エピローグ ~オネエもハッピーエンドになりたい!~
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「えっ・・・凪平さん。亡くなったの?」
3年生のゴールデンウィークが終る日、デート場所のカラオケボックスに現れたトモトモから俺はショッキングな話を聞かされた。
「そうなの。お母さんがブツブツ言いながら、葬式を挙げていたわ。でも、参列してくださったトランスジェンダーの方々やお坊さんの話を聞いて涙を流している姿を見て、お父さんをとても愛していたんだとと思ったの。」
凪平さんは親兄弟から縁切りされていたそうで、親類はトモトモしか居なかったらしい。だから元妻の上条玲子さんが全てを取り仕切っって行ったらしい。
最近、上条さんの派遣会社はトランスジェンダーの印象を良くしようとピンハネ率を改善したり、LGBT団体へ寄付したりして奔走している。これもその一環じゃないかな。
お坊さんの話は上手いからな。残された人々の心を軽くするために繰り返し繰り返し涙を流させるようなことを言うんだよな。しかし、トランスジェンダーの葬儀を引き受けてくれる宗教者も居るんだな。後で何処のお寺さんか聞いておこう。
「凪平さんは、何故亡くなったの?」
「性適合手術を受けたのだけど、術後の経過が悪くて、そのまま亡くなったそうよ。」
そうかと安心する。俺が北九州へ転勤させた所為じゃなかった。でも違和感を覚える。
「ちょっと待って、アタシの覚えが確かなら凪平さんって、女性ホルモンも睾丸摘出や豊胸手術もまだじゃなかった?」
それどころか子供も作り、父親としてトモトモを愛していた。心が女性の性同一性障害のトランスジェンダーの中でも男の肉体に引き摺られていたタイプだ。性適合手術が必要なくらい肉体に違和感があるタイプじゃなかったはずだ。
「そうなの。本年度の健康保険制度が改正になって、女性ホルモンを投与していない男性で、豊胸手術と性適合手術を同時に受けるならば、健康保険制度が使えるようになったらしいの。」
そういえば確かに聞いたことがある。知り合いも医者から進められたが、手術の危険性が数倍に跳ね上り、硬いままの胸に入れる所為でシリコンが上手く適合せずにずっと痛いままになる症例もあるらしく。諦めたという話だった。
ニューハーフさんに聞いたところ、普通は女性ホルモンを投与して丸みを帯びた身体つきになり、半年後に睾丸を摘出して男性としての性から解放され、その1年後胸を作り、さらに1年後に性適合手術を受けるのが最短だったはずだ。
それだけ手順通りに行って成功しても、鬱になる人や何ヶ月も痛みが引かない人が多く出る手術だ。それを1度に行おうというのだから、よほど切羽詰まった事情があったに違い無い。
「年齢の所為なのかな。それとも遠くに転勤になって1人になったから?」
人生100年と言われて久しいが50歳を越えている凪平さんは性適合手術を受けるには遅すぎるくらいだ。
転勤してトモトモに頻繁に会えなくなったことも一因だとすると自業自得だったちはいえ、俺の所為でもあるわけである。
「うん。何かね。経験を買われて、地元の大きなイベントのオーガナイザーに就任したの。全国的にその規模のオーガナイザーで男のままのニューハーフの人は居なかったの。だから性転換するんだって手紙をくれたよ。馬鹿だね。お父さん。」
考え無し過ぎだよ凪平さん。自分が死んだらトモトモが悲しむと解っていなかったのだろうか。
「トモトモ。ダメ。悲しいときは泣いて。ほらアタシの小さな胸で良かったら貸してあげる。」
俺はカラオケボックスの席の隣にあきらかに無理している顔のトモトモを座らせて抱き寄せると、静かに泣く彼女を抱き締めた。
☆
その日、求められるまま彼女を抱いた。当然、処女だった。男でも女でも悲しいことがあったときに好きな人に抱き締めて貰うのが一番効果があるという。
「良かったの?」
それでも聞いてしまう。彼女には大切な友人であり、愛し合う人であるアキエちゃんが居る。その彼女を差し置いて手を出してしまった。
「うん。気持ちよかったよ。優しくしてくれてありがとう。」
違うだろ。エッチが気持ち良かったかと聞くオッサンかよ俺は。
「五代さんは?」
トモトモに俺という彼氏が出来て自分の気持ちに気付いたアキエちゃんは俺に絶対奪うと宣言して3年生に上がるとき、以前から誘われていた有名な劇団に研究生として入った。今は海外公演の真っ只中で奔走しているはずだ。
「あは。そんなことを気にしていたの? トモヒロくんのほうが詳しいと思っていたんだけど、彼女はネコなのよ。だから私を抱く権利を持っているのはトモヒロくんだけなの。」
意外な事実を聞かされる。いやユウタが好きな彼女だから意外じゃないのか。
「えっ。あっ・・・そう。そうなんだ。」
トランスジェンダーに取っても女性の同性愛であるビアンは未知の世界だ。どっちがタチかなんて解るわけが無い。
「それとも、抱いて欲しかった? 私はどちらもできるよ。」
トモトモの瞳がギラリと光る。肉食獣の瞳だ。俺の周囲には肉食女子が多すぎる。怖いよ。
「アタシのバックバージンは老後の楽しみに取っておくわ。痛いのはイヤよ。」
「トモヒロくんのバックバージンは競争率高そう。」
笑顔の戻った彼女が指折り数えていく。そういえば順子さんも欲しがっていたな。陽子さんや優子さんは解らないが、偶然を装ってお尻を触ってくるときがあるから油断できない。さらに指を折って数えていく。いや指5本以上もいらないから・・・。
