25.訳が解らない提案をされました
「優子さん。タツヤは何処にいるの?」
「多分、自分の部屋に閉じこもっていると思いますわ。ヘタレですから。場所は解りづらいから案内しますね。」
優子さんが身支度を始める。俺と言えば裸の上に部屋の隅に落ちていた長襦袢を羽織り直す。
「ねね。私にフォローの言葉は無くてタツヤくんのところへ行くの?」
順子さんが怒っていることは優子さんとエッチしたことだ。もう取り返しがつかない。何をフォローしろというのだろうか。どんな理由があっても俺だったら絶対に許さないところだ。
「ところで何故、順子先生はここに居るの? 家庭訪問という時間でも無いでしょう。」
「もうっ。学校での用事が早く終わったからチーちゃんがお店に寄っていくと言っていたのを思い出して、向かったら山品の奥さんの車にチーちゃんが抱きかかえられるように乗っていたのよ。」
「ははーん。アタシの新しい女だと誤解して乗り込んで来たのね。」
「どうして解るのよ!」
「それはアタシが順子さんを深く愛しているから・・・かもね。どうしたの。行かないの優子さん。」
さっきまで殺されると思い込んでいたからか、つい本音を吐露してしまった。もちろん最後のは照れ隠しだ。優子さんの身支度が終わり、呆れた表情でこちらを見ていた。
「何でも無いわよ! 行きましょう。」
何か怒っているらしい。俺が悪いのか?
「陽子さん。そこがタツヤの部屋?」
案内されたところは散々入り組んだところを曲がって出たところにあった。順子さんは良く俺のところへたどり着いたな。
「そうよ。拗ねてるの。子供みたいでしょう。優子。上手くいった?」
「まあね。」
「処女なのに男をコマせるとは、もう立派な夜の女ね。」
そういう問題じゃ無いと思うんだが。
「はーい! 貴方のチヒロよ。すぐにここを開けないとタツヤにほっぺにキスされたって学校で言いふらすわよ!」
扉を叩いて、そう言うと何かが落ちるような音が響き、程なくして扉が開く。
部屋には畳敷きの上にベッドが置かれていて、タツヤの鼻の頭が赤くなっていた。ベッドからタツヤが落ちた音だったらしい。
「事実なんだし、そこまで慌てなくてもいいのに。おバカさんね。」
タツヤの鼻をつついてやる。
「俺・・・「もういいわよ。アタシはタツヤのモノに、なってあげられないけど。タツヤがアタシの傍にずっといればいいのよ。これで万事解決。でもね。」」
俺はスッとタツヤの側面に入り、投げを打つとタツヤは簡単に転んだ。合気道の入り身投げという基本的な技なんだが知らない人は抵抗もできず簡単に転ぶのだ。
「でもね。威嚇するしか能が無いんじゃボディーガードにも雇えないわね。身体を鍛えなさい。強くなりなさい。そして手を抜くことを覚えれば誰も殺さないで済むようになるわ。それでも殺しそうになったら、アタシがタツヤを殺してでも止めてあげる。」
タツヤはしばらくこちらを見ていたが、頷くと顔を背けるようにして寝っ転がる。俺は知らない振りして扉の所まで戻ると覗き込んでいた3人を押し出して扉を閉めた。
「お兄様。泣いていた。格好悪ぅ。」
わざわざ言うなよな。こっちは見ない振りして出てきたというのに。
「こんなもので如何でしょう陽子さん。」
「何で解ったのよ。こんな方法があったのなら初めから言ってよ! 何のためにチーくんを誘拐して意識を無くさせてまでタツヤに抱かせようとしたのか解らないじゃない!」
逆ギレされてしまった。俺が悪いのか?
