-side 対鬼神ソフィア部隊-大きく、硬く、強いモノ
リザたちは鬼神ソフィアの体を、クロノのダンジョン百層目に押し込むことに成功していた。
石の床と石の壁、それに加えてただっぴろい空間のみがある平らなそこは、戦場にはうってつけの場所だった。ただ、
「ソトニ……ワタシハ……ソトニ…………!!」
「鬼神ソフィアちゃんはお気に召さないみたいだね……」
巨大になった鬼神ソフィアは、リザたちの背後にあるドアから外に出ようと、何度も攻撃を仕掛けてきていた。
「ソトニイイイイイイイ!」
「ッ防御部隊、シールドを!」
「応!」
赤黒い異形の人型となった鬼神ソフィアに対し、特進クラスの学生と教授たちで構成された防御部隊は、魔法で作ったシールドをぶつけることで対抗した。
「ぐう……」
「重ってえ……!」
全員でシールドを支えることで、鬼神ソフィアの動きはどうにか抑え込めていた。
そして動きが鈍った瞬間、
「攻撃部隊、撃て!」
リザの号令と共に、攻撃部隊として選ばれた特進クラスの学生と教授陣が魔法を放つ。
すべては鬼神ソフィアの胸元奥にある核を砕くためだ。しかし、
「……また、ダメか!」
「あの翼が邪魔だ……!」
鬼神ソフィアが背中に生やしたその翼で身を囲むだけで、魔法は防御される。
翼には傷一つ付いていない。
その光景に、学生と教授たちが顔をしかめる。
先ほどから攻撃を加えてもずっとこの調子で防がれるのだから、無理もない。
その上、鬼神ソフィアは攻撃されるがままではない。
「ァ……アアア……!!」
鬼神ソフィアがうなる様に声を上げる。それに合わせる様に体が紅く輝き始める。
「――皆!伏せて! また、アレが来る!」
リザが叫ぶと同時、鬼神ソフィアの体が一層赤く、光った。
更には体表がどろりと水のように変化した、その瞬間、
「――――!!」
轟音と共に、鬼神ソフィアの体周辺が爆発した。
その衝撃は凄まじく、シールドを弾くように周辺を薙ぎ払った。
中庭をぶち壊し、学生たちの幾人かを城外に吹き飛ばした一撃だ。
「うわああああああ!?」
その圧力によって、今回も数人の学生が吹き飛ばされていく。
そして、ダンジョンの中であるがゆえに、その内壁にぶつかろうとする瞬間、
「――《エア・クッション》!」
リザの魔法によって生み出された大気の緩衝材が、学生たちとダンジョン壁の激突、そして降り注ぐ石つぶてを防いだ。
「ま、魔王様……あ、ありがとう、ございます!」
「気にしないで! それで、まだ体は大丈夫? まだ戦える?」
「は、はい、勿論です!」
「ええ、まだ、全然! クロノ助けにもなれてないんで……やれます!」
どうやら戦意はくじけていないらしい。
吹き飛ばされた学生たちは再び、シールドの構築と支えに戻っていく。
その戦意の高さをとても誇らしい、と思いつつも、
……向こうは傷一つないんだよね。
リザは苦々しい表情で爆発後、何ともないような表情で立っている鬼神ソフィアを見る。
「本当に強いなあ、ソフィアちゃんの鬼神。訳の分からない技も使ってくるし、あの爆発はなんなの一体……」
そうしてリザが額に浮かんだ汗と、中庭の一撃を食らった時にもらった額の傷からの流血を振り払いながら言葉を零していると、
「あれは鬼神と適合性が高い者だけが使える、『鬼神の一撃』と言うものだ。祖父も使い手だったが、体を構成している血液を爆発させ、硬く広範囲を薙ぎ払うが……あれを使われると本当に、近づけないのだよ」
そんな言葉を発する初老が、自分の横に並び立った。
「……ぐ、グレイブ王?! どうしてここにいるの? さっきまで鬼神が暴走した影響で、中庭で倒れていたはずじゃ……」
「おそらく、ワシの鬼神を誰かが倒してくれたのだろう。ついさっきから体の自由が利くようになったしな」
「誰かって……クロノだよね」
「まあ、そうだろうな。それ以外、こんな短時間で倒せるものなど、いる筈がないだろうし」
「だ、だよね。でも、予想以上に素早くグレイブ王の鬼神を倒せたんだし。それならソフィアちゃんの方も、このままいけば、どうにか出来るのかな」
と、淡い期待を込めつつ言ったのだが、ブラドは腕くみをして、首を横に振った。
「残念ながら、そこまで甘くはないだろうな。ワシの鬼神よりもソフィアの鬼神の方が何倍も強いのだから……」
そんな言葉を吐いた瞬間、ブラドの頭からドロリ、と血を流れてきた。
自分以上に大量の流血だ。
「ちょ、グレイブ王!? 大丈夫!?」
「近場にいる学生たちを庇ったのだが……威力に耐え切れなくてな。少し深めに傷ついたようだ。なあに、これくらいは……しばらくすれば治るさ。しかし……ここからどうする、フィラニコス
