第11話 水中における可能性
リザに案内されたプールは、とんでもなく広かった。
直線距離で一キロはあるだろうか。それはもう、プールサイドの端から、逆サイドが遥か遠方に見える位に広大だった。
「プールというか、湖みたいですね、クロノさん」
「だな……ウチの田舎にある湖なみにでかいわ……あと、なんでか砂が敷き詰められたスペースもあるし」
「ふふ、驚いてくれて私も嬉しいよ! これが魔王城が誇るスポットの一つである、砂浜付巨大プールだからね!」
なんでも、リザの説明によれば、巨体を持った魔族が入っても溢れないような深さで、なおかつその巨体でも泳げるようにと設計してあるらしい。
砂浜を作ったのは、サンドフェアリーなど、水が苦手な種族でも遊べるようにする為、だという。
流石、どんな魔族にも対応可能とパンフレットで謳っている魔王城だけあるな、と思いつつ、俺はリザに尋ねる。
「それで、ここで何を検査するんです?」
「うん。良い質問だね、クロノ。ここでは単純な水耐性や、水中における活動性能を測るんだ。水棲系の種族じゃない人には、皆、測って貰っているんだよ。……そういう訳だから、皆は準備運動と柔軟体操してプールに入ってよ。手足が攣っちゃったら大変だから、入念にやってね」
「はーい」
リザの指示に従って、俺たちはその場で体のストレッチを行っていく。そんな中で、
「ソフィア、ユキノ! 良ければ私の身体を両側から思いっきり引っ張って頂戴!」
「え? い、良いんですか?」
「良いのよ! 自分だけじゃ力のコントロールが上手く出来ないからね!」
「うん。じゃあ、遠慮なく、やるよ……」
アリアは、ソフィアやユキノと良い感じに打ちとけようとしているらしく、積極的に絡みに行っていた。
明るく押しの強いタイプの彼女に若干気圧されながらも、ソフィアたちは上手い事触れ合っているようだなあ、と思っていたら、
「いいなあ……」
と、隣にいたミスラがぽつりと言葉を零した。
「あれ? ミスラもあっちに混ざりたいのか?」
「え? あ、いや、そういう訳じゃなくて……楽しそうだなって」
「ああ、そうだな。柔軟体操ってだけでも、一緒に騒ぎながらやると結構楽しそうだな。……俺達もやるか?」
「良いのかい!?」
喋っていたらミスラの声が急に大きくなった。
何をそんなに驚くことがあるんだろう、と首を傾げていると、
「いや、その、天竜族は力が強いから。あんまり他の種族から、触れられたがらないというか。避けられる傾向にあるからさ……。アリアはそういう所を構わず突っ込んじゃうけど、ボクは中々ね……」
「そうなのか? 俺はそういう事は気にしないけどなあ」
「ま、まあ、うん。クロノ君の力を見ていると、逆に気にされる側ではあるかなってさっきから思っていたけどね」
「おおう、若干酷い事を言われた気がするぞ」
間違いじゃないが。
というか、こっちに来た当初はまさに、微妙なエアポケットを作られまくっていたけれども。
「あはは、ゴメンゴメン。……でも、嬉しいよ。こうして他の種族と肌と肌を合わせて動ける時が来るなんて、さ」
「言い方が微妙に気になるが……まあ、俺だけじゃなくて、他の奴らも気にするような性格の奴らでは無い気がするけどな。ともあれ、ささっと体操しちまおうぜ」
「うん! ……あ、でも、手加減はしてね? 流石にクロノ君のパワーだと、ボクの身体引き裂かれる可能性もあるから」
「そこまでの力は無いっての!」
そんな軽口をたたきながら、俺達はプール検査の前準備を始めていく。
●
「さあ、皆ー。軽く泳いで体も慣れたところで、水中行動時間の計測に行くよー」
ミスラは、プールに浸かった状態でリザからの言葉を聞いていた。
「まあ、やる事は単純で。息を止めて、魔法無しでどれくらい潜っていられるか、なんだけどね。プールでの動作で検査するのは基本的にこれだけで、あとは自由時間だから。気を楽にして挑んでね」
今回の検査は非常に単純なモノだった。
