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6.オネエなのに百合の真似をするようです

「アタシはそうでも無いんだけど彼女は男らしいタイプは苦手なの。だから帰って頂けないかしら。」


 道着から拳法部の人間だと解る。開いた胸元から覗く隆々とした筋肉が気持ち悪い。でも本人はこの肉体が自慢なのだろう。胸の筋肉が常時動いている。


「うるせー。オカマは引っ込んでいろ!」


「そうはいかないわ。アタシたちは愛し合っているのですもの。」


 目の前の男に上条さんと恋人繋ぎをした俺の手を見せ付けてやる。どうだ。いいだろう。


「そんなもの。こうだ。」


 男が正拳突きを繰り出してくる。


 咄嗟に手を離して上条さんを後ろに庇った。


「危ないじゃない。カヨワイ女の子に怪我をさせる気なの! もうどうしようもない男ね。」


「クネクネと気持ち悪いオカマめ。どけよ。」


 好きでクネクネしているわけでは無い。内股にするとどうしてもそう見えてしまうらしいのだ。


「ヒドーイ。アタシもキズつくのよ。」


 タツヤに言われ慣れている所為か。大したことはない。ウザイと思うだけで蚊に刺されたようなものだ。


「うるせー。いい加減に退けよ!」


 真正面に立った俺に再び正拳突きを繰り出してくる。俺は上条さんを軽く押して、左側面に回りこむと同時に足払いを掛けると男は見事に前のめりに転んだ。今上条さんも反対側の足を払わなかったか。見間違いかなあ。


「俺のダチに手を出すのもその辺りにしておかないか!」


 ようやく真打登場だ。喧嘩になりそうだったら、介入するようにタツヤにお願いしていたのだ。


 だがタツヤの顔を見た途端、肝が冷える。


「お、おまえは山品達也。うわー、殺さないでくれっ・・・。」


 転んだ男が四つん這いになって逃げ出していく。


 男の言葉が大げさでも何でもないくらいタツヤの凄んだ顔は迫力があったのである。細めた目はもちろんのこと立ち上る雰囲気は肉食獣のソレである。もちろん上条さんも硬直して動けない。


「ユウタ。どうすんだよ。これ。洒落にならないだろ。だからやりたくなかったんだ。」


 ユウタも傍に居るらしいがタツヤから目を離せない。だがタツヤの表情は悲しそうな顔に変わっていく。


「仕方が無いじゃないか。この方法が一番、穏便なんだから。」


 そうか。俺を助けてくれたんだよな。なのに俺がタツヤを怖がってどうする。


「アタシを助けにきてくれたのね。ウレシイ!」


 ユウタの声に硬直が取れ、慌てて剥がれ落ちたオネエの皮を被りなおしてタツヤに抱きつく。今の俺には情けないがオネエしか頼れるものは無いのだ。


「お前、俺が怖くないのか?」


「怖いわよ。おしっこチビりそうよ。でも今赤くなっているタツヤも本物だもん。可愛いったらないわ。キス・・・しっ・・ちゃ・・おっ・・かな。」


 上手く笑えているだろうか。タツヤをキズつけるくらいならオネエで自分の心を騙し通してみせる。


「わ・・わ・わ。やめろー。止めてくれ!」


 周囲にタツヤの叫び声とユウタとヒデタカの笑い声が響いたのだった。


「終ったようね。一切合切、動画に記録しておいたから、何か言ってきても大丈夫よ。それにしてもタツヤ君の凄んだ顔って、そんなに凄いのね。見てみたかったわ。」


 続いて順子さんが登場する。彼女のほうからは見えなかったらしい。


 見ていたんなら止めろよと思わないでも無かったが、教師といっても女性だから仕方が無いか。


     ☆


「へえ。そんなことがあったんだ。だからお兄ちゃんがニコニコなのね。」


 帰り道に中学校舎から優子ちゃんが合流した。元々怖い顔だから解りづらいが口元が綻んでいるらしく。滅多に無い光景だという。


「タツヤ、ゴメンね。アタシ一瞬硬直しちゃったの。ユウタの声のお陰で直ぐに解けたけど。」


 決して平気だったわけじゃないので正直なところを伝えておく。上条さんなんか腰が抜けてしまっていたんだよな。後で謝っていたけど、あれが普通なんだろうな。


「一瞬で解けるなんて凄いのよ。身内の私たちでもビビるもの。これなら私の本性を見せても大丈夫そうね。」


「ま、まさか。優子さんにもあるの?」


「そうね。本気で怒らせると周囲の温度が5度くらい下がると言われるわ。だから化粧で誤魔化しているの。」


 なるほど。だからピンク系のチークだったり、ファンデーションが厚かったりするんだ。


 随分、大人っぽい化粧だと思っていたけど、そんな裏があったとは思わなかった。これは絶対に怒らせないようにするべきだ。


 その時だった。ポケットに入れていたスマートフォンが鳴り出す。


「『キャラメリゼ』のママだわ。どうしたのだろう。」


 俺はスマートフォンの通話ボタンを押した。


『はい。はいそうです。・・・学校が始まったんで無理です。えーそうなんですか。もちろん今もそう思ってますよ。そうですね今週だけで2時間くらいなら、なんとかなります。ええ、解りました。それでは失礼します。』


「ゴメン皆。バイトが入っちゃった。抜けてもいいかな。」


 女装ルームを経営しているママからヘルプが入ったのだ。ママは別に男の娘喫茶を経営しており、キャストが複数人、急に病気で休んでしまったので代わりに入って欲しいということだった。


 ここのママには大変お世話になっているので断りづらいのである。この店には何度かバイトを体験させて貰っているから出来ない相談では無い。時間も本格的に授業が始まって無い今週だけということなので受けたのだった。


「お前。何処から声を出しているんだよ。一瞬本当の女の子かと思ったじゃないか。」


 ヒデタカが驚いた声をあげる。女装ルームでは女の子の声を出す練習もしており、ママの前ではいつも強制されているのでつい出てしまったらしい。


「じゃあ、行ってくるね。」


 これ以上、何か言われないうちにさっさと抜け出すに限る。


「待ちなさい。そのバイト、如何わしいところじゃないでしょうね。」


 しまった。担任の順子さんも居るんだった。うちの高校はバイトを禁止しているわけでも無いが教師の目の前でする話じゃなかった。


「大丈夫です。喫茶店ですから。」


 格好もウエイトレスの姿で露出は高くないし、ミニスカート姿も無い。喫茶店のウエイトレスに比べると派手だが普通の格好だ。まあ女性用下着は必須だが仕方が無いだろう。


「ははん。男の娘の店なのね。解りました保護者として付いていきます。よろしいですね。」


 急に教師としての顔を見せないで欲しい。ドキッとするじゃないか。

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