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30.オネエが意志を貫き通すようです

「奥さんは丸く収めてくださるそうです。良かったですね。」


「そんなことを言っているんじゃないわよ。これじゃあ、チーくんを出入り禁止にするしか無いじゃないの!」


 やっぱり、その件で怒っているのか。最悪のパターンだな。


「そうですか。良かった。」


 何も言わずに帰してくれたら知らない振りもできたのだろうけど仕方無い。


「チーくん。・・・まさか貴方、ここまで読んでたの。」


 急激に陽子さんの声のトーンが下がる。


「もちろんです。今日の陽子さん格好悪いです。昨日はあんなに格好良かったのに。このお金も返しますね。」


 ハンドバッグに入れておいた封筒を陽子さんに手渡した。


 今日の帰り道に銀行に寄って預けようとそのまま封筒を所持していたのだ。良かった。返すことが出来た。


「えっ。要らないの?」


 陽子さんは不思議そうに言う。突き返されるとは思っても見なかったのだろう。


「昨日はアタシを慰めてくれるための小道具だと思って貰っておきましたけど、違う意味を持っているんだったら要りません。」


 どう考えても俺を縛り付けるための道具でしかない。こんなに簡単にお金が稼げるんなら、呼ばれれば来るもんだと思っているのだろう。


「ちょっと・・・違うのよ。」


 陽子さんがすがりついてくる。


「もう遅いです。アタシは覚悟を決めました。順子さんのことをバラしてもいいです。ですがアタシは約束通りに陽子さんのしたことは黙っています。どうぞ、好きになさってください。では失礼します。」


 『男気』のあるオネエだ一度約束したことは違えない。だけど順子さんがどうするかまでは知らない。俺を失いたく無ければ黙秘を続けてくれるだろう。あの人のことだからなあ・・・読めないや。


 俺は制服の入った手提げと学校のリュックを背負うと陽子さんに背中を向けた。


「待って! 私の話を聞いて。5分・・・3分でいいから。」


 もう何も話せることなんて無いんだけどなあ。


「解りました。場所を変えましょう。『キャラメ・ルージュ』でいいですね。」


 自分でも甘いと思うが俺って女性に対して完全に拒絶できないんだよな。


 閉店寸前の『キャラメ・ルージュ』に飛び込み制服姿に着替える。もちろん化粧も全て落とした。


 3分経っても5分経っても話を始めない陽子さんに苛立ち、こちらから話を始めることにする。


「ごめんなさいね。アタシが思い通りに動かなくて。確かに今まで奨学金を頂くような生活をしてきたけど、人様にお金を恵んで欲しいとは思ったことは無いの。」


「謝らないで。・・・そんなこと思ったことは無かった。ただ喜んで貰えるだろうって。」


 まあお金を稼ぎに来たホステスなら喜ぶだろうし、この店で働きたいと思うだろう。多くの男性が自分のことを気に入ってくれたと思えば嬉しいのかも知れない。


 でも俺は男だ。女装はしていてもオネエ言葉でも別に男性と恋愛したいとは微塵も思わないのだ。


「やっぱり、あのボトルの山はママの口利きで入れて貰ったものなんですね。」


 普段から上玉のホステスを引き止める手段として使われているに違いない。きっと常連さんにお願いしているのだろう。常連さんに取ってもママに恩を売れれば得することも多いだろう。


「あっ・・・うん・・・まあね。予想を上回ったのは確かだけど・・・と言っても信用してくれないよね。」


 嬉しがるところなのだろうがそれは逆効果だ。たった数分席に座ったホステスにお金を出したことになる。下心もあっただろうがこれからも席についてくれると思うからこその先行投資だ。


「予想を上回った分はどれくらいなんですか。その分、アタシが払いますから、次に来たら少しずつ値引いてあげてください。」


 結局、押し問答の末、ママのお金で処理することになった。当然なんだけどね。


「はあぁ・・・。それ昨日も言われたよね。なんでその時に気付かなかったのかしら。」


「銀座のママを演じていた。いえ習慣になっていたんでしょうね。アタシはただの陽子さんで十分なんです。銀座のママである必要もありませんし、山品家の主人である必要も無いんです。」


「そんな・・・ただの私なんて・・・単なるオバさんよ。」


 オバさんなんて微塵も思ってないくせに。


「経験値を捨てろなんて言ってません。銀座のママの立場で思考しなくても良いでしょう。だからね。『キャラメ・ルージュ』のキャストと客に戻りませんか? そして楽しくお喋りしましょうよ。」


 この辺りが精一杯妥協できる範囲内だ。いつまで続けられるか解らないがパインママも何かを盛った引け目がある所為か俺を立ててくれるし、居心地は悪くないのだ。


「偶にご飯に連れ出してもいい?」


「あまり高いところじゃなければ。」


 さらに妥協点を探ろうとしてくる陽子さんにお金じゃ恩は売れないんだぞと釘を刺しておく。肩は落としているから、意志は通じているだろう。


「恋したままでいい?」


「お客様。皆の恋人ですけどね。」


 陽子さんのセリフをそのままコピーして返す。客とキャストの関係は皆そうだ。そうでなくてはやっていけない。


「ごめんなさい。謝って許して貰えるとは思わなかった。本当にごめんなさい。」













 その週の週末、結局陽子さんは『キャラメ・ルージュ』に現れなかった。顔を合わせづらいらしい。まあ良く考えてくれればいいか。


 代わりに洋一さんたちが来てくれた。居心地わるそうにしているのが笑える。


 俺を指名してくれたらしくお客様の対面に用意された席に座る。


「この人ったらね。まだトモヒロ君のことを女性だと言い張るのよ。笑っちゃうよね。」


「トモヒロ君って、アレだろう。男の子の格好でバイトしているって言われていた女の子だろ。」


 この店には綺麗なのからキタナイは言い過ぎでも骨格や体格で男とわかるキャストもいるのに、まだ疑っているらしい。


「この店には女の子しかいないわよ。だから、きっと、それで合っているわよ。多分ね。」


 こういう店なのだ。ここで暴露するわけにはいかない。信じたく無いなら信じなくてもいいし、夢を見続けて貰うのも商売として大切なことだ。


 偶に女の子が紛れて働いていると思い込んでいるお客様もいる。誰も近寄りたがらないけど、俺は平気だ。洋一さんもそういった常連さんになってくれそうだ。

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