side ソフィア 微妙に豊かな交友関係
「これは一体……」
二人が力強い握手をするのを見て、ソフィアは言葉を失っていた。
そして沈黙する彼女の横から声が飛んできた。
「おーい、ソフィアちゃん」
「え、リザさん、どうしてここに?」
「まあ、ちょっと吸血鬼の王様――ブラド・グレイブ王が街に出るって話を聞いて駆けつけてね。それで、これはいったいどういう流れ?」
「えっと、わ、私にもよくわからないというか……お父様とクロノさんが、ものすごい勢いで走り寄っていったと思ったらこうなっていて。どうやらお知り合い……みたいです」
「あー……うん。これは本当に、凄く予想外だったね……」
そして仲良く握手をする二人を見て、ソフィアやダンテ、そればかりかリザですらも、驚きの表情を浮かべている。そんな中で、クロノと吸血鬼の王は会話をしていた。
「そうか、もう二十歳になるころ合いだったか。いや、懐かしいな。六年前だったか十年前だったか、あの町で毎日手合わせしていた日々を思い出すよ」
「十一年前と五年前だよ。吸血鬼のブラドのおっさんがウチの街に逗留していたのは」
「おお、記憶力がいいな、クロノ少年! それにワシの名前まで憶えていたか!」
「そりゃ、外から来て世話になったヒトだからな。憶えているさ。手合わせではお互い派手に鼻血とか出し合ってたしな。ショッキングな映像が頭にこびりついているよ」
そう言った後で二人は握手していた手を放し、今度は拳を作って合わせた。
瞬間、凄まじい音がして、周辺にぶわっと風が舞うほどの衝撃が放たれた。
リザやソフィアの髪が風で持ち上がるほどの衝撃だ。
「ちょ、ちょっと、ソフィアちゃん!? 拳合わせで衝撃波が出るくらい、ものすごい勢いでやってるんだけど、喧嘩じゃないよね!? あの二人は本当に仲がいいの!?」
「そ、そこまでは、分からないです~~!」
わからないが、笑顔でガンガンやっているのを見るに、悪いわけではなさそうだ。
あんな楽しそうな顔をしている父親は、ソフィアの記憶の中でも、珍しい部類に入るし。
だから、聞いてみよう、とそう思い、
「あ、あの、ブラドお父様??」
大きな声で呼びかけてみた。
すると、ブラドの顔がグルリとこちらを向いた。
「おお、ソフィア! いつ見てもわが娘ながら可愛らしいな!」
「そ、それはどうも。え、ええと、お父様は、同級生のクロノさんとお知り合いなのですか」
「む、そうだが……クロノ少年! そうか、君はソフィアと友人になっていたりするのかな?!」
「ん? ああ、初めての友達になってくれてな。今回も買い物に付き合ってくれる位、すげえいい人で、有り難いなあって思ってるよ」
クロノからの評価を聞いて、ソフィアは顔が少し熱くなったような気がした。
……自分はそんな風に思われていたんですね……。
恥ずかしいやら嬉しいやら、色々な感情が沸き上がって胸をドキドキさせている内に、ブラドとクロノの話は進んでいて、
「そうだろうそうだろう! わが娘は外見ばかりでなく内面も美人で素晴らしいのだ! しかしそうか、なるほどなあ。友人同士の買い物だったか。大声を出してしまって申し訳なかったな……!」
「ああ、まあ、驚いたことは驚いたけど、気にしないでくれ。……むしろ、俺としてはブラドのおっさんがソフィアの父親で吸血鬼の王様って事のほうがびっくりしているからな。生まれたばかりの娘がいるとは言っていたけど、まさかソフィアだったとは」
「そ、その割には冷静ですね、クロノさん……。というか、そんなに昔からのお知り合いだったんですね。一体、どういうご関係なんですか?」
一番気になっていた父親とクロノの関係について尋ねてみた。すると、彼はんーと少し悩んだ後で、
