第28話 真っ向勝負 即決着
翌朝。俺は自分のダンジョンで目を覚ましていた。
新しいベッドを入れたばかりという事もあり、寝つきは不安だったけれども、
……想像以上に寝心地が良かった……。
魔王の遺産であるマットレスの場合は強制的に癒される感覚があったが、このベッドで得られたのは普通に眠れた、という感覚だ。
一夜過ぎて思うが、とても気持ちのいい眠りにつけた。
「体力もしっかり回復出来たし。勝負の日にはぴったりだな」
夜になるまでソフィアたちと作戦会議をしていたのだが、結局、ブラドには朝一番で一気に話してしまうのが最適解という事になった。
……あのおっさん相手なら、真っすぐぶつかった方が楽だからな。
作戦だとか何とか立てたけれども、最終的にそうなった。
決めてしまえばあとは覚悟もしておくだけでいい。そしてそれはもう済んでいる。あと、気にするべきは、
「ソフィアとユキノさんもしっかり休めたか?」
俺の隣にいる二人の体調だ。
巨大なベッドのど真ん中で寝ていた横には、ソフィアとユキノが肌着姿で座っている。
「うん、ワタシはぐっすり」
しっかりと目が覚めたような声を飛ばして来るユキノは、いつものように鎖でぐるぐるに巻かれた状態だ。反対側にいるソフィアも同じである。
……この状態をブラドに見せたらとんでもない事になるなあ。
と改めて思うけれども、見せなければいいだけの話だ。
そして、体調の方がしっかり回復できているのであれば問題ないな、と思っていると、
「ふわあ……」
ソフィアが口元を開けてあくびをしていた。
若干目元も寝ぼけている感じがする。
「あれ、ソフィアは休めなかったのか?」
「あ、いえ、私も熟睡できましたが~、少しだけ昨日、疲れすぎていたみたいで。寝不足ではないですよ」
ああ、無理もない。
昨日はブラドのお陰で色々と引っ掻き回されたしな。
多少の疲れは残っていても仕方ないだろう、と思っていたら、
「あれ? お腹のそれ、なあに?」
ユキノがソフィアの腹部を指さした。
見ればソフィアのへそ下辺りに、赤い模様みたいなものがある。
「打撲のあと……じゃないよな」
明らかに規則的な模様で、発色もとても綺麗なものだ。
何らかの傷には見えない。
そうしてじっと見ていると、ソフィアはほんのりと顔を赤くして身をよじらせた。
「そ、そんな風にじっくり見られると恥ずかしいですね」
「うん? ああ、すまん。つい、気になってな。実際、傷ではないんだろ?」
「ええと、はい。そうですね。これは鬼神の紋と言って、お父様が言うには私たち吸血鬼の力の根源みたいな物が顕れた部分……らしいです」
「っていうと、吸血鬼という種族の特有基幹みたいなやつかな? でも、ワタシの知り合いの吸血鬼はそんな紋章、持っていなかったと思うけれど……」
ユキノの言葉に、ソフィアはあー、っと数秒考えてから、
「これは私とお父様のような吸血鬼の王族だけが持っているものと聞いていまして。もっと言えば私のコレも、稀にしか浮かび上がってこないので、普通は見えないんです」
「稀にって?」
「個人によって変わるのですが、私の場合はとても興奮している時か、疲れている時、または体力が落ちている時などですね」
「なるほどな。ということは、今のソフィアは割と疲れているっていうことなのか」
と、俺が言うと、ソフィアは頬を掻いた。
「ま、まあ、多少疲れているだけでも出ちゃいますから。……ここに出来ているという事は……ああ、やっぱり。腰にも同じようなものが出てますね」
そう言ってソフィアは腰骨の辺りを見せて来る。
下着を纏っている上の部分辺りに、綺麗な赤色の紋章が確かにあった。
「へー、ソフィアにもこういう特徴があるんだなあ」
と、俺が改めて観察しながら頷いていると、
「あ……あの、ちょっと、そこまでジロジロ見られると恥ずかしいです」
「今回のはソフィアが見せてきたのに、それはちょっと酷くね!?」