「どうするって、胸の核を砕けばいいんでしょ? ……あの羽が硬くて、全く攻撃が通らないんだけどさ」
先ほどからずっと、特進クラスの学生や、教授たちが魔法を鬼神ソフィアにぶち当てているのだが、全く効きもしない。
「後ろから行ったら爆発で吹っ飛ばされるしさ。強すぎない?」
「ワシの娘なのだから当然だ。それにソフィアは、吸血鬼の中でも一二を争う魔力の持ち主だ。それは君もよく知っているだろう?」
「そう……だね。ソフィアちゃんはとっても成績優秀だったから。クロノがいなければ、今年ナンバーワンになったくらいの逸材だものね」
それがこうして全力で暴れているのだから、弱いわけがない、と鬼神ソフィアを観察していると、
「ソトニ……デル……」
先ほどから良く聞く言葉をまた放っていた。
鬼神ソフィアは先程からずっと、このダンジョンから出るためのドアを見据えて動いている。
自分たちの攻撃はそのついでのようなものになっていた。
そのお陰で死人が出るほど追い詰められてはいない。まあ、どうであれ危険すぎるから外に出すわけには行かないのだけれども、
「ソフィアちゃんの鬼神、やけに外に執着しているけど、あれはどういうことなの?」
「鬼神は元の吸血鬼が持っていた意思と記憶に影響を受けて本能的に動く。……つまり、ソフィアは外の世界に憧れていたのだろうな。……ワシは少し過保護にしていたからな!」
と、ブラドが自嘲的に苦笑して答えた瞬間、
「ソトニ……ワタシは、ソトニデル……!!!」
鬼神ソフィアが再び赤く輝いた。そしてそのまま、ダンジョンの出入り口をめがけて突撃をしてきた。
「ま、不味い! 皆、シールドを!!」
「応!!」
学生と教授たち、そしてリザが混じった防御部隊が一斉にシールドを張った。
大気や土、そして魔力で構築されたシールドはソフィアの体を一瞬止めるが、
「今までで一番つええ……!?」
「もたねえ……!」
時間が経つにつれて威力が増しているらしい。
みしり、という音がして、同級生たちが作った魔法の壁がきしむ。
……このままでは破られる!
そう、リザが思った瞬間、
「そのまま数秒持たせろ! ワシが行く!!」
「グレイブ王!?」
ブラドがダッシュで鬼神ソフィアに突っ込んだ。
そして彼はまず、鬼神ソフィアの足を打撃する。
「グ……ウ?!」
重い打撃音が響き、鬼神ソフィアの体が揺らぎ、シールドへの圧力が弱まった。更に、
「このまま砕くぞ……!」
ブラドは走りの勢いのまま左拳を振るった。
無造作に振りかぶった、思い切りの良い打撃は、姿勢を崩したソフィアの上半身へ向かう。ただ、
「……!」
鬼神ソフィアは当然のように翼で体を覆ってガードを始めた。
ブラドの拳が向かうよりも速い速度で、だ。
必然、ブラドの拳は翼に最初に当たる事になり、そして、
「甘いぞ、我が娘よ!」
ベキっという音がブラドの拳から響いた。
腕がへし折れる音だ。だが、その代償に見合うだけの効果はあり、
「――翼が砕けた!?」
ブラドの拳によって、鬼神ソフィアが纏っていた翼の一部が割れた。更には、
「片腕も残っているぞ、わが娘よ!」
ブラドの攻撃はまだ続いていた。身を回転させるようにしてもう一撃。
今度こそソフィアの胸元目がけて右拳が突き進む。
「いけええ、ブラド王――!!」
学生たちの叫びに押されるように、ブラドの腕は振るわれた。
その一撃は、胸元に直撃し、そして、
「……な、に?」
打撃の反発力で腕だけが吹き飛んだ。
鬼神ソフィアの体には、傷一つ、ついていない。
つまり、それだけ鬼神の体が硬かったのだろう。そして、
「オ、オオオ……!!」
赤い輝きは今までで一番、強いものとなり、
「不味い! 皆、シールドを!」
「オオオオオオオオオオ!!」
鬼神ソフィアは再び爆発した。
ブラドはそのまま、ソフィアの爆発を至近距離で浴び、
「ぐあっっ……」
そして、こちらへ吹き飛んできた。
「ぐ、グレイブ王!」
高威力の爆発を間近で受けたブラドの手足は、それこそ滅茶苦茶な方向を向いていた。
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫……ではないな。ど、どうにか再生は出来るが……硬すぎるぞ、ワシの娘の胸板よ……」
「そういえば……ソフィアちゃんが傷ついている所って、あんまり見たことがないっけ……」
以前竜が吹き飛ばしてきた石つぶてを食らった時も、翼で軽くガードしていたし。
皮膚にも少し当たっていたはずだが、血の一滴すら流れなかった。
「あんなに柔らかいのに、頑丈過ぎるなあ、って思っていたけど。まさかこれほどとはね……」
