第10話:過去と未来の騎士団
【前回のあらすじ】
ライバルの子孫がブラック労働させられていたので、力ずくで解決したら怒られた。
「リースちゃん、そろそろ自重しないと」
「すまん……つい」
女子寮の一室、同室のマリマリはベッドに腰掛け、一方でリースは床に正座していた。座学を初日からサボり、商会にアポ無しで突撃し、壁と人間を破壊したと聞いた時、マリマリはすっ転びそうになった。
「そりゃリースちゃんの行動力には憧れますけど、いくらなんでも行動力溢れすぎです」
「前からよく言われる。なかなかのものだろう」
「褒めてません!」
マリマリはたしなめるつもりで言ったのだが、リースは何故かいい方に取ったらしい。その無駄なポジティブさはマリマリにとっては羨ましい限りである。
「仕方ないだろう。まっとうに働いている者に正当な対価を払わない。ロアは邪竜の子孫かもしれんが、奴とは直接関係無い。親が邪悪だからといって、真面目に生きている子まで悪党扱いは間違っている」
「そりゃそうですけど……」
説教しているのはマリマリの方なのだが、リースがあまりにも堂々と言い切るので、逆に押され気味だ。
『お前が悪いんだぞ。普通に考えて、いくらなんでも見ず知らずの奴の家の壁ぶっ壊すなよ』
壁に立て掛けてある魔剣ヴィクトワールが援護射撃を飛ばす。マリマリとヴィクトワールに挟まれ、さすがにリースもばつが悪そうな表情になる。
「でも、リースちゃんの言っている事も分かります。ロアさんはすごく優しいですし、私たちがこうして毎日ごはんを食べられるのもロアさんのお陰ですから。それに、その……」
「なんだ?」
口ごもるマリマリに対し、リースは先を促す。
「ちょっとスカっとしたんです」
「スカっと?」
マリマリの発する言葉の意味が分からず、リースは目を瞬かせる。
「だって、私もリースちゃんも、ロアさんも人間じゃないっていうだけで馬鹿にされてるじゃないですか。私たちにだって出来る事もあるのに」
「ああ、そういうことか」
「だから、リースちゃんがロアさんのためにやった事、やり方自体は褒められませんけど、ちょっとスッキリしたんです」
「そうだろうそうだろう。己の信念を貫くなら、多少の障害は打ち砕く勢いで行かねば」
「やり方は褒めてませんからね!」
すぐに調子に乗るリースにマリマリは苦笑する。やってる事は無茶苦茶だが、外見も相まってどうにも憎めないタイプだ。もっとも、だからといって放置しておくと大変なことになりそうだが。
「あ、そうそう。今日の座学で言われたんですけど、最近、この辺りで飛竜が見かけられたらしいから注意しろって。怖いですね……」
「飛竜?」
少し怯えた表情で話すマリマリに対し、リースは怪訝な顔をした。
飛竜とは文字通り空を飛ぶ事に特化した竜だ。厳密にいうと竜ではなく大トカゲの一種である。正式な竜種は驚くほど数が少ない。飛竜は確かにそれなりに強力ではあるが、リースはいっぺんにダース単位で相手をした事もある。
飛竜は竜の取り巻き程度で、大型のサメに張り付くコバンザメのようなポジションというのがリースの認識である。
「別に飛竜ごときで騒ぐ必要もあるまい。あんなもの適当に討伐すればいいだろう」
「適当にって……黒狼騎士団でも手こずる相手ですよ!?」
「いや、そのコクローなんたらというのは知らんが、騎士団だろう?」
「無理ですよぅ。人間が竜と戦って勝てるわけないじゃないですか」
リースの記憶では、自分のような我流で力任せに戦う人間と違い、騎士団とは正式な訓練を受けたエリート集団だ。リースは当時別格扱いされていたが、技術的な面や連携プレーで言ったら騎士団連中の方が上の部分もあった。
飛竜が数百掛かってきても、トンボ取りでもするように打ち落としていたのを見た事もある。
『今は時代が違うって言っただろ。飛竜すら滅多に見ないのさ。大型種はほとんどお前らの時代で狩り尽くしちまったからな』
ヴィクトワールがリースの疑問を解消するようにそう告げた。リースにとっては昨日のように思い出せる物は、今は伝説やおとぎ話の類になっているらしい。
「なるほど。ワシやタカが滅びた後、カラスが空の王者になったというわけか」
「カラスって……」
飛竜をカラス呼ばわりするリースに、マリマリはメガネの奥の瞳を丸くする。魔剣に選ばれるのはこういう存在なのだろうか。それとも、本当に魔剣が耄碌したのかと不安になる。
「それよりも、少し気になる事が出来たな。その黒狼騎士団とやらはそんなに弱いのか?」
「弱いって……そんな事言ったら本気で怒られますよ! この国で一番強力な騎士団なんですから」
「一番強い騎士団が飛竜一匹倒せんのか……」
リースにとっては冗談みたいな話だ。騎士団の新兵でも一人一殺くらいは出来る。だが、騎士団総出で飛竜一匹を倒せないという方が、リースにとっては信じがたい。
「マリマリは黒狼騎士団の戦うところを見た事があるのか?」
「い、いえ。ありませんけど、でも、騎士団同士の練習試合だと常勝不敗なのは聞いた事があります」
「ふむ……」
リースは口元に手を当てて考え込む。数百年前とは時代が違うと何度も言われているが、騎士団がそこまで弱いとはリースにはどうしても信じられない。普段は手を抜いていて、影でものすごい敵対勢力と戦っている可能性だってある。
「明日、行きたいところが出来たんだが、道案内をしてくれないか?」
「いいですけど、授業サボっちゃダメですよ!」
「……じゃあ授業が終わった後にする。それなら文句ないだろう」
「それならまあ……でも、どこに行くんです?」
マリマリが疑問を口にすると、リースは彼女をまっすぐに見つめ、
「黒狼騎士団に殴りこむ。この国の最強の実力を見てみたい」
と、すさまじい発言をした。
長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。キリのいい所で完結させます。




