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40.オネエは死を覚悟したようです

「チヒロくん。話だけでも聞いてくれないだろうか?」


 おそらく『黒川瑞枝』さんに学校名を聞いたのだろう。翌週の月曜日の放課後、学校の校門前で監督さんに待ち伏せをされてしまった。


 拙い。まだタツヤにも陽子さんにも話をしていなかった。


「ヒデタカ。待って。ここでは何ですので、駅前のコーヒーショップで如何でしょう。」


 監督さんの顔を知っているヒデタカが俺と監督さんの間に割って入ろうとするところを止める。














「チヒロくん。君にヒロインをお願いしたいんだ。」


 思わずアイスカフェラテのストローをくわえたまま、固まってしまった。男の娘をヒロインにしようだなんて本気だろうか。既にSNSには顔バレしている。そのうち本名もバレるんじゃないかと戦々恐々としていたのだ。


「・・・ヒデタカもですか?」


 『黒川瑞枝』さんからお願いされヒデタカをどうしても俳優にしたいからというなら解るが、キスシーンとタツヤの能力を世間に晒されては困るという絶対譲れない理由が2つもあるのだ。


「どちらでも構わない。もちろんキスシーンは削る。君には男役と女役の2役を演じて欲しいんだ。男である君が銀座のホステスとして、何度も貞操の危機に陥りながらもギリギリで回避して客たちを手玉に取るんだ。それだけでもハラハラドキドキできる。」


 なるほど、そういう役柄なら解る。解るが何故俺なんだ。理由が全く解らない。女優にも俳優にも若くて女優も男優も両方演じられる役者さんが沢山いる。売り出し中の歌手を使う手もある。


「ちょっと待ってください。それじゃあ、チヒロが世間的に男の娘であると公表するということじゃ無いですか。」


 ヒデタカが話に割って入ってくる。それはそうだ。映画主演となればプライバシーなんて無いことは志保さんをみていれば解ることだ。


「それもどちらでも構わない。役柄だけと主張して貰っても構わないし、黙りでも、公表して貰っても構わない。宣伝のために公表を迫ることも無いことは約束する。」


「否定してもしなくてもチヒロは世間的に男の娘と思われることには変わらないじゃないですか。」


「待って。ヒデタカ。それは現状と何も変わらない。批判されるだろうが監督さんは今すぐにでも公表することはできる。それにアタシが成人した後ならば、堂々と公表できるわ。オーディションのことを怒ってらっしゃるのなら、わざわざアタシをヒロインにしたいと言うことは無い。」


 監督さんは名前を出さず週刊誌の記者と組んでジリジリと追い詰めることも可能なのだ。


「そうだ。初めは怒りもあったが、オーディションで見せた君の表情を思い出すにつけ、もったいないと思うようになったんだ。男役も女役も演じられる俳優は結構いるが、君のような年代の人間は君1人だ。これを使わない手は無いと。半ば脅迫みたいだがヒロインをやってもらえんかな。」


 どうせ男の娘として世間に広まってしまうならば俳優としてのほうが絶対にいいに違いない。選択肢は無さそうだ。


「条件を出してもいいでしょうか?」


 元々俺のことはどうでも良い。俳優を続けない限り、そのうち話題にものぼらないようになるだろう。


「ああ何でも言ってくれ。」


「あの特殊能力を持つボーイの役は封印して頂けませんか。」


 だがタツヤのことは違う。それはタツヤの身に直接危険となって降りかかってくるのだ。


「それは今後の映画でも使うなということかね。」


「そうです。」


「何故かね。本人の了承は取っておるぞ。」


 初耳である。だが、この場合タツヤじゃ無い。タツヤの先祖だろう。


「タツヤ本当かよ。」


 バカ。


 俺が必死にタツヤに視線を向けないようにしているのにヒデタカがタツヤに食ってかかる。


 タツヤも怒っているにも関わらず能力を使わずに我慢しているというのに。


 本当にバカだ。


 これで弱味が2つ目だ。断りきれない。


「ほう。君は山品家の人間か。しかも能力が遺伝しておるとはな。山品家の人間に直接演じて貰うのもいいかもしれないな。」


 監督さんがタツヤに興味を持ってしまったじゃないか。全く。ヒデタカのバカ。


「本人とはどういうことです? そのボーイは少なく見積もって90歳を越えているはずですよね。」


「あの話には続きがあってね。ボーイがそのヤクザに気に入られてね。少女をエサに組に入れられてしまうんだ。組はボーイの能力を使って銀座一帯を縄張りとしてしまう。組長が抗争に倒れ、ボーイが組長にのし上がるころには、いくつもの組を併合して東京を二分する勢力になっていたんだ。」


「なるほど。」


「トップになった彼は考えたんだろうな。一族は常に抗争の道具として使われることになると、そこで意を決して山品家が経営する銀座9丁目一帯を残して、他の縄張りを譲り渡して抜けようとする。まあ他の組の人間からすれば裏切り行為で内部抗争が勃発、組長は銃弾に倒れ、組事務所に乗り込んだ息子が他の組員に対して能力を使い、硬直した組員全員の命と引き換えに抜けることを了承させた。」


「なるほど。息子さんの能力のほうが上だった。しかも全て押し隠してきたのね。その息子さんの了承を取ったわけですね。」


「お祖父様だわ。」


「優子さん。抗争の停戦の立会人を務めるという人物ですか?」


「そうよ。私たちの迷惑を省みずに自分のしたいことをする人なのよ。きっと自分の格好良いところを映画に残したいと思ったんだわ。」


「優子さん。お祖父様にアポイントメントを取ることは可能ですか。」


「お祖父様に会ってどうするの?」


「監督さんに対する了承を撤回させます。」


「そんなことが出来ると思っているの? 仮にもヤクザの組長だった男なのよ。タツヤとは能力も度胸も力も違い過ぎる。殺されてしまうわ。」


「アタシはやってもみないで諦めるのは絶対に嫌なの。本当に殺されそうになったら逃げるから大丈夫よ。だから、アポイントメントをお願い。監督さんもついてきて頂けますよね。」


すみません。遅くなりました。



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