第25話 喧嘩ダブル両成敗
ズズン、という音を立てて、俺たちの目の前に落下したのは、体長五メートルはある巨体を持った巨人族の男だ。
頬にぶん殴られたような跡をつけた彼は、仰向けで大通りに倒れていた。
しかし数秒もすると、目をぱっちりと開けて、
「いってえなあ、あのヤロウゥ……」
酒臭い息と怒りの声を発しながら、むくりと上半身を起こした。
「クソが……調子に乗りやがってェ……」
巨人の目は酒に酔った為か、それとも怒りの為かとても据わっていた。
頭から血を出しているが、どうやら血の気はまだまだ有り余っているようだ。そして、
「ははは、この程度の一発で、もうオシマイかよ、巨人さんよォ」
彼の視線の先からは、巨大な体を持ったトラ型の獣人の男性が歩いてきた、
先程巨人を殴ったのであろう腕をぐるぐると回して煽っている。
彼も彼で酒に酔った目だ。
瞼を晴らして、口元を腫らしているが、まだまだ威勢は衰えていないようだ。
そうなれば喧嘩は収まるわけもなく再開されるのは必然なのだが、
「っと、畜生……!」
立とうとした巨人がよろめく。
ずしん、という音と共に手を地面につけた。
どうやら吹き飛ばされた一撃が余程強烈だったようだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
そんな巨人の間近にいたソフィアは、心配そうな表情で声を掛けていた。
親切な彼女のことだ。思わず声が出たのだろう。
だが、どうやらその声が癇に障ったらしい。
「ああ、なんだ、テメエェ……」
巨人の目が怒りを持ったまま、ソフィアの方に向いた。
「俺を、ジロジロと、見て、うっせえこと言ってんじゃねえぞ……!!」
そして、近くにいたソフィアを、手で払おうとした。
酒に酔ってるが故に、手加減は無く、それはもう殴るような勢いだ。だが、
「おい、喧嘩するのは構わねえが、理不尽な八つ当たりは止めろ」
ソフィアに当たるよりも早く、俺が巨人の手を掴んだ。
「く、クロノさん……?」
「ああ、ソフィアは下がってろ。これは性質が悪い類の酔っ払いだ」
「い、いえ、あれくらいなら、だ、大丈夫でしたよ、クロノさん。ちゃんと、見えてましたし、よけられましたよ」
「そうか? でもまあ、見えているからとか、かわせるから、とかそういう問題じゃないだろう
と、ソフィアに言っていると、俺に腕を掴まれた巨人が怒りの視線を俺にぶつけてきた。
「んだよ、このガキカップルが……。食っちゃべりやがって、離せっての……!」
そして俺の手を振り払おうとしたが、
「ああ、こうして誰彼構わず、八つ当たりの攻撃をかましてきた奴を放置できるわけがないだろ」
俺はそう言って、腕に力を込めて、巨人の腕を掴み思いっきり捻り下げた。
そしてそのまま、巨人に尻餅をつかせた。
故郷の街で酔っ払いを抑えるときに行っていた動作だが、
「な……んだ……。うご、かねえ……?! 体も、起きあがれねえ……?!」
どうやらそれはこの城下町でも効果があった。
というか故郷の酔っ払いよりも力が弱いので、これだけで抑え込める。
巨人は体をぐいぐいと動かそうとするが、全く動きはしなかった。むしろ、
「い、いでええええええ!?」
動けば動くほど、俺はホールドを強めて、締め上げていく。
その痛みで、巨人の動きは鈍っていく。
数秒もすれば大人しくなるだろう、と思っていたら、
「ははは、ガキと遊んでんじゃねえよ、巨人族さんよォ! こっちから行くぞ、オラア」
もう一人の酔っ払いが向かってきた。
大きくなった体でも非常に素早く、一直線の動きで向かってくる。
その加速を活かしたまま、拳で殴りつけてくるような動作だった。だが、
「だからさ。アンタらが喧嘩するのは構わねえが、巻き込むのは止めろっていうんだよ」
「……あ?」
それよりも、更に早く俺が獣人の腕を叩き落とした。
