第18話 新たに挑む場所
リザの言葉に、俺を含めて、周囲の超特進クラスの面々が全員首を傾げた。
「あの、リザさん。覇竜のダンジョン……って、なんですか? 初耳なんですけど」
「それはそうだよ。基本的に隠匿されている特殊ダンジョンだからね。この隣の宝物庫に入っている扉から行けるんだよ」
言いながらリザは、魔王の遺産が詰め込まれている宝物庫を指さした。
「宝物庫にダンジョンの入り口があったんですか。……微妙に分かり辛いというか……そもそも、なんで隠匿されているんです?」
「それが天竜の始祖……アリアちゃんやミスラルト君の先祖と、三代目魔王が結んだ契約だから、だね。『その年に来た天竜が挑むまで、その場所を明かしてはならない』というルールがあるのさ。そして、『魔王城に来たら、数日中の内に覇竜のダンジョンに挑まなければならない』というルールもね」
「――そう。攻略するまで、ずっと、覇竜のダンジョンに挑み続けなければならない。他のダンジョンに行くことは許されない。そういう契約が刻まれているんだよ。ボクたちの体にはね」
リザの説明を補強するように、ミスラもこちらに声を放ってくる。
どうやら治療薬が効いているらしく、息切れは収まっていた。
ミスラの隣にいるアリアも、薬のお陰かぐっすりと気持ちよさそうに寝入っているし。
体調の方が良くなったなら、と俺はミスラに尋ねてみる、
「攻略するまでずっとって、どうしてそんな状態になったんだ?」
「さてね。契約した理由その物は、分からないんだ。けれど、事実としてあるのは、遥か昔の魔王と、天竜の始祖が契約をしたということ。そして、ボクたち子孫は、覇竜のダンジョンを攻略するまで未来永劫それに縛られる事になっていること、なんだよね。困ったことに契約の証も代々受け継がれているし、さ」
ミスラは苦笑しながら、自らの腕を見せて来る。
そこには、僅かに光を放つ刻印がなされていた。
「これが光ったら、ボクたちはダンジョンに挑み続けなければならない。でないと、物凄く痛いダメージを全身に負うっていう、そんな仕組みでね」
「ダメージもあるって、それは呪いって言うんじゃないか?」
「かもしれないね。それでまあ、これがあると、魔王城での生活が満足に遅れないからさ。……本当は潜る前に、皆に他のダンジョンに行けなくてごめんって挨拶くらいはしたかったんだけどね。ただ、その前に契約が光ってしまって。時間が合わなくて、本当に御免ね」
負傷した身体でありながら、ミスラはこっちに向けて申し訳なさそうに微笑みかけて来る。
「謝る事はないさ、ミスラ。種族の事情というのは、どうしようもないものだからな」
「あはは、そう言って貰えると助かるよ。まあ、そんな訳でね。この通り、覇竜のダンジョンがある限り、ボクたちは満足に魔王城での生活を送れそうにないから。他のダンジョンに行く時は、ボク達は気にしないでいいからさ」
これだけの怪我をしながら、心配を掛けまいとしてくる。
全く、この天竜は他人を気遣うタイプらしい。
ただ、気遣いと感情の方は別らしく、その笑みには、困った様な、悲しみの様なものが混じっていた。だからこそ、俺はこう言った。
「分かったよ、ミスラ。気にしないようにする。その為に……その覇竜のダンジョン攻略、俺も手伝うよ。さっさと攻略しちまおうぜ」
「え……?」
俺の言葉にミスラは目を見開いた。
「あ、あの、クロノ君? それは、どういう……」
「いや、だってさ。二人だけで行かなきゃダメな所って訳じゃないんだろ? 隠匿はされていてもさ」
「う、うん。天竜以外が入っても大丈夫だっていう記録が、始祖の記録にあったから、それは平気だけど……」
「それなら、こっちにも付き合うさ。たまには、魔王のダンジョン以外にも潜っても良いと、思っていたしな」
言うと、ミスラは少しだけ嬉しそうに口元を緩めたが、しかし直ぐに真面目な顔になって首を横に振った。
「ま、待ってよ、クロノ君。あのダンジョンは歴代の天竜が何度も挑んで、それでも攻略できなくて……ボクたちが挑んでも数日でこのザマになるくらい危険な場所で……とんでもなく厄介な所なんだよ?」
「だから?」
「だからって……危ないんだよ?」
「いやいや、ミスラ。忘れたのか? 俺は君の厄介事に付き合うって、言ったじゃないか」
「あ……」
俺の返答に、ミスラは口をぽかんと開けた。
どうやら思い出したらしい。
「あ、あれってボクの性別云々のことだけじゃ、ないの?」
「そこだけに限定する必要はないだろ。というか、友達が厄介な事情で困っているなら、助けるのが普通だろ」
少なくとも、俺は田舎の爺さん婆さんかそういう風に習ったし。
ここでも、そういう物なんだと、周りの仲間達から教わっていた。現に、今も、
「そうだよなあ、クロノ。全面的に同意するぜ。……だから俺はダンジョン探索に必要な医薬品やら装備やらを集めてくるわ。勿論、俺も挑むからそのつもりでな」
「おう、頼んだ、コーディ」
「私たちも覇竜のダンジョンについて何か情報が無いか調べて来るわね、クロノ君。その後に、攻略計画を立てましょう」
「ああ、了解だ」
背後で話を聞いていた超特進クラスの同級生たちも、俺と同じ気持ちを抱いていたらしい。
次々に、覇竜のダンジョン攻略のために動き出そうとしている。
「ちょ、ちょっと待って、クロノ君……。それにみんなも……どうして……」
「どうしてって……友人が困っているんだから、助けたいんだろ。いやまあ、詳しい事は本人たちに聞いてもらわなきゃ分からないけどさ。少なくとも俺はそうだな」
「私もですよ、クロノさん」
俺の声に同意するように、ソフィアが隣にやってきた。
「私も、困った時に皆さんに助けられた経験がありまして。いつかは私も、困っている友人に力を貸せればいいなって思っていたんですよ。ええ、だから、今がその機会なんですよ、ミスラさん、アリアさん。私たちの新しい同級生の為に力を振るえるなら本望です」
「だとさ、二人とも。皆、こんな感じでやる気があるみたいだぞ」
ソフィアの言葉を受けて、俺はソファで呆然としている天竜の双子に声を掛ける。最後の確認をする為に。
「まあ、あくまで二人が迷惑じゃなきゃ、だけどな。二人で攻略したいとか、言うんであれば余計な手出しになるから出来ないんだけどさ。……どうだろう?」
俺達が手伝えるのか。その確認をした。
すると、ミスラはこちらを見て、背後の同級生たちを見て、それから、目を伏せた。
「あはは……実は、ここ数日、皆といられて十分楽しかったから。それで充分かなって思ったんだんだけど、ね。例え、攻略できなくても、この思い出があれば頑張れるって」
でも、とミスラは言葉を零す。
「やっぱり、もっと皆と一緒にいたくて、仲良く時間を過ごしたくて。だから――ボク達と一緒に、覇竜のダンジョンに挑んでくれるかい?」
気遣い屋なミスラが言ったその言葉に、俺は勿論、周りの皆も頷きと共に声を上げる。
「「当然だ(です)」」
「ありがとう……皆」
そうして。
出立は明日。
超特進クラスの面々で、覇竜のダンジョンに挑むことを決めたのであった。




