第14話 認識の違いを確かめるのは大事
ミスラは自分を抱えたクロノの目が、しっかり自分の身体を捉えてしまった事を認識していた。
「――ッ!」
まずい、と思ってすぐさま体を起こして、タオルを拾って体を隠したが、もう遅い。
完全に見られてしまった。
……ど、どうしよう。
こんな所でドジをして、自分の体の秘密がバレるとは思わなかった。
自分は何をやっているんだ、という思いと、これからどうしよう、という思いが交差する。
「あ……あの……クロノ君。……こ、これは……ね……ええと……」
ミスラは声を絞り出しながら、クロノの表情を確認しようとした。
まず、彼がどこまで見て、どう思ったか、不安になったからだ。
抱いたのは驚きか。
それとも訝しみか。
良くない心象を抱かせたかもしれない。
そうだとしたら、なんてことをやらかしたのだ、とそう思いながら、声を絞り出し彼の顔に視線を向けた。すると、
「ああ、見えちまってすまん。種族的に見られたくなかったのに。とりあえずは、種族の弱点とかは分からなかったから、許してほしい」
普段通り、なんら変わっていないクロノの反応が返ってきた。
「……え?」
「じゃ、服を着たら行ってくれ。目を瞑ってるから。それともこのまま退室した方が良いかね。多分、目を瞑ったままでも動けるけど、どうする?」
「いやあの、そうじゃなくて!」
「うん? どうした?」
クロノは目を瞑ったまま首を傾げて来る。
目は瞑っているが、そこに動揺は見られない。
声もいつも通りのものであった。
「いや……ボクの身体を見て、他に言う事は無いの?」
「え? いや、別に。ミスラの身体だなあ、としか認識しなかったが。強いていうなら少し鱗っぽい物は見えたけど」
「それじゃなくて、もっと根本的な部分だよ!?」
「根本的……魂とかの事か? 俺はそういうのは見えないんだけどなあ……」
「あああああ、違くて! ええと、その――ボク、男って言っていたけどさ! 女性の体付きを隠していた事について、何も言う事がないの!?」
話が進まないので、ミスラは思い切って、尋ねてみた。
そこが一番気になっていたことだ、と。
そして帰ってきた反応は、
「隠していたのか? 身体が女性な事は、前から知ってたけど?」
それこそ自分にとっては意外な返答だった。
「はい!?」
「うーん、という事は、あれなのか? もしかして女性として認識した方が良かったのか、ミスラは」
というか、あっさりとそんな言葉まで出してきた。
「あれえ?」
思っていたのと物凄く違う反応だった。
思わずミスラは目を見開く。
「あ、あの、クロノ君? ――本当に驚かないの?」
「何が?」
「いや、ボクに胸があるというか、女性だという事に」
「だって、その胸は最初に出会った時からあっただろう? それで、雌雄同体の種族も、魔族にはいるからさ、ミスラもてっきりそういうタイプなのかな、と思っていたんだよ。ドッペルゲンガーとか、自然神系とか、そんなのだし」
「……自然神に知り合いがいるって事の方が驚きというか――ってそうじゃなくて! ――もう一度聞くけど……ボクの身体が女性のものだって気付いていて、男として接してくれてたの!?」
クロノは目を瞑ったまま、真顔で頷いた。
「うん? そりゃまあ、ちょっと見ていれば、胸も尻も出てるっていうのは分かるし」
「魔法で肉を押し込んでいたりしていたんだけど……」
「そうなのか? でも、魔法的な隠ぺいがあっても、よく見れば分かるさ」
隠していると思っていたことは、大分ばれていたようだ。
その事に、ミスラは思わず膝から崩れ落ちてしまう。
「え……? あれ……隠そうとしてきたボクの努力が……!!」
「あれ、膝が床に当たる音が聞こえたんだが……なんかスマン事をしたかな……?」
目を伏せたままのクロノは申し訳なさそうな声を放ってくる。
それを聞きながら、この状況は一体なんなんだろう、とミスラが床にぺたんと座り込んだ状態で僅かに呆然としていたら、
「ああ、やっぱり、問題が起きてたんだね……」
更衣室のドアを開いた。
そして、リザが室内へと入ってきた。
「あれ? その声は……リザさんですか? 何故ここに?」
「それはね、クロノ、私の関知範囲内で、心拍数が偉い事になっている子がいるから、見に来たからなんだよ。それがまさか、こんな事態になっていたとは思わなかったけど……ミスラルト君。避ければ、私も事態の収拾を手伝おうか? 説明とかを含めてさ」
「お、お願いします……」
「お願いされたよー。それじゃあ、クロノ。目を開けて良いから、いつもの応接間に行こうかー。」
「あ、はい」
「ミスラルト君は服を着て、心を落ち着けてから来てねー」
「りょ、了解です……」
そうして、クロノはリザに連れられ、更衣室を出て行った。
「ま、まさか、こんな反応をされるとは……」
そして誰もいなくなった更衣室で、ミスラはドキドキと脈打つ胸を押さえつつ、服を着ていくのであった。




