32.オネエはマッサージが得意なようです
呼び出しベルを鳴らしても、一向に出てこない。
「おい。婚約者付きの一人暮らしの女性って言って無かったか。何故、合い鍵なんか持ってやがるんだ。」
俺が合い鍵を取り出して扉を開けていると横からヒデタカがツッコミをいれてくる。お前は本来ボケ役だろ。ツッコミが上手くてどうする。
「気にしないで。それだけ、信用されているのよ。」
「男と見られていないだけじゃ無いのか。」
俺が気にしていることをコイツはズケズケと言いやがって。
「余程、今回の件から手を引いて欲しいらしいわね。」
「ごめんなさい。もう言いません。チヒロ様。」
全く調子だけはいいんだから。
「やっぱりね。食材を買ってきて正解だったわ。」
勝手知ったる志保さんの家。
まずは台所に入り込み冷蔵庫を開けると殆ど空だった。普段なら生鮮食料品がギッシリ入っているはずの冷蔵庫にはペットボトルの水が並んでいた。まあビールばっかりじゃない分、うちの母親よりは良いんだけどな。
「マッサージをするんじゃなかったのか?」
俺が冷凍庫に冷凍麺を詰め込んでいるとまたしても横からヒデタカがツッコミを入れてくる。
「メンテナンスって言ったでしょ。志保さんは勉強に没頭すると食事を作らないのよ。やっても電子レンジの操作くらいね。これから日持ちする惣菜を作るわ。そのうち出てくるでしょ。」
普段は女優のイメージに反してまめまめしく食事を作る志保さんだけど勉強に没頭しているときは声を掛けられることさえ嫌がるからな。
「私が起こしてくるわ。」
2品、3品、4品と作っていると最初にキレたのは渚佑子さんだった。部屋に入り込むと髪が乱れに乱れた女を背負って出て来た。無理矢理、机から引き剥がしたらしい。
「もうそんな時間?」
志保さんが机の上に分けて置いておいた惣菜を摘みながら言う。嗅覚だけは生きていたらしい。それならさっさと出て来いよな。
「ええそんな時間です。そんなに勉強したいのなら、社長が開発中のヴァーチャルリアリティ時空間を借りたら如何ですか?」
「それはダメ。両手でメス代わりの棒を持って手術をシミュレートしながら勉強しているんだから。」
もう使わせて貰ったらしい。肉体的な覚え方はできないそうだ。
「それじゃあ。始めましょう。」
「おい。待てよ。その女が『黒川瑞枝』を知っているというのか?」
ヒデタカが不思議そうな顔で聞いてくる。女優とは思えない酷い姿だから知っている女優と気付いていないらしい。
「そうよ。先月まで同じ映画に出演されていたんでしたよね。」
険悪な仲と週刊誌を賑わせていたのに知らないのだろうか。まあ幽霊のような姿からは想像出来ないのかもしれない。
「あのひとがどうしたの?」
「彼の母親が『黒川瑞枝』さんなんですが。アタシが彼の彼女役を仰せつかったのですよ。マトモな食生活を送っているところを見せたいんですって。でも彼、全然母親のことを知らなくてですね。相談に乗って欲しいんです。」
夏休み期間中、志保さんは女優業を行っていたため、演技の仕方や派手に見える化粧の仕方を教えて貰っていた。
「職場での彼女しか知らないわよ。でも意外性を好むかな。職場に手作りのおはぎを持っていったら、役柄を忘れて感動していたわ。でも自分の良妻賢母キャラには執着しているらしくて、もっと地味な服装にしなさいって散々言われたわね。」
映画の役柄は嫁姑だったらしく。撮影終了するまでは険悪な仲だったらしい。
「じゃあ第一印象は派手派手な服装のほうが良さそうですね。指導されているうちに徐々に地味な服装に切り替えていけば満足して頂けるでしょう。」
「私の服を借りてく? それともテレビ局の衣装部に頼む?」
「嫌ですよ。志保さんの服は両極端過ぎて中間のコーディネイトが難しいですし、テレビ局の衣装部のモノじゃあバレません? それに高校生の彼女役なんですよ。もっと安くて可愛いのを選びます。」
「だよね。」
「もうダメです。それ以上食べたら、マッサージのときに吐きますよ。水分も少しだけにしておいてくださいね。」
目の前で摘んでいる惣菜の量が加速しだしたところでストップを掛ける。
「えー殺生よ。食べ出したら急にお腹が空いて来たのに。トモくんの料理なら満点を貰えるわよ。私のような手抜きじゃないからね。」
「アタシのは基本に忠実なだけよ。志保さんのように手間が掛かっているのに手を抜けるところは徹底的に抜く料理なんて作れないの。ヒデタカはここで待っててね。覗いたら殴るからね。」
さっきのおはぎなんてそうだ。上に載っている餡子は小豆から炊いているくせに下のご飯は炊いたものを重箱に敷き詰めて塩を振り掛けるなんてことをやってのけるのだ。『黒川瑞枝』も手間が掛かっていることが解ったのだろう。