へそ下と腰に文様が浮かび上がってくるとそこはかとなくエロく見えてしまうから、じっくり見たのも確かだけどさ。
「まあ、うん。朝っぱらから刺激的な物が見えて目も覚めたし。これでソフィアに、疲労が残っているってのは分かった訳だが……ブラドのところに行けそうか?」
もしも体調が芳しくないなら、日取りをずらして行ってもいい。
昨日の時点で、ブラドとは応接間で待ち合わせをする約束をしている。それから、話をするなり、授業参観をするなりをしていく予定だ。そして今日も泊まっていくらしい。
だから今日話せなくても、まだ機会はある。
そう考えてのセリフだったが、ソフィアは首を横に振った。
「いいえ、大丈夫ですクロノさん! 今日、全部出し尽せますから、やりましょう……!」
力強い眼と共に言ってきた。
彼女がやるというのであれば、俺が決行を止める意味はない。
「よし、じゃあ、行くか。二人とも。とりあえず応接間に行って、ブラドのおっさんが待っているはずだから、そのまま話すってことでな」
「はい! 行きましょう、クロノさん」
「うん、ワタシも協力する」
そうして、俺たちはきっちりとした服を着こんで、揃ってダンジョンの外に出た。
今日でケリをつけよう、と強い意志を持って。
●
応接間に行くとそこには、
「よーっ、おはよう、諸君!」
ティーカップを片手にした状態で、椅子に座っているブラドがいた。
「あれ……ブラドのおっさんだけか?」
「うむ! フィラニコスは所用ということでこの奥にある超特進クラスの部屋に行っておるよ」
「そこまで知っているんだな」
「まあな。ワシはこの城の完成時から生きておるし。……まあ、ここまで街が発展しているのは、ビックリしたがな」
ははは、と笑いながら、ブラドはティーカップを置き、
「そして、今日は昼過ぎから超特進クラスの講義があるというじゃないか。つまり朝は自由時間だ! だから楽しもうと思って待っていたわけだよ!! さあ、今日は何をしようか」
本気で楽しそうな表情で声を掛けてきた。そんなものだから、
「……!」
隣に立つソフィアがぎゅっと俺の服の裾を握ってきた。反対側のユキノもだ。
気持ちは分かる。
……うん、正直、話づれえ!
朝っぱらから言うべきことでは無い気もするが、ここで引いては昨晩あれだけ考えた意味がない。
そう、一度決めたことは、完遂すべきだ。
だから俺は意を決して口を開く。
「おっさん、楽しむ前に話したいことがあるんだが、いいか?」
「ん? 話したい事?」
「ああ、ちょっと言い辛い事なんだが落ち着いて聞いてくれよ」
「うむ……まあ、そう言うのであれば、落ち着くが、なんだ?」
ブラドの冷静な声を聞いた後で、俺は深呼吸を一つして、まず隣のソフィアに声を掛けた。
「ソフィア。俺の近くに来てくれ」
その瞬間、俺とソフィアの体の間に支配の鎖が発生した。
『~してくれ』、系の言葉は命令なのだから当然だ。
そうして発生した鎖を俺はブラドに見せて、頭を下げた。
「実は、ちょっとした事故が発生してな。とても申し訳ないが、俺はブラドのおっさんの娘であるソフィアを隷属化させちまっていたんだ」
「そうなんです。でも、本当に事故で、クロノさんは悪くないんですよ、お父様」
決意して放った俺の言葉とソフィアのフォローに対してどういう反応を取るのか。
少々緊張しながら頭を上げて俺はブラドを見た。
するとブラドは真顔で頷いていて、腕組みをしてからこう言ってきた。
「んー、もしかして話したいというのは、ソフィアを隷属化をしている件か? ――それ、ワシ昨日から知っとるけど。それが今更、どうかしたのか?」
「…………は?」
「…………え?」
あれだけ時間を作って、意を決して作戦を立ててまで話そうとしていた事柄は、知られているようで。
意外と、あっさり問題は解決したようだった。




