14.オネエでもナンパされるようです
「可愛いね。何処から来たの?」
それはごく普通のナンパから始まった。違ったのは相手がオネエだったということだけだった。
「ちょっと止めてください。」
俺に根掘り葉掘り、何故オネエになったのか質問していたクラスの女の子が煩そうに止めてくれる。質問の途中で邪魔をされたので不機嫌になっているようだ。
基本的にユウタ、タツヤ、ヒデタカの命令だと本当のところを伝えるが誰も本気に取らない。面白くないからだろう。そして元々色白だったことや身長が低いことを引き合いに出して、誰それ君が可愛いと言っていたわよとか、オネエの前の容姿を褒めてくれるのだ。
後は使っている化粧品とかメイクの仕方とか女の子同士でもしているような会話に終始するのである。俺は面白いのだろうかと思うのだが、男の子とそういった会話ができるのが新鮮らしい。
そんなところをナンパで邪魔をされれば、不機嫌になるのも当然かもしれない。
「君に聞いてないよ。こっちの美少女に聞いているんだ。ほらウォータースライダーがもう直ぐ僕らの順番なんだ。こんな下のほうじゃあ、後30分は待たなきゃいけないよ。」
ウォータースライダーの順番待ちの上のほうでは、目の前の男のツレらしき人が手を振っている。
セコっ。
ナンパの手段にウォータースライダーの順番待ちを利用してやがる。もっとスマートなこと言えないのかね。
「止めなさい。私は教師よ。これ以上迷惑を掛けるつもりなら、警備員に通報するわよ。」
今度は俺の前に順子さんが立ちはだかってくれる。ナイトのつもりらしい。クィーンのようだけど。まあいいんだがな。
「へえ。こっちの巨乳の姉ちゃんもよさそうじゃん。2人とも頂いちゃおうぜ。」
横から順子さんの胸をガン見している太った大男が出て来た。俺は必死に男視線を向けないようにしているというのに。
視界の端に既に機嫌の悪そうな顔をしたタツヤが順番待ちの列から離れて降りてくるのが映った。こんなところでタツヤが凄んで見せたら、阿鼻叫喚の渦になって施設に凄く迷惑だ。
「あらー、アタシも頂かれちゃうのぉ。それともアタシが頂いていいかしら。コッチの熊さんは開発しがいがありそうね。」
ここでは使いたくなかったんだがな仕方がない。
俺がオネエだと解りやすいように普段使わないダミ声を出す。
「お前、オカマなんかナンパしてんじゃねえよ。行こうぜ。バカバカしい。」
2人組の男たちどころか周囲でニヤニヤと笑っていた男どもがギョっと目を剥く。これで周囲にもオネエだと認知されてしまった。
大男がもう1人の男を小突くとナンパを諦めたのか2人組の男たちが上に登っていく。
これが一番穏便な方法だと解っていても知り合いが居るかもしれない、この施設では使いたく無かったんだがな。周囲を窺うがスタッフは見えない。ナンパは迷惑行為なので直ぐに飛んでくるはずなんだがなあ。どうしたんだろう。
気を取り直し、ウザイ周囲の好奇の視線をかわしながら、4人乗りのボートのウォータースライダーに乗る。球場の天辺から飛び降りるようなスリルと途中球場内に突入するサスペンス、そして2~3秒くらいだと思うが球場内を見れるというウリは確かに頷けるものだった。
「楽しかったね。どうする。もう1回行く? それとも、昼食にしようか?」
皆、先程のナンパなんか何処かに吹き飛んだ様子だ。良かった・・・と思ったのは一瞬でウォータースライダーの出口のプールから上がると警備員が待ち構えていた。
あのナンパ男たちが近くでニヤニヤと笑っている。アイツらが腹いせに通報したらしい。
「君たち。ちょっと来てくれないか。」
アロハシャツを着ているが警備員が威圧感たっぷりにそう言うと警備員室に連れ込まれた。
「どの子がオカマだって。皆、女の子にしか見えないぞ。」
警備員室ではもう1人、男の警備員が待ち構えていた。良かった。2人とも知り合いじゃなかった。いやそういう問題じゃないか。
「信じられないが、その一番綺麗な美少女がオカマらしい。」
絶体絶命だ。
まあコチラは何もしていないんだから堂々としていればいいはずだが、他のスタッフを呼ばれて知り合いにバレるのが一番痛いよな。どうしたもんだか。
しかしオカマオカマって連呼するなよな。変だな。うちの会社ではこういった差別用語を極力使わないように指導しているはずなんだが。
流水プールで迷惑行為とされているのは更衣室に異性が入った場合だ。しかし腕に巻いているバンドの情報で警告音が鳴る仕組みになっている。
だから流水プールに居る異装者は外部で着替えて入ってきたか、俺のように有料の個室休憩室を使って着替えてきたかどちらかしか無いはずなのだ。
「本当かよ。」
言葉遣いも悪い。流水プールなどのお客様と接する警備員は接客業の側面もあり、マニュアルに沿って指導があるはずだ。こんな言葉遣いの警備員が居たら、更正のために俺を含む言葉遣いの指導員が派遣される仕組みになっているはずなんだが情報が回ってきた覚えが無い。
仕組みが上手く機能していないらしい。
「ダチが言っていたから確かだ。念のため、性別を確かめてみるか。おいお前。腕を出せ。珍しいな赤いバンドだぜ。」
この警備員、ナンパ男たちの友人らしい。
なんだ基本的な教育も受けていないのか。バンドの色は俺のように優待パスを使った人間だけが赤でその外は曜日別に色がつけられているのだ。そんなことも知らないらしい。随分と教育がいい加減になってないか。
「本物のオカマかよ。剥いちまおうぜ。チッ。上げ胸かよ。オカマならオッパイくらい作っておけってんだ。」
えっ。嘘っ。
ビキニの上がズリ上げられ、シリコンブラが落ちていった。頭の中が真っ白になる。こんなときなんて言うんだっけ。
「キャーッ。」
自分の声とは思えない音量の悲鳴が出た。
えっ何イヤ俺、偽オネエだよな。
それでも嫌だった。恥ずかしかった。背中にミミズが這っているような気持ち悪さが込み上げてくる。隠さなきゃ隠さなきゃ。なんでこんな思いをしなきゃいけない!
それと同時に扉が開く。今度は何なの!
「ここに結城・・・。」
扉のところに仁王立ちになって固まっているタツヤと目が合う。
「嫌っ・・・見ないで。見ないでー!」
今度こそ全力でしゃがみ込む。もう自分が男なのかオネエなのか男の娘なのか。なにがなんだが解らない!
「お兄ちゃん。何を突っ立って・・・。早く入って、扉を閉める!」
「貴様らっ。」
地を這うようなタツヤの怒号が聞こえたと思ったら、目の前にあった男のズボンにシミが広がっていったのだった。




