第34話 一戦決着のあとの延長戦
中庭上空から始まった空中でのせめぎ合いはほんの数秒で終わった。というのも、
「グオオ……!?」
「大人しくしてろよ、ブラドのおっさん!」
俺が鬼神ブラドの両羽に片手を伸ばし、そのまままとめて引きちぎったからだ。
そのまま空中での活動を続けられなくなった鬼神ブラドは俺を離して、魔王城と街に繋げる道に落下した。
そこには魔王城に入る為の門を守る門番たちがいて
「う、うわ、こっちに来たぞ――!」
「こ、これが、魔王様の言っていた吸血鬼の化け物と魔人の青年か……!」
リザから連絡が言っていたらしい門番たちはいっせいに武器を構えて警戒の姿勢を取った。そして、
「魔人の青年! 無事か!」
俺に心配そうな声を掛けてくれた。
「……ああ、問題ない」
「そうか、ならば一旦離れろ! 我々も協力してこの吸血鬼の化け物を取り押さえる」
手伝いを申し出てくれるとは良い人たちだ、と思いながらも、
「いや、離れられそうには、ないなあ」
「クロノォ……ショウネンンンン…………!」
俺は目の前で俺に敵意を丸出しにしている鬼神ブラドに集中する。
ツメを牙を丸出しにして、まるで獣ののような姿勢で俺をにらみつけている。
……鬼神になると、戦い方は本能的かつ野性的なものになるんだな。
田舎で見ていた暴走吸血鬼にそっくりだ。
もしも暴走吸血鬼と性質まで似通っているのだとしたら、このまま放っておけば周辺の門番たちに喧嘩を売り出すか、街の方に行って暴れ回るだろう。
だが今は幸いにも鬼神ブラドは俺に敵意をぶつけるだけで、まだ周りに被害を出してはいない。
故に今、このタイミングで倒すべきだろう。
「ブラドのおっさんは、鬼神を倒すには胸部、心臓付近にある核を破壊すればいいとは言っていたが、さて、どうするかね」
とりあえず翼を破壊した今は、空を飛ぶことは出来ないようだ。
街に近づくこともないから、そこは安心できるけれども、と思った瞬間だ。
「シネエエエ!」
鬼神ブラドが俺の方に再び向かってきた。
ドゴン、と岩で造られた道をへこませるほどの加速と共に、巨大なツメとキバでこちらを引き裂こうとしてくる。
その動きは衝撃波を纏い、突き進むだけで地面を破壊する。
「な、なんだあの力!!」
「危ない! 逃げろ青年!」
門番たちは鬼神ブラドの力に当てられつつも、俺に必死の叫びを飛ばして来る。
こちらを心配しているんだろう。本当に良い人たちだ、と思うのと同時、
「ああ、でも。――ブラドのおっさん、アンタ昔より遅くなってるよ」
「グオッ!?」
俺は、鬼神ブラドの顔面を真っ向から殴った。
それだけで、鬼神ブラドの巨体は、地面にビタンと這いつくばった。
「……え?」
その光景に、道脇で俺と鬼神ブラドを見ていた門番たちが、一斉に、呆気にとられたような表情を取った。
だが、それに気を割いている暇はない。
目の前で、鬼神が怯んで、動きを鈍らせているのだから。
「昔のあんたは、音よりも早かったはずなのに、歳を取ったなあ」
「ク……マダ、マダア、ウゴケル……!!」
殴られ、地面に這いつくばってもなお、鬼神ブラドははねたように動く。
そして俺に巨大な腕のツメを突き刺そうとしてくるが、
「ダメだぜおっさん。やっぱり、十年前のおっさんの動きの方が早かった……!」
かつて俺が見たブラドの動きよりも、幾分も鈍くなっている。
そんな者の攻撃など当たらない。
俺は振るわれた巨腕を真横に移動するだけで回避し、
「とりあえず、今は迷惑だからな。――眠ってろ、鬼神のおっさん」
すれ違いざまに、魔力のこもった拳を胸に叩きつけた。
その威力は確実に巨体の胸部全体に伝わり、
「――」
ドパっという勢いで、鬼神ブラドの上半身がはじけ飛んだ。
そして胸部を丸々破壊された鬼神ブラドはそのまま、赤黒い液体になって、地面に巻き散っていく。
「……おい、今の動き、お前、見えたか?」
「いや、無理だった。……なんで化物が突撃したと思ったら、消えてるんだ……?」
「そういえば魔王様は、とある魔人の青年が英雄のようだと言っていたが。まさか、彼がその英雄の魔人なのか……」
門番の面々がそんな言葉を零してくる。
ちょっと気恥ずかしいが、今、訂正している時間はない。
「ああ、まだソフィアの方が残っているからな。そっちも終わらせておかないと――」
