5話 事後検査と事前準備
お陰様で、『自称!平凡魔族』一巻に重版が掛かりました!
本当にありがとう御座います!
俺は、ユキノと共に中庭のベンチで休んでいた。
というのも、医務室で検査を受けているソフィアを待つためだ。
「お待たせしました、クロノさん。ユキノさん」
「おう、お疲れソフィア」
「うん、お帰り。体の方は大丈夫?」
「ええ、しっかり鬼神の方も体に馴染んでいるようで。健康だって医務室のお医者さんも太鼓判を押してくださいました。力の一部も使えるようになりましたしね」
先日の、鬼神発現事件のあと、ソフィアはリザの提案により、一日一回の定期的な検診を受けるようになった
あれだけ派手に暴れたものが体の中に入ったのだし、何らかの問題を抱えていないか、と心配されていたからだ。ただ、
「もう体の状態も安定しているようで、今日で定期検診は最後にして良いとのことでした」
「おお、そりゃ良い知らせだな」
彼女の身体には問題は起きなかったようだし。これで本当に一件落着になる。そう思っていたら、ソフィアも微笑を返してきた。
「ふふ、ありがとうございます。ただ、最後という事で今日一日かけてしっかり検診をしたいということで、もう少し医務室の方で追加検査をすることになりそうです」
「ほー、一日掛かりの検査か。大変そうだな」
「いえ、それほどでも。今日から学生の健康診断週間が始まるそうですし、ついでにやってしまおうというだけですし」
「健康診断週間……? 何だそれ?」
聞いたことが無いのだけれどもと首を傾げていたら、となりのユキノがああ、と声を上げた。
「もうそんな時期になったんだね」
「ユキノさんは知っているんですか?」
「勿論、学生は医務室に行って健康診断をするの。だよね、ソフィア」
「ええ、医務室の先生も言ってました。一応、受けるのが城内にいる学生の義務だそうで。この時期に行われると入城のパンフレットにも小さく書かれていたそうです」
「……読み込んだはずだが、全く覚えてないな……」
その言葉にユキノも同意の頷きをした。
「私の入城初年度もそうだった。大体の人が気づかなかったから、最終日に駆け込みで行った覚えがある」
「あはは……医務室の先生も覚えてない人多いだろうなって仰ってました。ですから、外にいる身近な人に声を掛けてくれとも」
なるほど。そんな義務イベントがあるとは、正直びっくりしたよ。ただ、それ以上に思うのは
「健康診断、かあ……。俺、やったこと無いからちょっと楽しみだな」
「え? クロノさん、薬剤師のお家だと仰ってましたけど、そうなんですか?」
「まあ、な。薬剤師の家だけど医者とは違うからさ。それに、体調を崩すことが殆ど無かったし。たまに来る町医者も、『クロノには検診はいらんな』って言って、やらなかったんだよ」
「クロノの身体で不健康そうなところは感じられないからね。その医者の気持ちは分からないでもないね」
「あ、あはは……確かに、クロノさんの身体は頑丈ですけれどね。でも、本当に大丈夫だったんですか? クロノさんの住んでいらした場所は物凄い場所みたいですし、体の具合が悪くなったりする事とか、無かったんです? 」
ソフィアは困ったような笑みを浮かべながらも、俺の体を心配しているような言葉をくれる。
本当に優しい子だなあ、と思いつつ、俺はかつての記憶を思い返す。
「まあ、偶に、具合を悪くすることはあったぞ? ただ、その時は自作の栄養剤を飲んで治してたんだよ。だから医者に掛かる事は殆どなかったんだ」
俺の言葉にユキノは感心した様な声を上げた。
「へえ、クロノもお薬、作れるんだね」
「まあ、薬師の家系ですから。と言っても、臨床データも取ってないですし、他人にお出しするレベルほどの物でもない、俺が勝手に作ったお遊戯みたいな調合なんですけどね?」
「わあ、本当にオリジナルなんですね。どんな調合をしているんです?」
「アルラウネから貰った根っことか、精霊の涙とか、魔鉱岩塩とか、体に良さそうなものを磨り潰して混ぜ合わせるんだ。子供の悪戯みたいな調合だけどさ、それを飲むと一気に体温が上がって、大体気分が良くなるんだよ」
そうして俺がかつての記憶を辿りつつ説明した内容に、ソフィアとユキノの表情が固まった。
「……あの、今、クロノさんがおっしゃられた素材って、全部、資格のある方しか使えない劇物だと思うんですけど……。効果がありすぎるから用法容量を絶対に守らなきゃ直ぐに致死量に達すると、特進クラスの薬学講義の担当教授が言っていた記憶もありますし」
「あれ? そうなのか? ウチの家族からはそんな話、一切聞かなかったんだけど」
「ということは……容量とか、分からないで作っていたんですか?」
「まあな。手当たり次第にあるだけぶち込んでたから。そうか劇薬になっていたか……」
「いや、クロノ。それはね、劇薬って言うより、毒レベルだと思うよ? 用法的に一週間に一滴しか飲んじゃだめとか、そう言う奴」
若干引きながら言われた。
毒と言われても、それを使って体を治してきた過去は事実なので仕方がないだろう。
というかこの件に関しては俺は悪くないと思う。栄養がある、と習っていただけだし。ただまあ、
「とりあえず、自分が飲むだけにしておきましょうかね。何だか危なさそうなんで」
「それが良いね。なんだか、クロノの頑丈性の一端がよく分かった気がするよ」
「あはは……内臓の方も凄いんですねえ、クロノさんは」
「まあ、今日まで健康的に生きてきたからな。とはいえ、健康診断出来るっていう機会があるなら、今のうちに行っておこうと思うよ」
栄養がありすぎるものを飲んでいたみたいだし、念のためのチェックはしておきたい。
そう言うと、ソフィアは微笑して頷いた。
「じゃあ、一緒に医務室の方へ行きましょう。私もお話し相手がいて下さると有り難いですし。ユキノさんはどうしますか?」
「勿論、私も行く。――でもその前に、皆、着替えた方が良いね」
「着替えって、どういう事です、ユキノさん?」
「あれ? 健康診断は、出来るだけ素肌を晒す必要があるからね。下着か、水着着用でやるんだけど、聞いてない?」
「は、はい、初耳です」
「そう。なら先に言えてよかった。というわけで、素肌を晒してない人は、着替えなきゃ。二人は水着、持ってる?」
ユキノは自分の服をつまみながら、そんな事を聞いてくる、
「残念ながら俺、水着なんて持って来てないですね」
「あ、私もです」
俺もソフィアもそんな用意をしていない。だから、
「うん。じゃあ今から、買いに行こうか。いい場所、知っているから案内する」
こうして、健康診断に行くために、まずは着衣を買いに行くことになったのだった。




