えていった。配下の者が俺の指示を受けて寺に向かったのだと思われる。
「八右衛門、お前ほどの者がかの者の重要性に気づいておらぬようだな。この事、京の公家共に知られぬよう注意しろ。知られてしまえば、対毛利戦を完全に見直しせざるを得ない。」
「そ、そこまで?」
「そうだ。今上の帝を廃し、新たな勢力として織田家に対抗する可能性を持っておる。」
俺の言葉に八右衛門は愕然とした。段蔵はすぐに理解していたようで、先ほどの俺の命令は最優先と受け取ったようだ。
「安国寺か……そう言えば“恵瓊”という坊主が毛利家にいたはずだが?」
「恵瓊は一度毛利家から追い出されたのですが、小早川隆景が再び招き入れた由に御座います。」
事前に調べていたようで八右衛門は直ぐに答えた。
「奴の動向は?」
「…何者かに守られており、うまく近づけずわからないというのが答えになります。」
今度は段蔵が答える。
「何者か…というのは?」
「それも含めて、わかりませぬ。」
「毛利家との書状には恵瓊の名はないはずだ。なればあの坊主は別の活動をしていることになる。誰と繋がっている?九州か?四国か?それとも畿内の誰か………」
言いかけて一人の人物の顔が浮かんで俺の思考は停止した。
…まさか?
安国寺恵瓊という武将は、史実では毛利家の外交担当官として、羽柴秀吉と接触し、秀吉の天下統一後は直臣として大名にまで成り上がっている。
元々羽柴様は毛利家担当として、早くから恵瓊とは接触していたはずだ。今も繋がりを持っていてもおかしくはない。
羽柴様は、毛利討伐の戦を何かと言い訳して先延ばしされている。明智様もそれに引っ張られていた。長曾我部様も同じく。そして戦が長引くことで堺の物流が活発になり、会合衆を筆頭に堺商人は懐を潤わせていた。甚助様の調べでは、明智様も最近堺の商人と取引を活発にしていると聞く……。
「仙石殿は羽柴様に従軍したと言っていたな。文を届けることは可能か?」
「…羽柴様の足取りを掴んでおりませぬ。直ぐには難しいかと。また居場所が特定できても近づくことができるかどうか…。」
段蔵が厳しい表情で答える。
「ならば官兵衛殿にもう一度会うぞ。その後は畿内に戻り、原田様と甚助様と池田の義父殿に会う。」
言いながら俺は立ち上がる。
「先ほどからどうなされました?恵瓊という坊主の話をしてから表情が変わられましたぞ。」
八右衛門が心配そうな表情で問いかけてきた。俺は屋敷の外へと向かいながら質問に答えた。
「…恵瓊は畿内で暗躍している。織田家中の和を乱す為にな。証拠はない。だから証拠を見つけ出す為に我らは動く。」
段蔵が片膝をついて一礼する。
「段蔵殿は先ほどの件を頼む。仙石殿と座主様の御子の件だ。八右衛門は畿内の瀬田衆を集めよ。交野城で集合し、俺の指示を待て。服部殿と雑賀衆も呼び寄せる。」
「大掛かりになりますな。大丈夫ですか?」
段蔵が疑問を呈したが俺は大きく頷く。
「むしろ派手に動く。あぶりださせるために囮として動く。本命は…甚助殿の生駒衆に任せる。」
「手柄を生駒様にお譲りに?」
「俺が欲しいのは手柄じゃない。恵瓊の狙いだ。」
俺の返事は二人の顔を晴れやかにした。
「では黒田様の元へ参りましょう。姫路にいる阿賀月衆の元に案内いたします。」
段蔵は繋いでいた馬に跨り、俺と八右衛門がそれに続く。俺たち三人は姫路に向かって馬を走らせた。
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私の知る史実では“本能寺の変”の実行者は明智光秀である。だが、光秀を唆し主君に刃を向けさせた首謀者(黒幕というべきか)は諸説あった。
