10.お茶への誘い
それから一時間後、三人の姿は学院の外にあった。
アーガラムの街は、今日も活気があり、多くの人で賑わっている。石畳の敷いてある大通りでは、観光客用のカフェや土産物屋が立ち並び。街の中心にある大きな広場では、露天商が声を張り上げていた。
そんな街の陽の部分から少し入った路地裏。
そこに、アインとツヴァイとセシリアはいた。
道の端には浮浪者が吹き溜まり、宿屋の近くでは誰かを待つように女性が立っている。匂いもなんだか少し鼻につくし、見た目も全体的に薄暗い。
どうみても明らかに治安が悪い。
「本当にこんなところにいるの?」
そう声を震わせたのはアインにしがみついているセシリアだ。その声に答えたのは、同じようにアインにしがみついているツヴァイである。
「その、はずだけど。ここ、王子様が泊まっているって雰囲気じゃないよね」
「だね。ちょっとイメージとは違うよね」
「ほら、二人ともチャキチャキ歩けよ! それと、あんまり引っ張んなよ。俺の服が伸びるだろうが」
一人平気そうな声を出すのは、アインだ。顔はツヴァイとそっくりなのに、やっぱり性格は似ても似つかない。
アインは、手に持っている紙と立ち並ぶ安宿の看板を見比べた。
「この辺のはずなんだけどなぁ……」
「ねぇ、アイン。宿を見つけたらどうするの? 出てくるまで待つ予定?」
「そりゃもう、突撃一択だろ!」
「え!?」
「待つなんて悠長なこと言ってられねぇだろ?」
そんな兄のセリフにツヴァイは「僕は外で待ち伏せしようって提案したんだけどね」と困ったような笑みを浮かべた。
それから三人は薄暗い路地を歩く。
歩いているうちに段々と慣れてきたのか、三人の足取りは軽くなっていた。緊張していないように見えたアインも、先ほどより饒舌だ。
前にアインとツヴァイ。その後ろをセシリアがついていくような形で三人は歩く。
「王子本人はいいとして、問題はあの護衛のやつだよな」
「あの目つきが悪い人でしょ? あの人をなんとかしないとジャニス王子に話を聞くなんてことできないよね」
(あ、そうだ!)
前で話す二人の背に、セシリアは何か思い付いたかのように顔を跳ね上げた。
ジャニス王子の特性のことを話しておくのならば、今この時を置いて他にないかもしれない。『障り』をつけることができる……なんて話、信じてもらえないかもしれないが、話しておけば、いざ対峙した時半信半疑でも警戒はしてもらえるかもしれない。
「あのさ――」
そう口を開いた瞬間、セシリアの身体は横に引っ張られた。腕を掴まれ、先の見えない暗い路地裏に連れ込まれる。
叫び声を上げる前に口は塞がれ、後ろから抱え込まれるような形で拘束された。
「――っ!」
セシリアは咄嗟に反撃しようと踵を突き出す。そして、全体重を乗せて相手の足を踏みつけようとしたその時――。
「それはやめてもらえると助かるかな」
おっとりとした、それでいて妙な威厳を感じさせる声が耳元に届いた。
セシリアがその声に振り返ると、彼女を羽交締めにしていた男はまるで降参というように両手を上げる。
「ほら、僕はこっちの王子様よりも軟弱で、ひ弱だからさ」
男はそう言いながら数歩下がり、セシリアに笑みを向けた。
その男の顔を見た瞬間、彼女は息を呑む。
「ジャニス王子……」
「気軽に『ジャニス』で構わないよ。もしくは、『ジル』でも」
その言葉に、自分達の手の内がバレていることを知る。この段階でバレているということは、もしかしたらセシルたちは誘い出されたのかもしれない。
軽い感じでそう言ったあと、ジャニス王子はつま先を路地の奥の方へ向けた。
「乱暴なことをしてごめんね。君をお茶に誘いたかっただけなんだ。……ついてきてくれるよね、セシル」
「……」
「ついてきてくれたら、彼らには手を出さないでいてあげるからさ」
そう言う彼の視線の先には、ようやくセシリアがいないことに気が付きあたりを見回す、アインとツヴァイの姿があった。
短いですが、キリがいいので。