志保さんと渚佑子さんを比較的狭い部屋に押し込む。そこはフローリングで薄っぺらいマットに枕だけが置いてある。ヒデタカに質問できるように今日は声が通るように扉は少し開けておく。
部屋の手前に置いてあるソファーにヒデタカを誘導して座らせておく。
部屋の中に入ると志保さんが真っ裸になっていた。やっぱり男だと思われていないらしい。まあいいや。今の俺はオネエ。オネエなんだから。
俺も汗を掻くので制服の上下を脱いでおく。
隣で渚佑子さんも服を脱ぎ出した。やっぱり男と思われていないらしい。へこむな。
まあこれでヒデタカが覗いたら代わりに殴ってくれるだろう。まあ死にはしないさ。多分ね。
既にマットの上にうつ伏せで寝ている志保さんの足を揉み解していく。いつもよりもゴリゴリしてるな。
「志保さん。強い冷房は身体に悪いって言いませんでしたか。それに水分も取ってないでしょ。ほら渚佑子さん。この辺りがゴリゴリでしょ。」
渚佑子さんに触らせて確かめさせる。
足の裏に俺の膝を乗せて踏み固めていく。
もう既に志保さんは呻いているが気にしない。この人はいつも大げさなんだよな。
「痛い! つったー。」
「運動不足ですね。揉んで誤魔化します? それともバーム? それとも漢方薬を使いますか?」
本当だ。足の裏が少し痙攣している。
「トモくん冷たい。バームは臭いから嫌! 漢方。」
「漢方薬は1回しか使えませんよ。この分なら後数回はありそうですよね。」
酷い痙攣なら漢方薬が使えなければバームを使うしかない。
「やっぱりトモくん冷たい。それなら我慢する。」
「こっちの足は少し高くしておきますね。痙攣が止まったら言ってください。そのままでは固まってしまいますから。渚佑子さん、解るかな少しだけピクピクしているよね。初めは嫌がってもバームを擦り込むのが賢明かな。」
くちゃくちゃ・・・くちゃ。
ペッチャ・・・ペッチャ・・・ペッチャ。
「ひゃん。・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ。」
いかがわしいことをしているわけじゃない。
オイルを掌で温めてから、はたくようにして擦り込んでいく。
俺が行っているのはオイルマッサージだ。まあ相手は真っ裸なので煩悩と戦いながら黙々と行う。悶々とは大違いだ。
「ん・・・ぅ・・・ぅ・・・痛・・・痛い・・・痛いって・・・いだいよ。優しくしてよ。トモくん。」
「この程度の強さで痛がってたら子供なんて産めないですよ。女の人は痛みには強いはずです。」
「そんなの迷信よ。・・・痛い!痛い!痛い!」
「だから、ヒデタカ覗くなって! ああ和重さんでしたか。」
後ろで気配を感じた俺は平手打ちの体勢から慌ててストップを掛ける。婚約者の井筒さんだ。
「いくらトモヒロ君でも全力で叩いたら友達が壊れるぞ。すまんが志保に少し手加減してやってくれないか。」
「それでは明日の記者会見の挨拶でヨレヨレの姿のままで出ることになってしまいますがよろしいですか?」
本当はこのマッサージは俺がやらなくても、時間を掛けてマッサージ師とエステサロンに通えばなんとかなるのだ。
だがギリギリまで勉強に費やしたい志保さんはギリギリ限界の強さを知っている俺に依頼してくる。知らなければアザを作ってしまいかねない。実はこれでも手加減をしている。母親なんかアザだらけになる強さを要求してくるのだ。
「解ったじゃあ。もっと強めでお願いするよ。」
「和重酷い!」
普段は甘々な2人だがそれが映画の劇場収入に関わってくると結構割り切ってしまうのが和重さんだ。
「志保もパンツくらい履けよ。トモヒロ君の反応を楽しみながら、マッサージを受けるなよな。それセクシャルハラスメントだぞ。」
「じゃあまだまだ余裕があるんですね。アザが残らなければもうちょっと強めでもいいかもしれませんね。」
「トモくんも酷い!」
「明日の衣装はこんなのだ。隠れるところならアザが残っても情事の痕だと勝手に思ってくれるさ。この女なら。」
スマートフォンの画像を見せてくれる。
「いつもながら際どい衣装ですね。和重さんの趣味ですか?」
スリットが切れ上がり、ヒモパンの紐がチラリと覗いている。胸元も少し屈めば全て見えてしまいそうだ。
「違うって! 志保の趣味だよ。コイツのことだ。絶対に客の反応を楽しんでるのさ。」
「やっぱり、セクシャルハラスメントだったんですね。今日は大開脚の腰マッサージは止めておきます。」
自分の太腿を使い、志保さんを大開脚させて腰を支えながらゆっくりと腰を回すマッサージを行っているのだ。以前はパンツを穿いていたはずなのに真っ裸でマッサージを受けるようになったのはそういうわけか。
「2人共酷い!」
どっちが酷いんだか。