「これはアタシの勝手な想像ですけど、タツヤのお父さんは闇討ちか何かで亡くなった・・・のでしょう。」
言葉の途中から陽子さんの目が見開かれた。大当たりだったらしい。
元々タツヤのお父さんが亡くなっているのは知っていた。それと優子さんの誘拐事件や陽子さんのボディーガードを結び付けてみただけなのだ。何かしら恨みを買っているらしい。
「そうよ。裏稼業は大昔に辞めているのよ。でもお祖父様がその筋の人間同士の抗争の仲介役を買って出ているもんだから恨まれるのよ。夫も威嚇能力は持っていたけど何も鍛えてなくて、あっさりと殺されてしまったわ。」
何処かで聞いた話だ。何処だっけ。
「優子さん。いくらタツヤを大好きでも自分の身体を使ってまでアタシを引き止めようなんてしちゃダメじゃない。今日のことは忘れてアタシじゃなく素敵な人を見つけなさいね。」
あのまま監禁され続けて、どんな手段を使うのか解らないが優子さんと夫婦にさせられることで俺を確保しておきたかったにだろう。まあ役得だったといえばそうなのだろうけど、エッチしたときの記憶が無いんじゃバカみたいだ。
「な・・・な・・・な・・・なんで、私がお兄様を好きじゃなきゃいけないんですか!」
「だって。こんなに綺麗な優子さんが、お兄さん想いの優しい優子さんが、オネエのアタシとエッチしてまで、オネエのアタシと一生一緒にいたい理由が無いでしょ。」
「私は本当にチー君のことが好きで、偶然自分のモノにできる機会が巡ってきたから・・・。」
「またまた。」
「優子ちゃん。順番を間違えているわよ。上条さんとのことを見ていたでしょ。ちょっとやそっとではチーちゃんは信じないわよ。私は間違えなかったわ。」
いや十分間違えていると思うんだがな。順子さんが俺を好きだという1点も大人の彼女が未成年の俺に手をだしたリスクを除けば信じられないところだ。でも、それも終わりだ。
「経緯はこんなところよ順子先生。でもアタシが優子さんとエッチしたことは事実。例え意識が無かったといっても許せないでしょう。だから別れ「イヤよ。その代わり慰謝料を要求します。」」
だから、それは無理なんだって。解らないひとだな。
「でも、優子さんや陽子さんにバレちゃいましたよ。彼女たちがアタシたちの関係を世間にバラせば、順子さんが捕まっちゃいますよ。だから、その前に別れましょう。」
「あっ。・・・でもだって、彼女たちはチーちゃんを誘拐したんでしょ。だったら・・・。」
「アタシが訴えなければ誘拐事件は無かったことになります。タツヤを犯罪者の家族にしたくないから訴えませんよ。せいぜい山品家の権力を必要とするときに利用させて貰うくらいかな。それとも全てを闇に葬ります? 陽子さん。」
権力というか悪名を利用させて貰う可能性はある。そうなればあの社長の元へも戻れなくなってしまう。出来るならば使いたくない手段だ。
「それは出来ないわ。それこそタツヤと優子に殺されてしまう。そうねチーくんを山品家と順子先生の共同財産にしましょう。もちろん私も参戦します。」
有無を言わさず決められてしまった。俺の意思は何処へ行った。
「いや・・・それは・・・。」
いやなんで、そうなる。訳が解らない。
「お母様。それは卑怯よ。」
「そうでもないわよ。チーくんからキスを求められてキスしたもの。それに男の娘のチーくんに逢ったのは私が先のはずよね。」
優子さんと順子さんに睨まれた。
「あのときアタシはもう一生ここから出られなくなると思ってたから。」
いや怖かったのだ。それこそ誘拐の犯人に縋ってしまうほど。
「あれだけ人の心を揺さぶっておいて知らないとは言わせないわよ。銀座の女を舐めないで! 相手が本気にしてないのなんて普通よ。それでも相手を本気にさせてこそ本物の女だわ。でも精神的にタツヤが一番先んじているのよねえ。どうやって追いつこうかしら。」
本気らしい。誘拐事件のことや大人の陽子さんが未成年の俺に手を出す2重のリスクを考えれば本気に取らざるを得ない。なんでこうなった。
「えっ。タツヤ?」
しかも全然関係ないタツヤの名前が出てきた。どうなっているんだ。
「気付いてなかったの? まさか素で『アタシがタツヤを殺してでも止めてあげる。』なんて殺し文句を言ったの。あれでタツヤは何を置いてもチーくんを取るでしょうに不憫な子。」
いかにも芝居がかった口調で陽子さんが言う。もっとちゃんと考え・・・いや考えたから誘拐事件を起こしたんだよな。解らないひとだ。
「確かに言ったけど、その場の勢いというか。言葉のアヤというか。」
あんなのどんな漫画や小説にも普通に出てくる。そんなこといちいち責任を取らなきゃならないのか。
「可哀想。お兄様。」
「チーちゃん。それはいくら何でも酷いわよ。」
タコ殴り状態だ。ここには味方はいないらしい。




