第3話 自動的に広まる噂
「助けてって言ってますが、どうしましょう? 私が飛んでいって引き抜いてきましょうか?」
「ん? ああ、いや、ソフィアがそこまでしなくても俺がどうにかするよ。……とりあえず、床よ、上がってくれ」
地面に埋まった赤い髪の竜の少女を救助するため、俺は大穴のそこに支配の鎖を突き刺した。
すると、竜の少女が足を埋めている周囲の土が彼女ごと隆起して、一気に俺たちがいる地点の手前まで上がってくる。後は簡単で、
「そこの土、退いてくれ」
竜の少女の足元の土を払いながら、支配の鎖を手元に戻す。それだけで、彼女の足の埋没状態は解除された。
「よし、これで救助完了」
「さ、流石はクロノさんというか、手際が良すぎて、あっという間に終わりましたね」
「谷に落っこちた老人の救助は昔からやっていたからな。まあ、その時は魔道具を使って土を隆起させていたけど、今は自前で出来るから、楽でいいや」
と、ソフィアたちと喋りながら腕をさすっていると、
「……ええと?」
竜の少女は俺のことを目をぱちくりとさせながら見ていた。
「そこの魔人の貴方がこの床を上げて、大穴から助けてくれた人、なのよね? なんだかいきなり、ここまで登って来られたけれど」
「ん? ああ、まあ、そうだな」
大穴を開けてしまったのも俺だけども、と言おうとするよりも早く、
「そう! 助かったわ。ありがとう!」
彼女はまずそんな感じで赤い髪を振り回して埃を払った後、元気に頭を下げてきた。そして、
「あたし、アリアっていうの! 貴方は!? クロノって呼ばれていたけれど、それが名前?」
矢継ぎ早に言葉を重ねて来る。
「ああ、クロノ・アルコンっていうんだ」
そうしてこちらが名乗った瞬間、アリアと名乗った竜の少女は、大股で俺の方まで歩いてくると、
「――そう! クロノ! 改めてお礼を言わせて頂戴!」
元気が良いまま俺の手をぎゅっと握ってきた。更に、彼女の言葉はそこで止まる事なく続き、
「貴方のお陰で入城初日に穴に埋まり続けるなんて事にならなかったんだからね! お礼に竜の財宝をいくつか上げたいんだけど、貴金属とか好きかしら?!」
ああ、初対面だけど大分わかった。
どうやらこの子は、押しが強いタイプらしい。
物理的にも押しが強くて、握手の手をブンブン振ってきている。もっと言えば、尻付近にある尻尾もブンブン振っている。
今まで出会った同級生の中にもいなかったタイプだなあ、などと思いながらアリアの力強さを感じていると、
「こら、アリア。いきなりすぎて皆、驚いているよ」
彼女の背後から、透き通るような青い髪をした青年が、歩いてきた。
頭には、アリアに似ているような、しかし微妙に形の違う竜の角がついている。
そんな青い髪の青年はアリアの肩を掴んでから、俺の近くにいるリザの事を見て、
「魔王リザ。本当にすまない。入城初日からウチの妹がご迷惑をお掛けして」
とても綺麗な声と共に会釈する青い髪の青年に対し、リザは苦笑する。
「あはは……いやあ、まさか初日に魔王城を壊されるとは思わなかったけれども、まあ、無事だったならいいよ。アリアちゃんも、ミスラルト君も、ね」
「ええ、本当に無事でよかった。上手く穴を作って受け止めて貰えたお陰ですね」
そう言ったあとで、ミスラルト、と呼ばれた青い髪の青年は俺の方を見た。
「魔人のクロノ君。君にもご迷惑をかけた。そして妹を助けてくれてありがとう」
「ん? ああ、いや、別に気にしないでくれ。同級生ってのは助け合うものなんだからさ」
言うと、ミスラルトは小さく、そして嬉しそうに微笑んだ。
「……そうか。ボクたちみたいな竜族にもそんな接し方をしてもらえると本当に助かるよ。ありがとう、クロノ君」
どうやら先ほどの話を聞いていたらしく、俺の名前を呼んできた。
まあ、それなら自己紹介の手間が省けて良いな。
「どういたしましてだ。というか、ボクたち、とか、妹ってことは、アンタも竜なのか」
「ああ、そうだね。申し遅れてすまない。ボクはミスラルト・ドラグニール。このアリア・ドラグニールの兄をやっている。ミスラと呼んでくれると嬉しいな」
言いながら、ミスラルトも手を差し出してくる。
なので俺は空いている方の手で、ミスラルトの手を取った。
「それじゃ、ミスラって呼ばせてもらうよ。俺のこともクロノで構わないからな」
竜族特有なのかは分からないが、アリア以上に柔らかな手をしているなあ、と思いつつぎゅっと握る。するとミスラルトは
「ひゃ……噂通り凄い力……」
と、やや声を高く跳ねさせながら言ってきた。
「噂……って、え? そんな声が高くなるような驚き方をされるって、何か変な噂されているのか、俺?」
気になったので聞くと、ミスラルトは焦ったような表情をしながら頷いた。
「あ、いや、えっと。変というか、この魔王城がある街は情報発信が素早いから、君の噂は市外にも出ているんだよ。なんでも歴代最強の潜在能力を誇る魔人が今年の魔王城にいて、街の方で様々な問題を解決する活躍を見せているってね」
「え、マジか……」
そんな風に情報が拡散されているとは信じられない。
だが、ミスラルトの言葉に同調するかのように、俺の手を握り続けているアリアも大きく頷いていて、
「あたしも聞いているわ! 凄い魔人がいるから、一度力比べをしたいって思ってたの! 身体だけじゃなくて頭の方でも、魔法でも切磋琢磨がしたい――って走ってきたんだけど……貴方だったのね! クロノ! なら、いっぱいいっぱいお話ししたいわ!」
喋りながら興奮したようで、アリアは大きく尻尾を振っている。
そんな彼女をミスラルトは困ったような笑みで見たあとで、俺の方に視線を移してきた。
「いや、この子は本当に、暑苦しくてすまないね、クロノ君。まあ、それはともかくだ。アリアだけじゃなくて、ボクも君と仲良くしたいからさ。だから兄妹ともども、仲良くしてくれると有り難いよ、クロノ君」
「よろしく、クロノ!」
そう言って竜族二人はフレンドリーに話しかけて来る。有り難い事に、新たに増えた竜族の同級生は、結構気の良い連中の様だった。
「ああ、そうだな。……よろしく、二人とも!」
『自称!平凡魔族』ですが、お陰様で、先週のオリコン文芸ランキングで18位になりました!
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