プロローグ side リザ&ブラド 吸血鬼の帰還
『自称!平凡魔族』1巻。6/2から絶賛発売中です!
祝勝会が終わり、皆が寝静まった頃合い。
リザはブラドと共に、魔王城と街を繋ぐ門の前にいた。
「グレイブ王。もう帰るの?」
リザの目の前にはブラドがいる。彼はこの街に来た時と同じ格好をしていた。
つい先ほど、思いついたように、『ワシは帰るぞフィラニコス」と言い出してほんの数分でここまで来てしまったわけだが、
「まだ講義とか見ていないし、クロノやソフィアちゃんに別れの挨拶もしていないけど……本当に良いの?」
改めて尋ねるとブラドは満足そうな表情で頷いた。
「うむ! ソフィアの勇気も、彼女がいる素晴らしい環境も見届けさせてもらったからな。もう十分、参観させてもらったよ。それに、問題も一つ解決したから言う事なしだ!」
「問題って……ソフィアちゃんの鬼神のこと?」
「うむ、ソフィアの鬼神は今回の件で倒されたことで、もう暴走する事はなくなった。完全にソフィアの身体に鬼神は馴染んだから、もう鬼神関係で体調の心配をしなくて良くなったのだ。まさに良いこと尽くめという奴だよ」
この吸血鬼パパは本当に娘のことが大好きだよねえ、と思いながら、リザもブラドに合わせて微笑んだ。
「そっか。分かったよ。今後も魔王城全体で行うパーティーやら季節祭もあるから、時間のある時に遊びに来てよ」
「勿論、そうさせて貰おう。クロノ少年とも再び会いたいしな。まあ、彼には連絡用の遠隔魔法術式を渡しているから、いつでも通話できるのだがね。別れの挨拶も帰り先で連絡させてもらうさ」
そう言われて、気になったことがあったのを思い出した。
「……ねえ、グレイブ王はクロノの事、どこまで知っているの? まだ、私には言えないこととか、あったりする?」
結局、そこを聞いていないのだ。
今回は、自分には色々と教えてくれた。
……でも、なんだか、クロノのことを教えても良い資格云々言っていたからなあ。
はぐらかされているが、もっと知ってるんだろう。そう思って尋ねると、ブラドはふむ、と顎を撫でた。
「どこまで、と言われてもな。ほんの少しクロノ少年だけではなく、山の街そのものの知識があるというだけだよ。そして、まあ、その知識については言うに相応しい時期があるということだな。……ワシは彼らの信頼を裏切って、酷い目に遭いたくない、というのもあるが」
「ええと……それはつまり、酷い目に遭わせようと思えば吸血鬼の王様でも酷い目に遭わせられるような人たちがいるってことだよね?」
「お、良く気付いたな。まあ、その通りだ」
ブラドの言葉に目眩がした。
吸血鬼の王を力で上回るだけでもとんでもないのに、一国の王を酷い目に遭わせられるとは、大分恐ろしさが強まってくる。
「……なんというか、クロノの育った環境は、物凄かったんだねえ」
「まあ、魔族の脅威に対するカウンターを育てていた街だからな。それなりには物凄いさ。街中に何十もの力が渦巻いていて、少し歩くだけで心臓を悪くしそうな状態だったのは、記憶にこびりついているよ……。薬を取りに行くときですら死を覚悟して、防御を全力で固めねばいけなかったくらいだからなあ」
過去を懐かしむようにブラドは笑う。
その笑いどころを知らないものとしては、やきもきするというか、モヤモヤもしてくるのだけれども、彼に言ったところで仕方あるまい。
……まあ話してもらうには条件がいるっていうのは分かったのは良い事だよね。
クロノ関係について知るのに、何か資格や気構えがいるのだったら、なんでも取り入れよう。
それが魔王の仕事であり、彼を常にサポートすると約束した自分のすべきことだろう。と思っていたら、
「ああ、そうそう。力が渦巻くといえば、気を付けたまえよ、フィラニコス」
