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16.馬揃えは中止する!

三話連続投稿(三話目)です


あと、申し訳ございませんが、今更ながら第三部の19話が投稿されていないことに気づきました

この後に割り込み投稿致します。

良ければ、お読みください。




 ~~~~~~~~~~~~~~


 1580年11月、徳川家は潜伏先の駿河国徳山で織田家の猛攻を受け、討死された。


 徳川家の潜伏先は偶然に偶然が重なって発見されたそうだが、その後の戦いは熾烈を極めた。


 毛利良勝様が、本多忠勝と壮絶な一騎打ちを繰り広げ負傷しながらも首を取ったことで勢いが付き、帯刀(たちわき)様の見事な差配によってわずか二日で砦は陥落し、家康以下家臣一同はなだれ込んできた織田兵によって命を落とした。


 穴山信君は今川家に逃亡し、駿河の南半分が織田家の領土となった。今川家は当初の計画通り、北條家に攻略を任せる方針に戻し、関東攻略に全力を注ぐ体制に変更した。


 信長様は自らがお命を狙われたにも関わらず、家康討死の連絡を受けて自ら内裏にご報告に伺うほどご機嫌であった。


 この頃、私はようやく軟禁解除され、“津田九郎”として淀城主に復帰した。と言っても嫁子供は蒲生家預かりのままで、家臣も一部しか戻っておらず、完全に人数不足で領地経営を行う羽目になり、池田様、三好様に泣きついて人材をお借りしたことを覚えている。だが直ぐに馬揃えの支度にとりかかるため私以外は京に駆り出されてしまい、一人寂しく師走を過ごしていたな。


 …結局中止になったのに。


 ~~~~~~~~~~~~~~




 1580年12月2日 山城国淀城-


 俺は城主なのにお留守番をしている。


 芝山孫十郎が服部半蔵に変わって京都警備を行っており、人員不足で淀城の俺の配下、池田様三好様にお借りしたご家来衆を根こそぎ持っていかれた。

 多賀勝兵衛は蒲生様のお供で四国に出張っており、本多弥八郎、服部半蔵は未だ安土で軟禁中。城内は女衆と甲斐の里から移住してきた阿賀月(あかつき)の者たちがぽつぽつといるだけの閑散とした状況だ。


 阿賀月とは、加藤段蔵の一族の事だ。俺が新たな名を与えたのだ。段蔵は俺の家臣になることを受け入れ、徐々に里の者を淀に移住させるべく甲斐で活動している。…何故か最初に淀にやって来たのは俺の側室候補たちだったのは納得いかないが。まあ、おかげで夜は寂しくないのは…ゲフン、ゲフン。


 それでも、この城を出られないのは寂しい。信長様からは、段蔵の家臣化成功に対する褒賞として淀城は返却して貰えたが領内からの移動は禁じられ他の領主との接触を禁じられている。なので、京へも行けず摂津に駐留する池田の親父殿にも会えず、暇を持て余していた。