「そういえば、アタシ『オネエちゃんと一緒』の同人誌を見つけたわ。作者本人が出しているやつね。」
話題の方向性に嫌な予感しかしない俺は話題を強引に変える。売れた漫画家の出した同人誌ならネットのまとめサイトなどに載っているのだが、作者が出版社に無断で少部数しか刷らなかったため、載ってなかったらしい。
本当に偶然、古書店で見つけなければ俺もあんなラストシーンを見なくて済んだかもしれない。
「知ってる。」
俺の視線から逃れるようにして、彼女がボソッと呟く。そうか熱烈な愛読者だったからな。リアルタイムで読んでいれば、同人誌の情報も簡単に掴めたのだろう。
「ええっ。知ってるの? あのラスト酷いね。」
ラストでは交通事故で父親が亡くなった女の子の悲しみにつけ込んだオネエが強引に肉体関係を持つをいう鬼畜ネタで締めくくってあった。それでお互いの気持ちに気付き、ハッピーエンドになったらしい。少女漫画にあるまじき展開だ。
「そう・・・ね。ストーリー通り進めてくれてありがとう。父親に死んで貰った甲斐があったわ。」
「えっ・・・まさか。」
背中に一筋、冷たい汗が滴り落ちる。
「そうよ。トモヒロくんを越えるためには性転換するしか無いって、自慢できるパパになって欲しいなって少し背中を押してみたの。馬鹿だよね。何も全て1度にやらなくてもいいのに。あとはハッピーエンドになるだけだわ。逃げないでしょ。『男気のあるオネエ』だもんね。」
逃げ道まで塞がれてしまった。
「冗談でしょ。」
顔が強張る。
「結婚しなくていいの。トモヒロくんの傍に居たいだけ。それは初めて告白したときから変わりは無いわ。一生トモトモコンビと言われ続けるだけでいいの。だから『一緒に居てね』」
確か同人誌のラストシーンのセリフも『一緒に居てね』だったはずだ。
これでチェックメイトらしい。
「どうしたチヒロ。卒業式なのに上の空なんて珍しいな。」
結局、卒業してもトモトモから逃げられなかった。嫌いになれないのが敗因だ。時々奇怪な行動を取るだけで、危害を加えられるわけでもイジワルをされるわけでも他の女性たちに嫌がらせをするわけでも無いのである。
しかも最近は堂々と奇怪な行動をする所為で俺のほうが同情されている。何気に俺の性格を読み、逃げ道を塞がれているだけのような気がする。
これも人生だ。怒らせると怖い優子さんは言うまでもなく、嫉妬深い順子さんも怖いし、奇怪な行動をするトモトモも怖い。陽子さんは陽子さんで俺の愛を勝ち取ろうと罠を仕掛けてくる。
ハーレム状態でウハウハなはずなのに油断して1歩踏み外すと地獄が待っている気がしてならないのである。
「ユウタは、どうしてアタシをオネエにしたかったの?」
全てをユウタの所為にするつもりは無いが、起点は俺がユウタたちのグループに入ったことだ。ユウタのグループに入らなければ、平穏無事な生活が待っていたに違い無い。
「僕は、一生チヒロの傍で一緒に居たかったんだ。・・・どうした、チヒロ真っ青だぞ。」
ユウタお前もか。一瞬、血が引き貧血を起こした。支えてくれるユウタは優しかった。下心なぞ微塵も感じられなかった。誰だよBL的展開を期待したヤツ。
「大丈夫よ。昨日、少し寝られなかっただけ。何でアタシの傍に居たかったの?」
「軽蔑されるから言いたくなかったんだけど、あの寒稽古の日、僕もあの場所に居たんだ。」
そういえば空手の黒帯と祖父から聞いた覚えがある。他の道場の子も来ていたとは知らなかったな。
「助けられなかったことを後悔してるの? 気にしないで、そんなことをすれば多重遭難よ。」
「違うんだ。万が一のことを考えてウェットスーツを着て待機していたんだ。なのに飛び出していくチヒロを止められなかったんだ。」
ボディーガードはもう1人居たのだ。ユウタの話では、その日俺たちは初めて会ったらしい。
「それはそれで正解よ。トモトモを助けるかどうか。お父さんでも迷ったんだもの。アタシと同い年の貴方がそこまで判断できるわけが無いわよ。アタシが無鉄砲だったの。反省しているわ。」
父親同然だったボディーガードは俺しか見ていなかったのかもしれないが、普段の俺を見ていれば助けに行くであろうことが解っていたと思う。俺が先に行動したということは迷ったということだろう。
「チヒロの鎧になり、盾になり、剣になり、槍になりたかったんだ。今でも先に行動されてしまう。情けないよ。」
ありゃ。落ち込ませるつもりは無かったんだけど。無鉄砲なのは変わらなかったということだけなんだけどな。反省しないと。
「そんなことは無いわよ。有象無象の世間から守って貰ってくれていたことを知っているわ。感謝しているのよ。これでも。」
そうだ。不幸だと思っているなら全ては自業自得だ。ユウタの所為でも誰の所為でも無い。
信じられる親友が3人も出来て、怖い彼女が4人も出来た。
これで不幸だと思うなんて贅沢すぎる。1歩間違えれば奈落の底でも間違えなければいいだけだ。
しかし、いったい何時になれば、普通の友人や普通の彼女が出来るモテ期が来るのだろう。
まさか、一生このままだなんてことは・・・。止めよう学校から飛び立つ卒業生の考えることじゃないよな。
最後までお付き合いくださいましてありがとうございます。
これで完結となります。感想をお待ち申し上げております。




