9.友人Aの俺でもできることがありました
「じゃあ一番手は誰にしようかな・・・そうね。チーちゃん。・・・・・・・結城くんがトップバッターね。ああっとそれから皆、動画は撮らないであげてね。」
一瞬、間が空く。どうやら俺の苗字が出てこなかったようだ。担任なのにいい加減だなあ。
後続の女子生徒が恥ずかしくないように教師らしくフォローもしている。これは助かる。オネエの踊りなんか誰も撮らないと思うけど、これから踊るダンスはプロの方が振り付けをされているので動画として外部に流出されると困るのだ。
予想していた野次も飛んでこない。後続の女子生徒の踊りを見れなくなってしまうからだろう。良く考えられているのに何故苗字が出てこないかな。
俺はスマートフォンを操作して動画サイトで曲名を検索すると司会役の女の子に手渡した。
ポンポンを持ち、待機していると前奏が始まる。頭のなかで振り付け師の先生の手拍子が鳴り響く。よしここだ。
ワン・ツー・スリー・フォ ファイ・シック・セブン・エイ
まだまだ身体に覚えきっていない俺は頭の中でカウントを入れる。これだから動きが単調になるんだよなあ。解っているんだけどなかなか上手く踊れないのだ。
それでも周囲が見えている。初めて店で踊ったときは全く余裕が無かったけど。今日は大丈夫そうだ。
「どうしたのチーちゃん。」
曲の後半で身体が止まる。公の場でチーちゃん呼びは止めて欲しいんだけど。
「順子先生。ごめんなさい。あそこで動画を撮っている男の子がいるの。」
やっぱりな。ダメだと言われても撮るやつが必ず1人は居るんだよな。店でも客が店長に止められている光景を良く目にするのだ。
順子さんは俺の指した方向でスマートフォンを向けている男の子を確認すると、壇上からヒラリと降り立ち、タタタタっと走っていってスマートフォンを取り上げる。ヒュー格好良い。流石はユウタの従姉だ。運動神経も良いらしい。
そのまま何かを操作してポケットに仕舞った。動画を削除して後で職員室に取りに来いとでも言っているのだろう。
そして怒りの表情でコンコンと説教を始めた。自分が見るのを邪魔されたもんだから怒っているらしく荒々しい声がこちらにまで響いてくる。それは公私混同で八つ当たりと言わないか。
「もう1回というのは無理ね。ポンポンを持って踊ったことだし、まあいいでしょう。」
まあそうだよな。そんなに厳しくしてしまったら、後続の女子生徒が棄権してしまうに違いない。
残り3人の女子生徒も踊ると協議すると言ってひそひそと相談しているようだった。それから、皆で美術室へ移動した。ここが部室のようだ。
「私、五代アキエ。今日の舞台、凄く良かったわ。いつも何処で踊っているの? 市役所前? それとも百貨店前の公園?」
司会役の女の子が握手を求めてくる。ストリートダンサーと思われているようだ。
「結城智広よ。アタシは『キャラメ・ルージュ』ってお店で踊ったことがあるだけなの。」
「君があのトモヒロ君なのね。それじゃあプロのダンサーじゃない。凄い。」
痴漢騒ぎのことを知っているのか。それとも上条さんがオネエだと喋っているのか。オネエの喋りを聞いても驚かないところをみるとそんなところだろう。
「そんなこと無いの。全部先生任せなのよ。アタシはちょっと出させて貰っているだけ。」
「それでもお店でお金を取っているのならプロのダンサーだわ。ダンスでお金を頂けるなんて貴重なの。もっと胸を張って自慢してもいいわよ。」
「うん。ありがとう。」
「でもやっぱりダメ。男の子は入れられないの。ほら文化祭では早着替えとか必要だから無理みたい。ごめんね。」
「ううん。言いにくいことを言わせて、アタシのほうこそごめんなさい。」
オネエキャラをいいことに調子に乗りすぎた。そうだよな無理だよな。
今まで黙っていた上条さんがこっちにくる。
「なんで怒らないのよ! 私が言わせてるって解ってるでしょ。」
「ええっ。そうなの?」
これは本格的に嫌われたかもしれない。もっと仲良くできたらと思ったけど失敗したみたいだ。
「ゴメン。私に言わせて。トモは君と『オネエちゃんといっしょ』ごっこをしたかったみたいなの。それでダンスを私に教えて欲しいらしいのよ。でも君に下手なところを見られたく無くてあんなこと言っているの。誤解しないであげてね。」
アキエさんが俺と上条さんの間に割り込んでくる。嫌われていないと思いたいけど、調子に乗ってしまったことは本当だ。
「そっか。じゃあアタシは差し入れを持ってくればいいのね。」
最後の望みに賭けてみる。『オネエちゃんといっしょ』では料理部のオネエが手作りのお菓子を差し入れるシーンがあるのだ。
「うん。そうしてくれると助かるわ。それにダンスのことなら私に相談して、上手くアドバイスできるかわからないけど。見て意見を言うくらいのことはできると思う。」
やっぱりオネエだからって少女漫画のようには上手くいかないか。そんなのはユウタたちのように何でも出来て細かく気遣いも出来る人間だけの特権だ。
俺のような友人Aが出来ることじゃないよな。




