side リザ 吸血鬼王との昔話
魔王城の上層階は、客人を泊めるためのスペースになっている。
そしてリザはブラドと共に魔王城の客室に繋がる通りを歩いていた。
「いやあ、何はともあれ、今日は来てくれてありがとうね、グレイブ王」
「なんの、ワシこそ礼を言わせてもらいたいぐらいだ。あんなに生き生きとした表情のソフィアを見れて、その上、楽しそうにしている『山の街の』旧知の少年と出会えたのだから。本当に感謝している」
「あはは、あの二人が生き生きとしているのは私が何かしたから、って訳ではないんだけれどもね。この魔王城と、都会が楽しいだけでさ」
「うむ、それでも、だよ、フィラニコス。この発展した街にいられるという仕組みを続けていることは、称賛に値するさ。ワシが治めている国ではソフィアのあんな表情は中々見られなかったし、『山の街』のクロノ少年だって、それは同じだからな」
そんなブラドの言葉に、リザは疑問を覚えていた。
「ねえ、グレイブ王。貴方は、クロノと知り合いなんだよね?」
「うむ、そうだぞ」
「それで、クロノの出身地である『山の街』っていうところも知っているんだよね。……記憶の封鎖はされていないの?」
リザの疑問はクロノに関することについて、だ。
クロノの街を知っていながら、外に出た人には、記憶に制限が掛かるという。
それはリザも理解していることだ。
だが、目の前のブラドはそんな記憶の制限が掛かっていないように見える。
だから聞いた。すると、ブラドは微笑を保ったまま、あごに手を当てた。
「ふうむ、フィラニコス。君は、どこまで知っているのかな?」
「うーん、クロノの街が北方の山奥にあるという事と、そこから出てきた人は記憶を封じるための魔法を掛けられるってことくらいかな」
「ふうむ、そこまで知っているのであれば、ワシも少し応えるとするが、……記憶の封印には種類があってな。記憶そのものを封印する魔法と、記憶したものを周囲のモノに伝えられないように阻害する魔法など、それはもう多岐にわたるのだ」
「記憶をどうこうする魔法をそんなに使いこなせる人がいるっていうの……!?」
魔法には沢山の種類や系統があることはリザも知っている。そしてその中でも記憶を操るなど、人の頭をいじくる魔法は超高等な技術だ。
自分もそれなりに魔法は使える方だと思っているが、そんな幾つもの記憶操作術は使えない。
だのに、クロノの故郷にはそれを行える人がいるという。
「どうなっているの……。クロノの故郷は……」
「そこからは、ワシには応えられんな。あの町には義理と恩があり、もしもワシが軽はずみに情報を漏らせばそれを裏切ることになる。それは出来ん」
ブラドは真面目な表情で言葉を返してきた。
その目つきからは嘘偽りは感じられない。
本気でこれ以上は無理だと、言っているようだった。
「そう、か。――だったら、クロノの街には、とんでもない人がいるって程度に、認識しておけばいいのかな」
「うむ、そのくらいの認識でいいと思うぞ。別に気にしたところで、意味が無いのだからな」
「私としてはもうちょっと細かい所を知りたいんだけどね……」
「ははは、そう言う部分はクロノ少年に聞くのだな。ワシよりもよく知っているだろうし、彼には記憶の封鎖は掛かっていないと断言できるからな!」
確かにそうだ。
クロノについて知りたい、という欲求からスタートしたのだから、彼自身に尋ねるのがもっとも分かりやすいし、正道だろう。
「そうだねえ。あとで時間が出来たら色々と聞いてみようかなあ。クロノの実力があそこまで練り上げられた理由も、何となくわかってきたけどさ。……まあ、自分の強さに自覚が無いのは、やっぱり驚くべきことだけれども」
「はは、まあ、それは仕方がない。彼はあの町の住人が持てる全ての熱意と技術を詰め込むために、そういう風に作られて、育てられたんだからな」
作られた、という単語に、リザは眉をひそめて反応した。
「作られたって? クロノはホムンクルス(人造人間)とかじゃ、ないよね? 魔人だし」
「ああ、彼は正真証明、ただの魔人だ。しかし……育成された環境が少し特殊でね。異常を常識として認識してしまったから、常識を他人とすり合わせることが難しいんだよ」
「……まあ、竜が飛び交う地で育ったってだけで、異常だっていうのは分かるけどさ。そんなに特殊な場所だったんだねえ」
「ああ、だから、色々と常識を学ぶのを待ってあげるといい。判断そのものは常識的だし、何より彼は勤勉で、人と打ち解け合おうともしている。いずれ自己認識も出来るようになっていくさ」
なるほど。異常が普通である、と認識するような場所で育ったことが無い自分としては、クロノを理解するのは難しい。
だが、待つことは出来るし、協力することも可能である。
「そう……だね。この魔王城に来たのは、色々な事を学ぶ為、だもの。魔王として、学園長として、それはしっかりサポートしていこうと思うよ」
「うむ! 良い心意気だ! クロノ少年もフィラニコスがいてよかったと思う事だろう」
「あはは、そう思ってくれるといいんだけどねえ」
今の自分は、むしろクロノに助けられてばかりなことが多い。彼の善意に甘えていると言っても良い。
学園長しては現状はあまり宜しくないだろう。だからどこかで、返礼しておきたいところだ。
そんな事を思った後で、不意に、リザの頭にもう一つの疑問が生まれた。それは、
「そう言えばグレイブ王は凄く『山の街』に詳しいけれどさ、なんで行っていたの? かなり異常な場所だったんでしょ?」
彼がそもそも山の街に訪れた理由が不明だった。
山の街そのものではなく、彼が赴いたワケなら答えてくれるかもしれない。そう思って聞いたら、
「……」
ブラドは数秒、沈黙した。そして、静かに口を開いた。
「……ちょっとした野暮用でな。あそこでしか入手出来ないものがあったんだ」
「グレイブ王はお抱えの商人を何人も抱えていたはずだけど、その貴方が取れないものなんてあったんだ」
「そう、あったんだよ。ソフィアのために、どうしても必要だったものがね。ワシだけでは、得られなかったんだ」
「ソフィアちゃんのため?」
「うむ。あの子の為ならワシは何度だって、あの街に行くんだよ」
ブラドは言葉を零すようにしながら、虚空を見上げた。
その目は少しだけ、悲しそうなものだった。
だが、すぐに、その瞳から悲しそうな感情は消えて、楽しそうなものに移る。
「まあ、そんな話は置いておいてだ! 今日は客室を案内してもらった後風呂に入りたいんだが、大浴場を使ってもいいのかな!?」
「あ、うん。それは平気だよ」
「よし! ではクロノ少年を誘って行くかな! ははは、いやあ、楽しみだ!」
「まあ……そうだね。楽しんでいってよ、グレイブ王。明日は講義も参観出来ると思うしさ」
「うむ! ありがとうフィラニコス」
そんな寂しさを微塵も感じさせないような声を出すブラドと共に、リザは魔王城の廊下を歩いていくのだった。
第二章も、もうすぐ佳境です。ここから、更に色々と動き出していきます。