「うむ、あの強靭な皮膚は鬼神の血液との適合率の高さによって生まれる、わが娘だけの特性だ。ワシよりも強く、それでいて硬いのだ、あの子は。ワシの拳でも貫けん。……十年前、ワシが一番硬かった時よりも更に強固だぞ、あれ」
「あはは、本当に今年は、才能があるのが、豊作過ぎじゃないかなって思うよ……」
とんでもなく硬く強いのが分かったからと言って、弱音ばかり吐いてはいられない。
何かしら手を打たなくては、このまま彼女を暴れさせ続けることになる。
それは魔王城と、城にいる学生を預かる魔王として、到底容認できないことだ。
「……どうしようか。いざとなれば……奥の手でとびきりの魔王の遺産を使って、彼女の時間を止められるから、魔王城は守れるけれど……」
「そんな遺産があったのか?」
「うん、四十代目の錬金術師が作った物凄く危ないのがあるんだ。……ただ、生き物に使う事を想定していないし、確実にソフィアちゃんの生命に影響が出ちゃうモノなんだ……」
だから、保険であり、どうしようもない時の最終手段にしておきたかった。
守るべき学生相手だ。そのような物騒なものを使いたくない。
そう思っていると、
「はは、気遣いをありがとう、フィラニコス。全く……我が娘ながら困った性能をしている」
手足を再生し始めたブラドが深い息を吐いた。
「これだけの力を持って生まれてくれて誇らしいが、同時に問題を起こされるとワシたちだけでは、どうしようも無い。全く魔族というものは、どうしてこう対処できないほどの力を、抱え込むのだろうかね」
ブラドは血まみれの顔で悔しそうな笑みを浮かべた。
「そうだね。グレイブ王。でも、一人で対処できないことを対処するために作られたのが魔王城だよ」
奔放な魔族が、奔放なだけでは滅ぶという危機感を抱いた。一種族では対処できないことに対応し、解決できる集団を作る必要があると思った。
そのために、共通で共同の学び場を構築した。それが魔王城のはしりだ。
歴史や文化を学び、種族を越えた派閥で何かを守るための集団を作る。
それがこの魔王城が出来た理由の一つである、とリザは知っている。
「ああ、そうだったなフィラニコス。こういった、一種族ではどうにもならない、種を滅ぼしかねない力に抗うために作られた対抗策を、魔王たちは作ろうと努力していたのだったな」
「そうだよ。『魔族』という種を守るために活動しているのが、『魔王』だもの……!」
魔王が残していった遺産の幾つかを、この城に保管しているのも、魔族という種を守る時に使うためだ。誰かが困っている時に、手を差し伸べて助けられるようにするためだ。
だから、今回だって最後まで力を尽くさないわけには行かない。
「うん、そうだよ。ここに一度受け入れた学生を、見捨てることなんて、出来るわけがないんだから……!」
力を振り絞りながら屹立し、鬼神ソフィアを見据えるリザ対し、ブラドは少しだけ悲しそうで、ただ、それでも安心するような笑みを浮かべた。
「そうだな、フィラニコスよ。魔王らしい、良い言葉と態度だ。……今の君になら、教えても良いだろう」
「教えるって、何を?」
「そのカウンターの種類についてだ。今、この魔王城には、城、遺産の他にもう一つ、対抗策がある」
「もう一つのカウンター? そんなものが、私は知らないんだけど……?」
「いや、知っているさ。君はよく知っている。実際のところ、彼が作られた理由はそんな機械的なモノだけじゃない。ただね、単体で対処できないものを対処できるようにと作られた。それだけは事実で、それが出来る存在が、今の魔王城にはあるんだ」
「私が知っているカウンターって、それは――」
と、リザが聞き返そうとしたのと、ほぼ同時だった。
――ゴゴン!
という音を立てて、自分たちの背後にあったダンジョンの扉が、開いたのは。
「え……!?」
自分たちが必死に守ってきた扉がいきなり開いたことで、リザは一瞬、鬼神ソフィアに守りが突破されたのかと思った。だが、違った。
扉は、外から開けられたのだ。
その証拠にリザが振り返ってみれば、開け放たれたドアの先には一人の男が立っていた。
彼は外の光と共にダンジョンの中に入ってくる。
その足音を聞いたからか、ブラドは笑って、リザに言葉を掛けた。
「……ああ、フィラニコス。来たぞ、彼が。あの『山の街』で造られた、史上最強の最高傑作(救世主)が」
そして、ブラドの言葉が終わると同時に足音は止まり、自分たちの横にきた。
「すまん。今戻ったよ、リザさん、おっさん、皆。ここから俺もソフィアを助けるのに協力するぞ……!!」
両腕に黒い鎖を纏い、そこから黒い光を零すクロノが、立っていたのだ。
すみません! 戦闘終わらなかったです!
そして本日、自称!平凡魔族の英雄ライフが発売になりました! 書籍の方もなにとぞ、よろしくお願いいたします!