そして、近づいてきた頭を掴んで、地面にたたきつけた。
「ぐ、あ……!?」
ミシリ、という音と共に、地面に頭が沈み込む。
「全く。昼間っから酔っぱらうのは良いけどよ。周りに被害出しちゃダメだろ」
地元の酔っ払いもそうだったが、性質の悪い酔っ払いというものは直ぐに喧嘩をしたがるのか
本当にやめてほしいところだ、と思っていると、
「く、クロノさんって、喧嘩の仲裁、慣れているんですね」
ソフィアが恐る恐る声を掛けてきた。
「まあ、地元でもバカな爺さんたちを止めるのは俺の役目だったからな。放置しておくとすぐに山を消し飛ばそうとするから、こうして早めに抑え込むのは慣れているんだよ」
「あの……私の慣れているという言葉はそういう意味じゃなかったんですが……」
「? ちょっとよくわからんが、これで、ひとまずは殴り合いは落ち着いただろうよ」
とりあえず、殴り合いになることは抑えた。
けれども、腕を捻りあげた巨人も、頭を押さえつけられている巨人も元気で、ジタバタはしていた。
「やっっかましいんだよ、ガキどもが。男のタイマンに口出ししてきてんじゃ、ねえでででで……!」
「俺と巨人の喧嘩を邪魔してんじゃねえよ、クソ雌吸血鬼が……あああああだだだ……!?」
喧嘩するほど仲が良いというか、似た者同士のようで、こちらに暴言を吐いてくるので締め上げた。
その痛みで再び黙る。
「なんだよ、この力……。巨人の王並みじゃねえか……あり得ねえぞ。アンタ、なんなんだ……」
そして驚嘆のセリフをこちらに向けて吐いてくる。
どうやら怒りが紛れてきたらしい。
「ただの学生だよ。とりあえずそのまま大人しくしてろ」
それで、もう少しすれば痛みで酔いも冷めるだろう。
そうしたら迷惑かけた人たちに謝って貰おうかね、と思っていたのだが、
「おい……デカブツ二人。貴様ら、ワシの娘に何をしている」
いつのまにか俺の前にブラドが立っていた。
「八つ当たりの攻撃を、敵意を、向けたな?」
無表情で、しかり額に青筋だけ作った彼は、二人を睨みつけていた。
「あ、ああん!?」
「な、なんだ、ジジイ。俺たちがこのスゲエ力に抑え込まれているからって、テメエに何か言われる筋合いは……は?」
そして、無表情ながらあふれ出る怒気と殺気に、喧嘩していた二人の表情が凍った。
「ワシの大切で、優しい娘を、傷つけたな……!!」
「な、なんなんだよ、お前らは――!!」
表情を凍らせながらも、二人がそんな声を漏らした、その瞬間、。
「……許さん」
俺が地面に押さえつけていた巨人と獣人の顎先を、ぶん殴った。
「あ」
その衝撃で俺のホールドが外れる。
地面に伏せられた状態で上方向に向けてぶん殴られたものだから、二人はエビぞり姿勢で打ちあがり、大通りの向こうまで飛んでいく。
だが、ブラドは止まらない。
「ワシの娘の優しさを馬鹿にした事! 絶対に許さんぞおおおおおッ!」
「ぐほっ!?」
「こ、コイツ、空中で速過ぎ……るぐあ!?」
翼を生やして吹き飛ばした先まで突っ込んでいき、タコ殴りにし始めた。
「あーあーあー、こりゃ面倒な暴走してるぞ……」
一発一発が衝撃波の出るレベルで、かなりの威力だ。
一度打ちあがった二人は地面に落ちる事すらない。
巨大な巨人族と大型獣人が、空気の入った風船のように軽々と跳ねあがっているのだ。
「ちょ、お、お父様! またそんなに怒って……私は大丈夫ですから、その辺で、その辺で――!」
そして、暴走しているブラドを見て、ソフィアは声を張り上げている。
彼女的に見てもやりすぎなようだ。
「あー、じゃあ、ソフィア。あれ、やりすぎだから、ちょっと、俺が止めて来るわ」
「あ、は、はい! すみません! よろしくお願いします!」
そうして、俺がブラドの元まで行って、暴走を止めて落ち着かせるのに数分ほどかかるのだった。