私の居る史実では信長様と勘九郎様を亡き者にしようと画策している者が確実にいた。そして私の知る史実と同じく、公家衆、朝廷、明智様、羽柴様、長曾我部様と候補が私の中で上がっていた。
だが、当時は決定的な証拠がなく、また信長様と勘九郎様のお命を奪った後に天下をどうするのかがわからず、いたずらに日々を過ごしていた。そこに現れた天皇家の血を引く存在と恵瓊の暗躍。
この時私は最重要人物を羽柴様一人に絞り込んで行動するようになったのだ。
ご主君にも家臣にも知られずに極僅かな者だけでの活動。それはなかなか思うようには進まず、そんな中、織田家は西国に攻勢をかけ始めた。
明智様が鳥取城を包囲し、羽柴様が高松城へと攻め込んだのだ。ただ両将とも力攻めは行わず長期にわたる包囲で相手の戦意を喪失させて降伏を待つやり方で攻め、明智軍は二か月後に鳥取城をほぼ無傷で開城させた。羽柴軍より先に毛利家本拠に辿り着こうと更なる西進を始めたとき……またもや信長様に呼び出された。止むを得ず全軍を斎藤利三に任せ、安土へと向かった。
その道中、亀山城を過ぎたところである男と出会った。
その男とは、私こと生駒吉十郎である。
明智様と直接お会いするのは久しぶりであった。
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1581年9月24日 丹波国
俺は雑賀孫一、服部半蔵を引き連れ、街道の真ん中に立っていた。目の前には明智様率いる百騎ほどが鉄砲を構えて威嚇していた。
「…どういうつもりだ、吉十郎殿?」
明智様の視線も言葉にも再会を喜ぶ雰囲気は微塵もなく、敵意を向ける素振りであった。
「信長様からの御呼出しを受け急いでおられることは存じております。ただ、少しだけ私と話を致しませぬか?」
「生駒殿!我らは急いでおる!どかれよ!」
明智左馬助様が怒鳴り声をあげて前に進み出た。それを津田与次郎が慌てて止めた。
「左馬助殿!争うている場合では御座りませぬ!ここは私めに!」
そう言って与次郎が俺の元に走り寄ってきた。
「ど、どういうおつもりですか!?明智様も突然の御呼出しに気が立っておられます!」
「与次郎、明智様と話をさせてくれ。」
俺は与次郎に向かって頭を下げた。驚かれた。与次郎にも左馬助様にも明智様にも。そして与次郎を押しのけて一歩前に進み出た。明智の兵が槍を構える。それを見て孫一と半蔵も刀に手をかけた。
俺は二人を下がらせる。そのうえでもう一歩前に進み出た。
「某に話があると?」
明智様が俺を睨みつける。俺は臆さずに答える。
「はい。信長様が今、明智様に何を期待しておられるかをお伝えしたく。」
「話を聞くまでもない。」
「…では一言だけ。朝廷や公家共を統制致すは所司代たる村井様の役目。では、京そのものを守護し給うのはどなたでしょうか?」
「……。我らは急いでおる。」
「失礼いたしました。道中お気をつけて。」
俺は道の端に移動し頭を下げた。二人がそれに従う。明智様の一行は俺たちを一瞥して馬を走らせていった。
「…伝わったのかのぅ。」
遠ざかる一行を眺めながら孫一がつぶやく。
「村井様の許可を得て、京から雑賀衆と服部警ら隊を引き上げたのだ。織田家に仇をなそうとする輩が動き始める。…その時に明智様がどう動くかだ。」
「監視をつけますか?」
「いや、半蔵殿は原田様に従って堺と平野に張り付いてくれ。監視は生駒衆に任せる。」
「で、旦那は何処へ?」
「淀城だ。籠城の準備をする。孫一も来い。」
「…ほんとに攻めてきますかねぇ?」
孫一の愚痴を聞き流し、俺は歩き始めた。
京の監視は緩めた。
恵瓊は必ず動く。
あとは明智様が暴発するよう誘導し、
毛利家をうまく利用して、京に攻め入るはずだ。
羽柴様なら…そうするはず。