「……お顔が怖くなっております、旦那様。」


 甘ったるい声で俺の頬をぺちぺちと叩きながら若い女子が隣に座った。


「…しゃべり方。」


 名は梶。段蔵の姪にあたり、見目も器量もなかなかではあるが、甘ったるい喋り方が宜しくなく、都度都度注意していた。


「申し訳ございませぬ。」


 しゅんとして俯く少女を軽く抱き寄せ励ましてみる。…あーこれはまたなだれ込むかも。


「年が明ける前にお前も安土に移ってもらう。」


 梶の表情は曇る。


「俺の妻子が安土の蒲生様の屋敷で暮らしている。お前も祝言を挙げた後、質として安土に行ってもらう。」


「……そこでやるべきことは御座いますか?」


 今のは忍としてという意味であろう。俺は首を振った。


「他の姫たちと仲良くしてくれ。皆身分については余り気にしてはいないが、お前が身分的にも一番低いからな。」


「畏まりました。旦那様のご内室については既に伺っております。いざこざなどが起きぬよう務めてまいります。」


 梶は丁寧にお辞儀をして畏まった。



 やがて梶は数人の女中を連れて安土へと向かった。


 梶と入れ違うように京に行っていた与三郎が帰って来た。正体を隠すような恰好をした男を連れて。


「殿にお会い頂きたい者がおります。」


 そう言って与三郎は手ぬぐいを被った男を紹介する。俺が頷くと男が手ぬぐいを取った。


「弥平次殿…か?」


 男は黙って頭を下げた。俺はすぐさま屋敷の奥に案内して事情を聴いた。

 弥平次は明智様の家臣で今年になって荒木家から出戻った(りん)を娶り、明智秀満と名乗っていた。


「俺は他の者と接触することを禁じられた身です。貴殿と顔を合わせるのも本来は罰せられる。それでも俺に会いに来たということは?」


 弥平次殿は恐る恐る理由を述べた。


「我が主君…明智日向守の様子がおかしく…まるで何かに取り憑かれたようで……。」


 見ると弥平次殿は目に涙を浮かべていた。



 弥平次殿の話では、信長様より叱責を受け謹慎を受けた頃かららしい。戦に勝つことに貪欲になり、その為には手段も厭わぬ装いとなった。不正に対しては徹底的に処罰を行い、戦を維持するために民からの搾取も積極的に行うようになった。


「何か思い当たる節はありますか?」


 俺の問いに暫く考え込んでいた弥平次殿がはっと顔を上げる。


「そう云えば斎藤殿があれ以降大殿様への愚痴をよく言っております。」


 斎藤…ふむ斎藤利三か…。あの御仁も本能寺の変の黒幕の一人に挙げられていたな。


「明智家の多くは美濃に本拠を置く者が多いですが、戦に次ぐ戦で本拠に帰る暇もなく、以前から愚痴は聞こえておりました。以前は、明智様が窘めておられましたが、最近は同調する素振りも見せており…」


 弥平次殿は言い淀んだ。家臣の不満が溜まり、これに主君が同調する。そのことで斎藤利三が増長しておるようだ。弥平次殿は元来無口な性格で普段は大人しい男だ。増長する斎藤利三をはじめとする美濃衆を抑えることができず、明智様にもどう言えばいいのか困り果てていたのであろう。


 俺は暫く考えこんだ。明智様は確かに変わられた。より戦に没頭するようになった。それは羽柴様に対するライバル心かも知れない。そしてそれを後押しするかのように美濃衆が明智様を突き上げているのかもしれない。


「与三郎。」


 津田与三郎が勢い良く返事する。


「弥平次殿と共に明智様のもとへ向かえ。」


 与三郎は驚いた表情だ。


「お前が明智様を慕っているのは承知している。ならばお前を明智様の家臣となるのも悪くはないであろう。」


 与三郎は更に驚いた。


「池田の親父殿に書状も書いてもらおう。俺が淀城主に復帰しても家臣として帰参を拒んだとすれば問題ない。」


「し、しかし!」


「その代わり…弥平次殿と力を合わせ全力で明智様をお止めせよ。」


 二人は不安そうな表情に変えた。


「お…お止め?」


「これは俺の予想だが、明智様は野心を持ちつつあるのかもしれぬ。……天下に静謐をもたらすのは儂である!……と。」


「そ、そんな畏れ多い!!」


「当然、はっきりと思われているとは思えぬ。しかし周囲の影響を受け少しずつその考えに行き着くのではないかと思うのだ。そして考えを突き進めば何れ大殿様とぶつかってしまうであろう。」


 二人の表情が青ざめた。


「だからこそじゃ。そうなる前にお止めせねばならぬ。……それを二人にお願いしたい。」


 二人は唾を呑み込んだ。


「まずは明智様が今何をなさろうとしているのか調べるのだ。……できるな?」


「い、い、命に替えても!」


 与三郎が震えながらも膝をついて答えた。弥平次殿も同じように膝をつく。


「もしもの時は俺も俺も駆けつける。俺と連絡を取る手段も用意しておく。」


「畏まりました!」

「かたじけのう存じます!」

 与三郎と弥平次殿が返事をする。


 俺は親父殿宛の文を書き、小さく折りたたんで「絶対に見つかるな」と念を押して与三郎に渡した。そして二人を摂津へと送り出した。馬に乗って城から駆けていく二人を櫓に上って見つつ俺はひとり呟いた。


