朝から少しだけ騒がしく
その日の朝。俺がダンジョンの自室で目覚めるとソフィアが半裸に、ユキノは全裸に近い状態で俺と同じベッドで寝ころんでいた。
そして二人ともしっかり目覚めており、俺の顔を覗き込んでいる状態で、
「あ、おはよー、クロノ」
「ふあ……おはようございます、クロノさん」
まったりとした声を掛けてきた。
「おはよう二人とも」
そして俺は挨拶を返す。
まあ、傍から見たら、半裸と全裸の少女に鎖をグルグルに巻き付けて、爽やかに目覚めているというやばい奴だ。
こんな状態は不味いから、打開するために今までダンジョン探索をしてきた訳なのだが、
……なんというか、いつも通りというか。正直、俺も二人も、慣れたなあ。
いつもの朝の後継のように受け入れてしまっている。
この辺りダメな方向に進んでいるんじゃないかな、と思ったりするが、まあ、もう今更なので仕方がないだろう。
やってしまった事は仕方ないのだし、これからどうするかの方が大事だろう。
とりあえず、今日からしばらくは特進クラスの講義のほかに予定はないし、魔王のダンジョンに潜ることも出来れば、自分のダンジョンを更に快適にするために街に行って道具を買いあさる事も出来る。
なんなら、隷属を解くための別手段を探すために、情報収集を街ですることだって可能だ。
やれることは沢山あるのだから、ゆっくり選んでいこう、とそんな事を思っていたら、
「……おなか、すいた……」
ユキノが全裸のお腹を押さえながらそんな事を言い始めた。
そして、きゅるる、と可愛らしい音が彼女の腹から聞こえてくる。いや、ユキノからだけではない。隣にいるソフィアも顔を赤らめながらお腹を押さえていた。
「す、すみません……先日、鬼神を体の中に収めてから、なんだかお腹のヘリが早くなっちゃいました」
「いや、生理現象なんだから仕方ないって。んじゃ、朝飯食べに行くか。……二人とも服を着てからな!」
「は、はい!」
「わかったー」
●
朝の涼しい空気を味わいながら、俺たちは食堂に行くために、魔王城の廊下を歩いていた。すると、廊下の向こうで、同級生の幾人かが走っているのが見えた。
その上、
「あっちから来るんだよな?」
「おう、急ごうぜ! こんな珍しい物中々見れねえからな」
何やらあわただしい。というか、城内全体が、どことなく騒がしくなっているような気がする。
よく見れば、学生ではない、街の住民まで来ているようにも思える。
一体が、何なんだろうなあ、と思っていたら、
「よう、クロノたちも見物に来たのか?」
廊下の向こう側から、竜人の同級生である、コーディが手を振って声を掛けてきた。
だけれども問いかけの意味が分からない。
「見物って……何をだ?」
だから聞き返すと、コーディは竜人特有の長い首を傾げた。
「うん? 昨日から噂になってたんだけど、今日の昼頃、ドラグーンプリンセスが魔王城にやってくるって話があっただろ? だから、クロノも見に来たのかって思ったんだが」
「ドラグーンプリンセス? なんだそりゃ?」
「え? それも知らないのか? あれだよ、普段は竜の国の深層にいて、顔を最も見るのが難しいって言われている天竜王の娘さんだよ。つまり竜族の姫君だ!」
「また姫が来てるのか……すげえなあ、この城」
と、何気なく返答したら、コーディの目が驚きの色に染まった。
「く、クロノお前、竜族だぞ!? 天空の秘境に住んでいて、中々に地上に降りてこないような竜が来るってのに、そんなあっさりした反応なのか……!?」
「え? いやまあ、うん。理性ある竜は貴重だけれども、竜そのものはそこまで貴重な存在でもないだろ」
というか、理性の無い獣としての竜なら田舎にたくさんいたし。
だからむしろ、姫という立場のほうが希少性があると思っている。
「竜が貴重じゃないって……相変わらずクロノの故郷はわけわからない生態してるよなあ」
「いや、ただの田舎だから。田舎者の竜の生息域と被っているだけだと思うけれどな。しかし、なんでこのタイミングで魔王城に来てるんだ? そのドラゴンの姫さんも先輩なのか?」
魔族は二十になる年になったらこの魔王城に集まってくるのだが、このタイミングで来るのは結構遅い気がした。
そう思って聞いたら、コーディはそれがな、と声を小さめにして答えてきた。
「いや今年二十で、俺たちと同年代だが、何だか訳ありだったらしくてな。魔王城に継続的に通う事ができねえから、今日からしばらくの間だけ通うって事になったらしいんだが……中々見れない竜姫の姿が見れるって事で、オレたちもスタンバっているって訳さ」
「なるほど。さっきから騒がしいのはそのせいか。……というか、随分と詳しいな、コーディ」
やけに事情に詳しい気がするけれども。竜人だけに、もともと竜関係は詳しいんだろうか、と思っていると、
「ああ、いや、竜人と竜は別種だが、近しい特性を持つものとして、竜王の眷属は憧れみたいなもんだからな。多少は調べてるのさ」
「へー。まあ、そんな人が来ているだなんて全く知らなかったから情報はもらえて有り難かったよ」
正直、最近まで吸血鬼親子の件で手一杯過ぎたというのもあるからな。
まさかそんなお偉い人がまた来ているとは思わなかった。
「――っと、いけねえ。こんな貴重な機会なんだから、写真の一枚くらいは取る準備をしねえと。ってなわけで、俺は行ってくるわ。また、教室でな、クロノ!」
「おう、またなー」
そう言って走り去っていくコーディの背中を見ていると、俺の裾をくいくいっと引っ張る手があった。ユキノだ。
「クロノは竜のお姫様に興味ないの?」
「いやあ……俺は竜っていうモノに、あんまりいい思い出が無いんですよねえ」
特に、田舎では世話になりまくったというか、迷惑を掛けられまくった記憶しかない。
「いや、モンスターの竜と魔族の竜は違うっていうのはわかりますけどね。前者には大抵面倒な目に遭わされているもんで。火ィ吐かれて畑をちょっと焼かれたり、理性失くした竜に作物持ってかれたり、イノシシよりも酷い害獣として見ていたから、出来れば好き好んで近寄りたくはないですねえ」
「あ、あはは……なんというか、竜とイノシシを同列扱いしている時点でおかしい気がしますけどね」
ソフィアは顔を引く付かせているが、事実なんだから仕方がない。
「というか、ソフィアやユキノさんは竜王の姫君とやらに会いたいんですか?」
俺が二人に聞き返すと、彼女たちは揃って首を横に振った。
「いや、ワタシは別に。今更竜族と出会っても特に話すことは無いし」
「私も今はちょっと……。人がたくさんいるところに押しかけてもご迷惑になってしまうでしょうし、後でいいかと思いまして」
「そっか。それじゃまあ、俺たちはマイペースで行くか」
新しい魔族の学生がやってくるにしても、いつも通り過ごして、良い人層だったら仲良くすればいいしな。
そんな思いと共に、俺はソフィアたちと朝飯を楽しみにしながら、食堂へ向かうのだった。




