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20.オネエでも女性に気遣わなくてはならないようです

「アキエちゃん! アタシちょっと聞きたいことがあるの!」


 アキエちゃんに手招きをして呼び寄せる。アキエちゃんが近くに来た途端、上条さんの不満そうな顔が笑顔に変わる。上条さんに取って大切な友人らしい。男にモテモテでことごとく断るような性格じゃあ女友だちは居なさそうだもんな。


「なになに。ダンスのこと?」


「近いかな。アキエちゃんちって、駅前の五代ダンススクールだよね。ウォーキングって教えてくれないかな。中等部の文化祭でモデルを頼まれたんだけどね。ハイヒールでのウォーキングが心許ないのよ!」


 ショータイムの先生にウォーキングの基礎は習ったが男の娘だから170センチ以上の子もいるので普通のパンプスなのだ。ユウタもヒデタカもタツヤも俺の身長と比べるとゆうに20センチ以上差がある。ピンヒールとは言わないが普通のヒールを履いて歩けるようになっておきたい。


「うーん。ジャズダンスの一部には組み込まれているけど、それだけのコースは無いわ。出来るとしたらマンツーマンレッスンだけど高いわよ。聞いてみないと解らないけど1時間5000円くらいかな。予算はどれくらい?」


「放課後以降で時間はバラバラでも構わないけど文化祭までの1ヶ月間で1万円くらい。頑張ればもうちょっと出せると思うけど1万5000円が限界かな。」


「10回として1時間で1500円か無理かも・・・そうだ。私が教えてあげようか。それならスタジオ代だけでいいよ。」


 スタジオ代だけでも1時間2000円もするそうだ。そこは友だち割で半額にしてくれるという。残り5000円はお礼に商品券でも渡せばいいだろう。


「えっいいの。やったー! 出来ればトモトモの練習の邪魔はしたくないから、違う日がいいな。トモトモもスタジオでレッスン受けているって言っていたよね。」


 上条さんを気遣っている振りをして、会わないように画策することも忘れない。


「もちろんよ。ダンスは文化祭当日の楽しみにしておいて。スケジュールはSNSで連絡を入れるね。じゃあトモ行こ!」


「トモトモ。また後でね。」


 いつの間にかクラスの扉の前まで来ていた。アキエちゃんが上条さんを引っ張っていく。


「じゃあ昼休みは数学準備室ね。」


 順子さんは心配だったのか昇降口で別れずに扉の前までついて来ていたが俺に一言囁いて反対方向に戻っていく。


「順子姉。なんだったんだ?」


 ユウタが気になるのか聞いてくる。警備室のことは優子さんとタツヤから聞いたらしいが球場入り口の待ち合わせに遅れていったことは話してないのだ。


 ユウタってやっぱり順子さんのことが好きなのかな。


 最近順子さんとくっついているから察してはいるだろうが本当のことを言っていいのか悩むところだ。少なくとも無理やりエッチされたくだりは言わないほうがいいだろう。


「ユウタ、タツヤ。ヒデタカからのガードお願いね。アタシ今日は順子先生と一緒に昼御飯食べるから。」


「えー酷い。オレはそれだけを楽しみに生きているのに!」


「大袈裟ね。冗談よ。みんなのオカズ分は別にしてあるわよ。でも内緒してね。」


 どうせ抗議されるだろうと思ったし、オカズをイロイロとアレンジしていたら作り過ぎたので、残った分を分けて持ってきたのだ。順子さんには愛情の違いで我慢して貰おう。


「おい。チヒロ。ウォーキングの件、いいのか?」


 教室に入り席につくと隣の席のタツヤが聞いてくる。用件はわかるけど主語が抜けている。タツヤが中等部の文化祭のモデル出演を言い出した所為で要らない出費が掛かったと言いたいのだろう。


「言いたいことは解るけどタツヤは黙っていて。あくまでオネエの嗜みとしてヒールで歩けるようになりたいの。やるからには完璧を目指さなきゃね。優子さんにも言っちゃダメよ!」


 優子さんがバイト先に通ってくれたお陰で結構な額の臨時収入になったのだ。それに祖父から貰った小遣いというには大きすぎる額のお金もまだまだ残っているのだ。例え貧乏でも他人にお金を強請(ねだ)るようなことはしたくない。


     ☆


「こんにちは。・・・ビックリした。」


 昼休みにお弁当の包みを持って数学準備室を訪ねると扉の隣に隠れていた順子さんに抱きつかれたのだ。別に押し倒されるようでも無いので後ろ手で扉を閉める。


「ああん。クールね。チーちゃん成分が足らないのよ。もっとぎゅっと抱き締めてよ。」


 怖い順子さんを押し隠しているのか幼児みたいになっている。俺も抱き返して順子さんの大きな胸を堪能する。豹変しなきゃいい先生なのに。


「そんなこと言って、1つ前の休憩時間もアタシにベッタリとくっついていたじゃ無いですか。」


「だあって、チーちゃんったら女の子を2人も侍らしてちっとも私と喋ってくれないんですもの。必死に私のモノよと言いたいのを我慢していたんだからね。」


 プールに行ったメンバーが休憩時間に近寄ってくるようになったのだ。特に俺と同じグループだった女の子2人はタツヤが怖いのか俺を盾にしている。俺は猛獣の調教師じゃないって。


「そんなことより、お弁当を食べましょ。アタシ席は窓際がいいわ。」


 部屋の中は雑然としていて、そこしか空いている場所はなかったのだ。片付けられない女じゃないだろうな。机の上にお弁当箱の包みを2つ載せて途中購買の自販機で買ったお茶のペットボトルを載せる。


「・・・ねえどうして! 私、コレが好きだって言ってなかったよね。」


 弁当箱のオカズの蓋を開けた順子さんの顔がニッコニコになる。この顔が見たかったのだ。


「良かったわ! 当たっていて。食堂でも絶対にエビフライの乗った定食を頼んでいたし、プールサイドで食べたのもエビフライプレートだったのに球場のVIPルームで出たお弁当についていたエビフライも喜んで食べていたじゃない。」


「愛のなせる技ね。」


「もちろんよ!」


「・・・「ど・どうしたの?」」


 突然、順子さんの瞳から涙が零れたのだ。


「らって、そんなにわたひのことを良く見ていてくれたなんて。」


 さらに幼児化が進む。どうすればいいんだ。これ。


「アタシ嬉しかったのよ。上条さんのことがあってからずっと傍に居てくれたでしょ。ほら昼休み無くなっちゃうわよ。はい。あーん。」


 ついつい語ってしまった。照れ隠しにエビフライをフォークに突き刺して差し出す。


 しまった。順子さんの瞳から涙がポロポロこぼれ出す。


「一応塩で下味は付けたから、そのままでも美味しいと思うけど。タルタルソースとケチャップとソースがあるんだけど。どれがいい?」


 順子さんはエビの尻尾までバリバリと食べてしまった。尻尾を斜めに切ったから食べやすいと思うけど。冷凍モノなんだよね。大丈夫かな。


「おいちい。たりゅたりゅそーしゅ。」


 ますます幼児化に拍車が掛かる。ちょっと面白いかも。


「はい。あーん。・・・こっちはアラレをまぶしたの。アーモンドスライスもあるけど、ちょっと油っぽいかもね。どうする?」


「れんぶたべゆ。」


「はいはい。あーんして。」


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