41.拳銃を向けられました
「足手纏いなんだけど。本当に来るの?」
ユウタとヒデタカが付いてくるというのだ。もちろん順子さんには知らせていない。後でまた怒られるんだろうな。
「決まってるじゃないか。僕たちはチヒロのナイトだよ。」
恥ずかしげもなくユウタが言い切る。イケメンのユウタが言うと決まるなあ。この辺りが学年カーストのトップの格の違いってやつなのだろう。
「いやアタシ男だからナイト要らないから。」
だが所詮は学校内のカーストだ。外部の人間には通用しない。しかも相手は元ヤクザの組長でタツヤ以上の能力の持ち主なのだ。タツヤで慣れているとはいえ能力を使われたら、俺さえも硬直するかもしれない。そうなればいい弾の的だ。
「今のチヒロは男の娘だろ。それも凄く頼られたくなるような、心細げなカヨワイ感じだぞ。」
いつもよりも眉毛を薄くして、睫毛を長めに伸ばして、アイラインをタレ目気味にしつつ、伏せ目がちにして演出しているのだ。以前の上条さんがこんな感じだった。騙されるのがヒデタカじゃ意味が無い。
「相手の油断を誘うためにそうしてるの! とにかく横に控えていてね。いざとなれば弾避けにしてあげるから。」
優子さんとタツヤの祖父は山品家の屋敷の離れに居るときもあるが、普段は多くの用心棒や愛人に囲まれた別宅に住んでいるらしい。
まずは山品家に向う。ここに来るのは誘拐されて以来だ。
「なんだチヒロ。もう震えているじゃないか。」
陽子さんの居るところへ通されるときに入り組んだ廊下を通る。同じ屋敷の所為か、あの座敷牢に似た造りの場所があって身体が自然と震えたのだ。
「優子さん。あの場所は・・・この奥?」
「そうよ。私に取って大切な場所でもチー君に取っては恐怖が刻まれた場所なのね。」
「ごめん。覚えて無いの。本当にごめんね。」
順子さんに平手打ちされて目が覚めたときにエッチをした痕跡と脱力感があったから、エッチしたことは確かだと思うが何分記憶が無いのだ。
「チー君が謝ることじゃないでしょ。そうだわ。あそこでもう一度エッチすればいいのよ。そうすればお互いに良い記憶として残るわ。」
「それはちょっと・・・エッチするなら、何処かホテルでも予約するわよ。責任が取れるような年齢になったらね。」
もう一度、あの部屋に入ったら、今度こそ2度と出られない気がするのだ。
「何年後よ。それでなくても映画デビューするんでしょ。順子先生やお母様だけでも対抗できないのに。チー君を好きな女性がいっぱいなんて。」
映画デビューしたからといって、オネエの俺を好きになってくれる女の子は居ないと思うんだがな。
「優子ちゃんといつの間にそんな関係に・・・しかも順子先生にタツヤのお母さんまで。」
「ヒデタカ。情報遅いよ。順子姉は嬉々として報告してくれたよ。いいよなチヒロみたいな女の子。何処かにいないかな。」
ユウタはもう知っていたらしい。順子さんは自覚が無さ過ぎる。
「居るかよ。」
陽子さんは奥まった部屋の応接間に居た。
「本当にお義父さまに会いに行くつもり?」
俺がソファーに座ると隣には優子さんが座る。ユウタやヒデタカやタツヤは立ったままだ。本気でナイトのつもりのようだ。
「もしかしてアポイントメントを取ったというのは嘘でここには説得に呼ばれたんですか?」
「一応居てくれるようには頼んだけど、自由きままな人なのよ。まあ向うのは2時間後でいいんだけどね。」
陽子さんはソファーに俺を挟んで座る。2時間掛けて説得するつもりのようだ。両側から内腿を撫でるのは感じるから止めてほしい。
「また監禁してでも引き止めます?」
ユウタとヒデタカの表情が変わる。流石に順子さんでも報告してないか。
「そうねぇ。順子先生を呼んで優子と3人で座敷牢に押し込むのも1つの手段ね。どちらかに子供ができれば、チーくんでも諦めるでしょう?」
「優子さんに子供ができれば逆に諦めきれなくなるから、陽子さんを誘惑することにしますね。」
陽子さんに抱き付き唇を重ねる。
「お母様。ずるい。私も頂戴。」
優子さんに無理矢理引き離されて、強引に唇を奪われた。