と、クロノがそう言った瞬間だ。
ドゴン、という轟音が、魔王城の方から響いた。そして、
「――ま、また何かがこっちにくるぞ!」
魔王城の方から山なりの軌道を描いて、巨大な城壁の欠片が振ってきた。
どことなく故郷であった岩の雨を思い出す光景だなあ、と思いながら、俺は城壁の巨大な欠片が道に落っこちるのを見ていた。
ただ、その城壁の欠片には、何かが張り付いていて、
「あれ……ユキノさん?」
「うん、クロノ。お疲れ。こっちまで、飛ばされて、来ちゃった……」
地面に転がった城壁の欠片には、半ば壁に減り込んだユキノがボロボロの状態でついていた。
「飛ばされてきたって、これ、ソフィアの鬼神がやったんですか?」
聞くと、砂埃にまみれた顔で頷いた。
「そう。本当にソフィアの鬼神、強くてね。一撃で中庭を壊されちゃって……今、クロノのダンジョンに押し込んだけど……出ようとして、暴れていて、止めようとしたらこのザマ……」
「中庭を一撃でぶっ壊したって、マジですか……」
鬼神ブラドの一撃で破壊できるのは、おおよそ家屋一つが精いっぱいという所だった。実際に手合わせしてそのくらいだと分かっている。ということは、
……鬼神ソフィアの方が強かったって、事か。
舐めていたわけではない。彼女の潜在能力が凄まじいのは知っていた。
それでもまさか、あれだけ防護を固めた中庭を破壊したばかりか、その一撃でユキノをここまでボロボロにする辺り凄まじい力を感じた。
「俺がブラドのおっさんの鬼神を街に行かせないようにしている間に、そんなことになっているとは。驚きますね……」
「うん、ワタシも驚いた――って、あれ……?」
話の途中でユキノはキョロキョロと周りを見始めた。そして、
「そういえば、落ち着いて話しているけれど。クロノ、もう一体の鬼神は、どこ?」
「え? さっき倒しましたよ」
「はい……?」
俺の言葉に一瞬、ユキノはフリーズした。
「ブラド王の鬼神を、倒したの? あれ、ソフィアのより大きかった、よね?」
「いや、大きさは力量に関係ありませんよ。実際……ソフィアの鬼神は中庭をぶっ飛ばすほどのパワーを持っていたのならば、ブラドのおっさんよりも強いって事ですからね」
「そ、そうなの?」
「ええ、そうです。……ともあれ、ユキノさんはここで休憩していてください」
そう言いながら俺はユキノの体を抱えて、歩道に設けられたベンチに降ろしておく。
「あと、あそこに俺が倒した鬼神の跡があるんで、念のため見張っておいてください。何か動きがあったら教えてくれると助かります」
「わ、分かったけど、クロノ。まさか、このまま休まずにソフィアの鬼神と戦いにいくの!?」
「特に疲れてませんからね。とはいえ、強いのは知っていますから……気を抜かずに、倒しに行きますよ」
そうして俺は魔王城へと走り出す。
ソフィアを助けるための、闘いの場所へ戻るために。
ある意味前哨戦終了。ここから本戦クライマックスです。それでも、次かその次で決着はつくと思いますが。
そして明日、6/2に、『自称!平凡魔族の英雄ライフ』が講談社Kラノベブックスから発売されます!
レーベルの創刊タイミングということで、割とプレッシャーを感じると言いますか、腹の奥が重くなると言いますか。コケたら迷惑かけるなあ……という感じでやっぱり胃腸がキュッとなる感じで。
作者としては、よろしくお願いします、としか言えないのですが、この一週間が続刊や勝負になりますので、同時発売されるFUNAさんの『ポーション頼み』ともども、本当にどうぞよろしくお願いいたします。
可能でしたら4日までにお手に取って頂けますと、初速や色々なランキングに集計されて続刊やら、そのほか様々な動きを取ることが出来ますので、作者としてはとても嬉かったりします!
ちなみに特典の方は以下のようになっておりまして。
書き下ろしSS
とらのあなさま 『動く大浴場』
ゲーマーズさま 『クロノ、学園までの一人旅』
メロンブックスさま 『お料理上手なセンパイ』
アニメイトさま 『英雄とお姫様』
カラーイラスト付きポストカード
ワンダーグーさま
という感じになっております。
WEB版も佳境になってきましたが、書籍版も含めて、今後とも『自称!平凡魔族の英雄ライフ』よろしくお願いいたします!