水が得意な天竜としては、魔法無しでも数分以上は確実に潜れるなあ、とミスラが思っていると、
「魔法なしでの潜水かあ。ミスラは得意か? 俺、結構苦手なんだよなあ」
「え? そうだったのかい、クロノ」
「ああ。泳ぐのは出来るんだが、潜水は正直、得意じゃないんだ」
彼のセリフに、ミスラは少しだけ親近感を得た。
「ふふ、クロノ君でも苦手な物はあったんだね」
「そりゃあるさ。ミスラは得意なのか?」
「うん。ボクは潜水も泳ぎも出来る方だよ。……アリアは……炎系だから、とても苦手なんだけれどね」
ミスラの視線の先、そこでは胸を張って、『魔法無しだと三十秒が限界だけど頑張るわ!』と元気いっぱいなアリアの姿があった。
「なるほどなあ。双子でも色々とあるんだな。正反対というか」
「はは、そうだねえ。ともあれ、折角の機会だから、クロノ君にボクの……というか天竜の凄い所を見せられるように頑張るよ」
「おお、了解だ。しっかり見させて貰うぜ」
そんな会話をしていたら、リザが片手を上げた。
「それじゃあ、皆。用意して――スタート!」
リザの合図で、ミスラは皆と同時にプールの中へと潜っていった。
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ミスラが浮上したのは、水中でゆっくりと時を数える事、十数分後の事だった――。
「ぷはっ! ふう……流石にきついなあ」
「お、戻って来たねー、ミスラルト君」
息止めの限界が来て水面に顔を出すと、プールサイドにはリザが待っていた。
その奥では、先に潜水を終えて休憩しているクラスメイト達の姿がある。
「凄いねえミスラルト君。天竜の潜水記録の中でもトップクラスだよ」
「はは、それは……どうも、ありがとうございます……」
そして、こちらが浮上した事に気付いたのか、休憩していたクラスメイトが近づいてくる。
「凄いですね、ミスさん! 私たちよりも何倍も潜っているだなんて……!」
「水棲系じゃないのに、流石は天竜の一族……」
「ええ、そうなのよ! アタシはちょっと水が苦手で一番早く上がっちゃったけど、だけど、ミスラルトはこういうの得意なんだから!」
「あはは……解説ありがとう、アリア。それと皆さんも、有り難う御座います」
ぺこり、と会釈しながら、ミスラはプールから出る。
その間もアリアはソフィアやユキノを相手にして、楽しそうに喋っていた。
……どうやら、この潜っている時間で、大分仲良くなれたのかな。
天竜はその貴重性と能力から避けられやすいけれど、この様子を見るに、二人は妹の事を大分受け入れてくれている。
その事を有り難いと思いながら、ミスラはタオルで体を拭いていたのだが、
「……あれ? ところで、クロノの姿が見えませんが。どこですか、魔王様?」
辺りを見渡して、彼の姿だけが無い事に気付いた。
「うん? まだ、上がって来てないよ? クロノの生体反応はまだ、プールの底にあるし」
「……え!? ……あの……クロノは、あまり潜水が得意じゃないと言っていたんですけど……
」
「それは……本当なの、ミスラルト?」
「うん、潜る前に言っていてね……」
言いながら、ミスラの背筋に寒気が走った。
彼は身体能力は物凄いとはいえ、タダの魔人族だ。体の構造は、天竜である自分程、水中向きではない。だから、
「ちょ、ちょっと、ボク、見てきます!」
「アタシも行くわ!」
「え、ミスラルト君?! アリアちゃんも!? ちょ、ちょっと待って――!」
リザの静止を聞く前に、ミスラはプールに飛び込んだ。
折角出来た友人が溺れているのであれば、助けなくては。
そんな一心で、ミスラはプールの底まで一気にたどり着く。
すると、そこには、
「…………? んーいた(どーした)?」
いたって平然と、目を開けてこちらを見ているクロノがいた。
とても元気そうな、まだまだ潜れる余裕があるのが目で見て分かるくらいの表情で。