「え? 気を付けるって……何を?」
「ソフィアの鬼神が顕現する寸前、明らかに、この魔王城から奇妙な力が渦巻いているのを感じたんだ。悪意……というよりは、拒絶感のようなものも一緒にな」
「拒絶感と、力?」
ブラドのセリフに、リザは首を傾げた。
そんな力は、魔力の知覚がそれなりに得意である自分でも感じられなかった。
……ただ、吸血鬼の王である彼が嘘を言うとは思えないんだよねえ。
思っている間に、ブラドは言葉を続けていた。
「正直、ワシとしては……その力があったからこそ、ソフィアの鬼神は異常な動作をしたように思えるのだ」
「敵意や害意は無い、力、か……。魔王城内部から出ている奇妙な力が、学生に影響を及ぼしているってなると、調査の必要も出てくるねえ」
ブラドからの情報を聞いて、リザの表情はとても真剣なものになっていた。
「確かに歴代魔王から受け継いできたこの城には不思議な力が宿ってはいるけど、そんなものがあるなんて情報は今まで出なかったし。今になって出てくると思わなかったよ」
「そうか。君でも分からんか。ともあれ、同様の事態が、他の学生に起きないとも限らんからな。大変だろうが、気を付けておいてくれ」
ブラドの言葉ももっともだ。
ただ、ソフィアの件で被害が魔王城中庭だけで収まったのは、運とクロノがいてくれたという部分がかなり多いのだから。
もしもあれ以上に鬼神が暴れていたら、どうなっていたのか分からないのだし。
「拒絶感、ねえ。害意や敵意みたいな敵対感情があれば、私のほうでも感知しやすいし、対処も考えられるんだけど……」
困ったことだ。ただ、それでも、とリザは頷く。
「うん。大変なことをやるというのは、魔王になった時から言われていた事だからね。そこは覚悟しているから、出来る限りのことをさせて貰おうと思うよ」
リザの言葉に、ブラドは目を少し見開いた後で、安どの笑みを浮かべる。
「ふむ、そうか。……当代の魔王が君でよかったよフィラニコス。学生たちの健全な生活については任せたぞ」
「わかってるよ。……まあ、大分、クロノやソフィアちゃんには助けられっぱなしなんだけどね」
「ははは、わが娘と、ワシの知人が有能で何よりだ! ……確かに、ある程度の危機であれば、クロノ少年が突破してしまうとは思うけれどもな」
「うん、そうなんだよね。……まあ、クロノに頼りっきりっていうのは、とてもじゃないけど褒められたことじゃないから、頑張るけどね」
クロノがいるから、自分も安心して思い切り動ける。
そう思うと、クロノの存在は自分の中でも有り難い物になっている。
……とはいえ、彼を理由に油断するのは宜しくないからね。
しっかり考えて動かないと、とリザが思っていると、
「――ふむ、では話すことも話したし。ワシはこれで一旦帰ろう。次はしっかり準備を整えてから来るとしよう。フィラニコス! そして魔王城よ、またな!」
「うん! またね、グレイブ王」
別れの挨拶を済ませたブラドは魔王城の城門から出て、高速で飛び去って行った。
台風のようにやってきた吸血鬼は、こうして魔王城からいなくなるのだった。
「しかし、ドキドキするなあ。この魔王城は、受け継いできたダンジョンだけど……何が眠っているのやら。……ようし、問題は山積みだけど、今日も気合い入れて調べるか――!」
リザは自分の頬をペシペシと叩きながら気合いを入れて、魔王城へと戻っていく。
というわけで、第三章開始です!
6/2に発売されました『自称!平凡魔族の英雄ライフ』ですが、ご購入報告やレビュー、感想メールなど、ありがとうございます! とても嬉しいです!
今後も頑張って書いていきますので、書籍の方も連載も、応援よろしくお願いいたします!