「ヒデタカ。何をガン見しているのよ。そこは視線を逸らすところでしょ。」
周囲に視線を向けるとヒデタカと視線が交わってしまった。ずっと見ていたらしい。
「だってチヒロ。凄いエロい。」
アダルトビデオを初めて見た中学生かよ。
まるで要塞のような建物だった。3メートルはありそうな壁に囲まれ、そこらじゅうに監視カメラが設置され、お寺のような門構えに鋼鉄製の扉がはまっていた。
「組は解散されたんでしたよね。」
それにしては随分とお金が有り余っていそうだ。
「まあね。でも銀座一帯の縄張りはお義父さまのものなの。他の組に貸しているだけ。銀座9丁目だけは、ミカジメ料代わりに山品家が経営するクラブやバーに週1回飲みにきてお金を落としていくことが暗黙の了解になっているの。」
法律の抜け道ってやつか。組織が無ければ暴対法の対象にはならないわけだ。
「先様は既にお着きです。」
門を開けてくれた、いかにもその筋のお兄さんが冷めた目で伝えてくれた。
監督さんは先に着いているようだ。タツヤのことは既に決められてしまっているのだろう。
ここの廊下も曲がりくねっており、所々で目付きの悪い男がこちらを監視するような目を向けている。何処かの組が押し入ってきたときの対策なのだと今更気付く。
先頭は陽子さんで左右にタツヤと優子さんを伴い、その後ろに守られる形で左右にユウタとヒデタカ、中央に俺という布陣で歩いていく。
「その子がチヒロくんかな。なんと、そんな子供だと。」
あれっ。あの人は・・・山ちゃん?
渚佑子さんの傍に時々現われる好々爺とした人物だ。
ちょっと待て・・・じゃあ、渚佑子さんに関する噂・・・マジか。
「ええ。お義父さま。止めに来ましたわ。これ以上、私たち家族を危険に晒さないで頂きます。」
思わず動揺してしまい。俺が言うセリフを陽子さんに言われてしまった。俺は少し屈みこんでクラウチングスタートの体勢を取る。
「こうやって、少し怒りを向けるだけで動けなくなる陽子さんがワシを止められると。それとも、その今にも漏らしそうになっている子供がワシに言うことをきかせることができるとでもいうのかね。」
屈み込んだのをおしっこを漏らしそうになっていると誤解されたようだ。
怒気の篭った声だけで足がすくんでしまう。だがタツヤが暴走したときのほどでは無い。理性が制御している分だけ能力が解放しきれてないのだろう。
男の笑い声が響く。
「笑わせるな!」
今だ。
陽子さんと優子さんの間を駆け抜け、前のめりになっている男に滑り込んで投げを放つ。
やや形は崩れてしまったが巴投げだ。
男は無様に優子さんの前にひっくり返った。
「優子さん。今の撮った?」
「うん。バッチリよ。」
この男の威嚇が効かない優子さんには一部始終、スマートフォンで動画撮影してくれるようにお願いしていたのである。
「じゃあ動画を私のSNSに送っておいて!」
「うん。送れたよ。でも、どうするのコレ。」
優子さんは直ぐにスマートフォンを操作する。
「この人って格好良いことが好きなんだよね。じゃあ不覚を取ったとはいえ子供に投げ飛ばされるシーンが世界中に拡散されたら困るでしょ。そんなことをされるくらいなら、映画も諦めてくれると思って。いい考えでしょ。」
「ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。」
立ち上がった男が掴みかかってくるところを相手の横に入るように入り身投げを放つとタツヤ同様に簡単に転ぶ。これって相手の頭に血が昇れば昇るほど簡単に決まるんだよね。
これを3度ほど繰り返すと恐慌に囚われた男は部屋の奥まで行って机の中から何かを取り出した。
バン。
「お義父さまっ!」
任侠映画で良く見る形の拳銃だ。弾をこちらに向けるつもりは無かったようで応接間の窓ガラスが粉々になっている。
「親父!」
近くにいたのであろう用心棒ふうの男は愛人に産ませた子供のようでそちらからも威嚇が飛んでくる。
「お祖父さま。格好悪いですわよ。16歳の子供にそんなものを向けて!」




