8.オネエだから見世物になるようです
「トモヒロ君。おはよー。」
大した意味は無いんだろうけど、上条さんが隣に来て手を繋いでくる。昨日の続きらしい。危ない目に遭ったので心細くなっているのか強く握りしめてくる。
「アレっ。トモトモ。ベリーショートにしたのね。滅茶苦茶、可愛いぃ。」
挨拶を返そうと隣を向くと腰まであったはずの髪の毛をバッサリと切った上条さんの姿があった。
頭が小さい所為かベリーショートの髪型から覗くカリアゲも凄く可愛いのだ。美少女は何をしても似合うなあ。
「うん。気分転換しようと思って。」
少女漫画だったら失恋を疑うような言動だけど、上条さんに限ってそれは無いよな。
それに表情も凄く明るい。本当に気分転換で髪を切ったようだ。
「凄くいいよっ。特にこの辺りのラインがとってもキュート。」
繋いでいる手とは反対の手で肩から首筋の辺りから、カリアゲ部分を撫で上げるとくすぐったそうにしている。
「おいおい。オネエだからって、そこまで触らせるか。」
ヒデタカが呆れた表情になる。
あっ、拙いか。拙いよね。思わず触りたい欲望に負けたけどセクハラだよな。
「いいの。私たち愛し合っているんだから。」
上条さんは昨日の続きらしいセリフを言って俺の胸に飛び込んできたので、そのままそっと抱きしめた。昨日あれだけ苦労した甲斐があったようだ。
オネエだから警戒感が薄いのかもしれない。これ以上発展しないだろうけど役得だよね。
「あーあ、アホ臭いなあ。やっとれんわ。まあ気を付けるんだな。上条さんのファンは多いから嫉妬の視線で殺されないことを祈ってるよ。」
ヒデタカの物騒な発言に思わず身体を離して周囲を伺う。我ながら気が小さい。
今のところ興味津々といった視線ばかりのようだ。
「じゃあまた後でね。」
クラスの扉の前で上条さんと別れる。
「ごめんなさい今日は忙しいから休み時間に行けないの。ゴメンね。」
あっという間の役得だった。まさかこんなに短いとは思わなかった。残念。また何処かで機会があればいいな。それにはもっとオネエを磨かないといけないよな。
「振られてやんの。まあまあ今日はオレが慰めてやるから卵焼き1個な。」
ヒデタカが扉でデバガメをしていた。
「ホント! わーいヤッタ! 身体もお願いね。」
今度は長身のヒデタカの胸に抱きつく。身長に20センチ以上も差があるのでスッポリと収まってしまう。
「・・・・・・。」
ヒデタカが一瞬抱き止めたと思ったら俺を引き剥がす。
「どうしたのヒデタカらしくも無い。ちゃんとリアクションを返してよ。」
「ああうん。すまん。そうだな。」
「ヒデタカ。目がヤラシイぞ。どうせ、昨日のチヒロと重ねているんだろ。白状しろ。」
重い空気が気になったのかユウタが珍しくツッコミを入れてくる。流石は我がプロデューサーだ。
「そっか。これでアタシは2人陥落したわけね。次のターゲットはユウタよ。覚悟してね。うふっ。」
このノリもこの辺りが限界だ。大概に終らせて欲しい。
「確かに昨日のチヒロは可愛かったけどな。今のチヒロと重ねるなんて、どうかしてるぞ。」
ユウタからさらっと褒め言葉が出てくる。流石は学年カーストのトップというところかな。
☆
その日の弁当を食堂で摂っているとニュースが入ってきた。
「上条さんがダンス同好会を立ち上げたそうよ。」
順子さんが職員室で聞きかじった情報では同好会設立の条件である部員3人を揃えて生徒会に提出したそうだ。なるほど今日はこのために忙しかったんだな。
「えー凄い。トモトモってダンスできるのね。それは是非ともアタシに教えて欲しいわ。」
結構、意外かもしれない。今までは少し気が強いけど清楚なお嬢様のようだったのだ。それが髪を短く切り、ダンス同好会を作るとは思わなかった。
「チーちゃんってダンスを踊る機会があるの?」
順子さんが酷い事を言ってくる。そんなに鈍くさく見えるのか。まあ今までは学校の行事くらいでしか踊ったことはなかったんだよな。
「あのね。バイト先で偶に簡単なショータイムがあるの。アタシは今まで全然ダンスを習ったことが無いから、下手で恥ずかしいのよ。」
1曲3分くらいの曲を振り付け師の女性が来て教えてくれるのだが、皆可愛く踊れているのに俺は曲についていくだけで精一杯だ。それに後でダンスの話で盛り上がるのに俺だけ上手く話しに乗れなくて悔しい思いをするんだよな。
「うーん。見てみたいけど。あの店のチーちゃんを見てると一体何年女をやってきたのって落ち込んでくるのよね。やっぱり無理だわ。でも見るだけなら、部活でもいいわけよね。ダンス同好会に入れて貰えば? 放課後に体育館で部員募集するらしいわよ。」
それはいい考えだ。
「ありがとう。順子先生。アタシ行ってみるね。」
☆
放課後の体育館は大賑わいだった。男子生徒が多いのは上条さんの人気の度合いが知れるというものだ。こんなにライバルが居るのか。
この中にはダンスが上手くて格好良い男の子も居るに違いない。オネエの俺では太刀打ちできそうにない。半歩くらいのリードは簡単に追い抜かれそうだ。
「はーい。それでは始めまーす。まずは顧問になって頂いた高柳順子先生から一言。どうぞ。」
マイクを持った活発そうな女の子が壇上に立ち上がるとさらに3人の女性が並ぶ。一番端が上条さんで1人だけ離れた場所に居るのが順子さんだ。
あれっ。昼休みは顧問だなんて話、一言も無かったのに。もしかしてお昼休みの後で立候補しに行ったのだろうか。ありうるかも。俺のダンスを見たいとか言っていたもんな。
「沢山、集まってくれてありがとー。でも掲示板を見てきてくれたのかな! 違うよね。こんなポンポンを持って踊るダンスの同好会なんだよ。だから無理だと思う人は帰って欲しいの。ゴメンね。」
いきなり順子さんがチア用のポンポンを掲げて爆弾発言が投下された。
周囲からはブーイングや落胆の声が聞こえてくる。でも噂だけで掲示板を見て来なかった人が悪いもんな。しかも教師から言われたのでは抗議もできないに違いない。
「はーい。入らない人、見ているだけの人は横に退いていて貰えるかな。」
また司会役の女の子にマイクが渡り、声を張り上げる。
その言葉に男子生徒と一部の女子生徒がぞろぞろと左右に分かれていく。残ったのは後方に居た俺と3人の女子生徒だった。俺は平気だ。というかショータイムでもポンポンを持って踊っているのだ。
「あーれっ。まだ男の子が残っていますね。ズルはだめですよ。ズルは。・・・どうしましょう先生。」
順子さんの爆弾発言で全ての男子生徒は排除できると思っていたらしい。
またしても順子さんにマイクが渡る。そのとき上条さんと目が合った。何か睨まれている気がする。
「そうですね。ズルはダメなので1人ずつポンポン持って壇上で踊って貰いましょう。好きな曲を適当に身体を動かすだけで構わないわよ。」
もちろん順子さんは初めから考えていたのだろう。スラスラとセリフが出てくる。俺を見世物にする気らしい。いいよ。やってやろうじゃないか。