「…明智様。貴方は何を想って戦に臨んでおられるのだ?」



 1580年12月8日 近江国安土城-



 織田信長は、羽柴秀吉からの書状を読んで不機嫌そうな顔で広間を睨みつけていた。集まる諸将は固唾を呑んで様子を伺っていた。


 筆頭家老の蒲生賢秀は四国の長曾我部家との調整中、丹羽長秀と明智光秀が遠征中、織田信忠は徳川家討伐の事後処理で遠江に滞在中と信長に近しい人物が蒲生氏郷しかおらず、その氏郷も秀吉の書状の内容に不機嫌な信長を見ておろおろしていた。


 秀吉の手紙は10日後に控えた馬揃えに関するものであった。


 以前より秀吉を京に逗留させて内裏周辺で大規模な御馬揃えをすべく関係各所と調整をさせていたのだが、直前になって公家衆が難色を示して来たのだ。その理由は三つ。


・信長自身が無位無官の身である。

・信忠の官位が低い。

・朝廷に大きく貢献している今川家、毛利家と交戦中である。


 これらを理由に主上の御前での主催は相応しくないと言ってきたのだ。


 難癖もいいところである。最初から言っていればまだしも、直前になって言ってきたということは誰かの入れ知恵があったのだと思う。信長は公家の態度に不満を募らせていた。


「あ奴らは、大名同士が争うこの状況を終わらせる気がないのか?」


 信長は苛立ちをぶつけるように秀吉を睨みつけた。秀吉は恐縮した表情で平伏した。


「公家どもは応仁の頃から戦を自らの権威と財産を高めることしか考えておりませぬ。その為には我らが勢いづくことが嫌なのでしょう。」


「政も碌に出来ぬくせに権威に執着するとは…厚かましきことこの上なし!五摂家など取り潰してしまえ!」


 信長の苛烈な言動に秀吉が慌てふためいた。


「それは流石に乱暴すぎまする!それに近衛様のように大殿様と思いを同じくしてあちこちに出張っておられる方もおりまする!ここは何とか二条様、鷹司様と交渉して折れて頂きまする!」


 秀吉の言葉に信長は扇子を投げつけた。額に青筋を浮かべている。


「…また銭をばら撒けと申すか!?」


「ぜ、銭で公家を動かせるのであれば……」


「そのような公家なぞ要らぬわ!!!」


 雷のような怒鳴り声にその場の全員が硬直する。秀吉は作り笑いを浮かべようとして失敗して顔を引き攣らせた。


「………中止だ。」


「は、はひ?」


「中止だ!公家どもに伝えよ!儂を怒らせるとどうなるか!今後一切の援助は行わぬ!商家との取引きもできぬのと思え!」


 怒鳴り声を響き渡らせて立ち上がると信長は広間を大股歩きで出て行った。森蘭丸が慌ててそれについていく。残されたものはどうしたものかと顔を見合わせていた。




 翌日、秀吉は馬を飛ばして京に向かい、御馬揃え中止の旨が伝えられた。普請に集まっていた畿内の諸将は不平を言いつつも人足たちを集めて自領へと引き上げていった。そればかりか、京の警備担当であった者までもが姿を消し、京に店をかまえていた堺、平野の名だたる商家が店を閉めた。


 市内の各所大通りは閑散とし、突然の変貌に住人たちは不安を募らせた。



(かじ):架空の人物です。主人公の家臣となった加藤段蔵の姪という設定です。主人公の五番目の妻です。


明智秀満:諸説ありますが、本物語では三宅弥平次が光秀の娘を娶って明智姓を名乗った説にしています。某大河ドラマとは違う説にしています。


(りん):架空の人物です。初めは荒木村次の室でしたが、村重造反後に離縁されて出戻っていました。


斎藤利三:美濃出身の国人で、斎藤道三とは別系譜の斎藤家になります。親族が長曾我部元親に嫁いでいることから長曾我部を庇う為に謀反を起こしたと黒幕の一人に挙げられています。



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― 新着の感想 ―
[一言] 秀吉からの手紙を信長が読んでいたら、安土城に秀吉が何時の間にか来ている???ということは、秀吉の持って来た手紙を読んでいたのか!とやっと理解できました。それにしても今川毛利の貢献とは一体何?…
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