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23.敵に一矢報いました

「どうしたんですか。パインママ。お話というのは。」


「あのね。陽子さんがお前をどうしても身請けしたいと仰るのよ。」


 ここは何処。アタシはオネエよね。一瞬記憶が江戸時代の遊廓に飛んじゃった。なんだそれ。


「・・・・・・・・・ごめんなさい。良く理解が出来ないんですけど、アタシっていつの間にか借金を背負わされてます?」


 実は衣装代が1着1000万円くらいしてたり・・・・・・いやそれは無いはずだ。全てお店持ちと確認している。何か判子を突いた覚えも無いよな。


「違うの。違うのよ。トモヒロ君を最高のスペックで完璧に女の子になるまでの費用を全て持ってくださるというの。もちろん住むところ生活費、小遣いまで全てよ。」


「あのう。俺、男の娘までってママに言いませんでしたか?」


 話がややこしいので男の言葉遣いに戻して尋ねる。


 全てを話したとは言わないが、身体を改造して女の子になるつもりは無いとパインママにはキッパリ言ってあったはずなんだが、いったい何処でそんな話になったんだ。


「うん。だよね。実は陽子さんは私に取って大恩人なのよ。会うだけでも構わないから一度話を聞いてあげて欲しいのよ。頼みます。この通り。」


 パインママが窮屈そうに身体を折り曲げて頭を下げる。あのパインママが頭を下げるなんて有り得ない。


「ママがそう言うになら仕方がありませんね。・・・・・・今日限り、お店と縁を切らさせて頂きます。」


 今、この業界では飛ぶ鳥を撃ち落とす勢いで経営している店を増やしているパインママがただのオネエに頭を下げるなんて絶対何かあるに決まっている。


「ええっ。そこ、断るところ?」


「冗談じゃない。そこまで言うということは裏の世界の人間ですよね。いくら俺でも気付きますよ。」


 陽子さんは常連さんで夏休み中にお店でバイトしていると必ず現れる。


 1度店の前までお送りしたときに屈強なボディーガード兼運転手が待っていたのだ。怪しいとは思っていたがパインママの言動と考え合わせると嫌でもその結論に辿り着く。


「夜のお店を経営しているけど、その筋の人間じゃないことは確かよ。」


「知ってます。銀座のママさんですよね。常連さんで贔屓にして貰ったから、表の商売は知ってます。でも、あの落ち着きようは裏の顔も持っているのでしょう。パインママはその裏の顔に助けて貰ったんですよね。」


「いつものトモヒロ君とは違う。なんか鋭い。」


 当たり前だ。上条さんのことや順子さんのことがあってからは気をつけるようにしているのだ。


「では失礼します。」


「待って、待って。もう陽子さんのことは言わないから。縁を切るなんて言わないで。・・・そうそう、お客様に頂いたプリンがあったはず。待っててね。出て行ってはダメだからね。」


 業界内でオカマ不足と言われているのは知っていたから引き止められるとは思っていたが、その懇願する様子に思わず油断していたらしい。


     ☆


 ここは何処。アタシはオネエよ。今日2度目だ。今度は完全に意識が飛んだらしい。


 立派な日本家屋のような建物の中だ。木製だが牢屋のように格子の枠が見える。まるで時代劇に出てくる座敷牢のようだ。何故か部屋の四隅から鎖が延びてきており、真っ赤な紐で俺の手足に結び付けられていた。


 俺といえば、お布団の上に長襦袢姿だ。紐は余裕があるらしく完全な磔状態では無いが引っ張ってもビクともしない。まさか本当に、江戸時代の遊廓にタイムトリップしたんじゃないだろうな。


 いやそれはないな。手首足首に巻かれているところはマジックテープで固定してある。


 確かパインママに出されたプリンを食べていたところまでは覚えている。


 何かを盛られていたらしい。1個1000円くらいする超有名なプリンを出されて完全に意識をそっちにもっていかれていたらしい。


「大人しくしているようね。」


 格子の扉を屈んで入ってくる女性がいた。陽子さんだ。


「はい。アタシもう命さえとられなきゃ。いいです。」


 助けは期待出来ない。何処かの組の奥の奥だろう。例え殺されても絶対に見つからないに違いない。運が良くて警察のガサ入れの際に白骨が見つかるくらいだ。


「別に命まで取らないわ。希望しなければ性転換手術も要らない。まあそうなったほうが諦めがつくかもしれないけどね。」


 女装ルームで蓄えた知識でなんとなく想像が出来てしまって嫌だ。まあそうなる結末しか見えない。


「アタシ。帰しては貰えないんですよね。」


「何故、君はそこまで諦めがいいの。足掻こうとは思わないの? 泣かしたくなってくるじゃない。」


 陽子さんの口角がつり上がる。反応すれば反応するほど、相手を喜ばせてしまうに違いない。


「何か希望は出せるんですか?」


「イヤ。反応してよ。ずっこけるでしょ。いいわよ。言ってみて通るかどうかはチーくん次第ね。」


 チーくん?


 何故、学校での呼び名を・・・優子さんがお店で呼んでいたからかな。


「痛いのは避けようが無いだろうから、何か痛みを誤魔化せるようにして欲しいです。暴れて貰いたくはないですよね。」


「それは断れないわね。いいわ。心臓は悪く無さそうだから何でも使えそうね。」


「それから、目隠しはOKですか?」


 相手を見たくないし、目を閉じて脳裏で順子さんと楽しいことをしている想像をしていればいいのだ。相手によっては目隠しをしていなければ無理にでも目を開かせてくることもあるに違いない。


「そうね。イッてしまっている顔を見れば萎えるというから必要かも。それから?」


 イッしまうようなものを使われるらしい。覚めたら全てが終わってましたというのが理想だな。


「もう無いです。」


「おっと。本当に無いの? 嫌がる顔を見れなくて、つまらないわ。もっと言ってよ。」


「では、お水ください。」


「君ねえ。人をからかうツボを心得すぎよ。今にきっと酷い目に遭うから。」


 それはオネエとして鍛えましたから。主に被害に遭うにはタツヤだったけど。


「今よりも?」


「ぐっ・・・。」


 これも一矢報いたというのだろうか。まあ全然意味が無いんだがな。

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