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68.オネエは嬉しくないようです

お読み頂きましてありがとうございます。

「これは?」


 渡された銀行口座に祖父から多額のお金が振り込まれたのだ。俺は祖父の家に乗り込んだ。


「この間、山田ホールディングスで働いただろう。その対価じゃ。」


「えっ。請求したんですか?」


「むう。結構ふっかけたんじゃが。ヤツは素直に払ってきやがった。」


 滅茶苦茶、不満そうな顔だ。別の思惑があったらしい。


 俺の意思で社長の会社で働くときは何も言わないが無理矢理借りるときには加納家を通せと言ったらしい。


 それを素直に払ったということは、俺にそれだけの価値があったということなのだろう。それは嬉しいが、俺の意思を聞いてくれなかったことは嬉しくない。


「まあ鈍感ですからね。あの鈍感さを真似するのは難しいんですよ。」


 社長に一番近い考えを持ち、良く似ていると言われるが鈍感さは装っているだけだ。どちらかと言えば空気を読むのは得意なほうで、あえて自分に得するように鈍感を装っているのだ。


「ほう・・・なるほど天然には負けるか。そうでなくては冷徹な判断はできないが大丈夫か?」


「大丈夫です。情は薄く広くがモットーですから。情なんてもんは熱くなりたいときだけなればいいんです。」


 そのときだった。襖が開いて2人の中年女性が入ってきた。


「お父さん。カノンを手離すって本気ですか?」


 チラリとこちらに視線が向くが無反応だ。女装姿だったから愛人か何かかと思われたのかもしれない。


「売り渡し先ファンドの選定をしておる。そうだったのうトモヒロ。」


「最終2社まで絞り込んでいます。」


 俺が発言したことで彼女たちの目が細められる。


「こんな子供・・・子供に任せたというの?」


「子供と侮るとは、ほんとうにわしの娘か? 与えた会社をたった数ケ月で加納ホールディングスの第2位、第3位の時価総額を誇る会社に成長させた男だぞ。お前たちが選んだ婿の誰も成し遂げなかった加納家の未来を預けるに相応しい人材じゃ。」


「それは・・・運が良かっただけでしょ。」


「そういう言葉は会社を成長させてから言え。成長させるどころか足を引っ張るばかりの男を婿にしやがって。まだ孫娘の美加子ほうが何倍もマシじゃ。」


 ああこの人が娘が山田ホールディングスの関連会社に勤めると聞いて、抗議にきた男の奥様か。確か子会社の経営を任せられていたが維持するのが精一杯で碌な成長戦略も打ち出せず、別の子会社の閉職に追いやられたはずだ。


「まあそう仰らず。義兄さんたちも株式会社カノンには手を焼いているんです。手離すと脅すのも手かもしれませんね。」


 次は父が入ってきた。もう1人の女性の旦那様は加納ホールディングスの取締役の1人だったはずだ。仕事の引き継ぎにお伺いした際にお会いした、余り押しの強く無さそうな男の顔を思い出す。


「父さん・・・。」


「海外で頑張ってくれたお前には悪いが加納家は株式会社カノンから手を引く。これは決定事項じゃ。」


 そうだった父もカノン側の人間だった。


「お父さんがそう決められたのだったら仕方ありません。当分は息子に任せて、出番があるまで楽隠居を決め込んでいますよ。」


 流石に家族との板挟みはツライのかあっさりと引き下がる。母と駆け落ちしようとした父だ。重みが違うようだ。そこまで割り切れない俺は母似なのだろう。


「お前ってヤツは。出来が良いくせにやろうとしないじゃから・・・まあいい。さらに出来の良い後継者を残してくれたからの。そのうち、息子に扱き使われるじゃろうて、なあトモヒロ。」


「父さん。本当にいいの?」


 改めて父に顔を向けると笑顔が返ってきた。


「ああ母さんにはまたケツを叩かれるかもしれないが宥めておいてくれないか?」


「それはもちろん。精々、今までの分も甘やかしてやってください。あれでも寂しがり屋なんですから。」


 いつも気丈な母だが、父が海外に出て行くときは寂しそうなのだ。


     ☆


「最後通牒にやってきました。」


 売り渡し先のファンドも決定したので、株式会社カノンの経営陣に最後通牒にやってきた。もちろんユウタも同行している。


「待ってくれ。」


「待てないですね。50パーセントの高卒採用と経営陣の総退陣を受け入れて下さるならば考えましょう。」


 売り渡し予定のファンドは企業を上手く切り売りするのが得意だから、これでもまだまだ甘いのだ。


 2社残った内、もう1社は山田ホールディングスの息の掛かったところだった。どうせ、あの人のことだから、経営陣を退陣させ従業員だけは助けるつもりだったのだろう。


 1度身内になった従業員にはトコトン甘いのが、あの人の悪い癖だ。


 株式会社カノンは社員の総意として高卒採用を拒絶したのだ。そんな輩をあの人の身内にするわけにはいかない。そちらのファンドは無交渉で切らせて頂いた。この会社レベルの技術力を持った会社などゴマンとある。


 どうしても必要ならば切り売りされた後、買い取るに違いない。


「うっ。何故、こんなことに。売上も株価も上がっていたのに。」


 まあ上手く動けば取締役くらいには残れるかもしれないから、動かないだろう。


 売上も株価も上がっていたのは、山田ホールディングスの協力会社と見られたためだ。日米同盟に亀裂が入ったと言われ、日経平均も半分まで落ち込んでいる今、唯一生き残っているのが米軍とスペースコロニーを開発してきた蓉芙グループ、そしてその中核となる山田ホールディングスなのだ。


「貴方がたは、確かに売れるものを見つけるのは上手い。だが人を育てるのは下手クソだ。不況の度、加納家は何度と無く援助をして、人材を送り続けてきましたけど、もう限界なんです。」


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