「ご関係って、言うほどのものか分からないけれど。昔、ブラドのおっさんが俺の地元にちょくちょく来ている時期があってな。俺と一緒に特訓してたヒトなんだよ」
「うむ! 『山の街』でクロノ少年とは、毎日手合わせしていた過去は、今でも記憶に新しいな!」
と、勢いよく放たれた声に対して
「なるほど。クロノが故郷にいた時代からの知り合いなんだね」
言葉を返しながらリザがやってきた。
彼女の姿を認めたブラドは目を大きく見開いた。
「おお、今代の魔王じゃないか。就任あいさつ以来だが、元気していたかなフィラニコス?」
フィラニコス、と苗字で呼ばれたリザは、苦笑の表情をブラドに向けた。
「最近は少し元気じゃなくなりそうになっているけれどね。特に貴方、ブラド・グレイブ王が急ぎで来るものだから、色々と大変だよ」
「ははは、すまない! どうしても娘に早く会いたくてね。そうして早く来てみたら――こうして旧友のクロノ少年に出会えた! うん、やはり早い行動は正義だな!」
言いながらブラドは再びクロノに拳を突き出す。
対してクロノは仕方なさそうに再び拳を合わせた。
「全く、毎度のごとくブラドのおっさんはテンション高いな。……しかし、リザさんもブラドのおっさんの事、知ってるんですね」
「まあ、長く生きているからね。知り合いも増えるんだよ」
「そうそう、ワシたちは長寿だからな。うむ、そうだ。クロノ少年やソフィアに、その辺りの昔話をしようか!」
と、ブラドが言い始めたところで、リザが彼の前に掌を出して、会話を差し止めた。
「ま、まあまあ、積もる話は魔王城でしよう、ブラド・グレイブ王。さすがに城下町の往来で長話というのもなんでしょ?」
「うむ……? そうか、そうだな。もともとワシはそちらに赴く手はずだったのだから、まず魔王城に行くのが筋か。うむ、すまない、フィラニコス」
そう言って、ブラドは申し訳なさそうな静かに頭を下げた。
「いやいや、気にしないで、頭を上げてよ、ブラド・グレイブ王。ただ、順序がずれただけだしさ」
「うむ、そうか。では、そうさせてもらおう。――では、クロノ少年、ソフィア、魔王城に行こうじゃないか!」
そうして頭を上げたブラドの表情はとてもすっきりしたものになって、自分たちに声をかけてきた。
……お父様は相変わらず熱しやすいですけど、こういう所だとすぐに冷静になるんですよね……。
この雰囲気が、クロノに似ていると思った部分だったりする。
実家から出てきて何週間かは経過したけれど、
……懐かしいと思わないのはクロノさんがいたからかな。
「さあクロノ少年こっちだ」
「その拳の挨拶は痛いから一~二回に押さえろって前から言ってるのに、ブラドのおっさんは相変わらずテンションたけえなあ……」
などとソフィアが、ブラドに再び拳合わせを求められているクロノを見ていると、
「ソフィア……」
背後から自分の腰がトントンとたたかれた。
振り向くとそこには、ユキノが立っていた。
「あ、ユキノさん」
「戻って来てみたら凄い事になってるね。……事情は遠くからでも聞こえていたけど」
「あはは……なんというか、父がすみません」
そしてユキノと話していると、リザもこちらにやってきた。
「いやあ、なんというか第一関門は突破したというか、……これからどうなるか予想がつかないね」
「うん、他所から見ていても、ちょっとわけがわからなかったし。……あの二人が、これだけが仲が良いとなると、むしろワタシたちがいて余計な情報を漏らす事の方が危険性が高そうだと思った」
ユキノのセリフに、リザは頷いた。
「そこはサラマードと同意するよ。……これ、ソフィアちゃんとクロノで、グレイブ王のことを魔王城に連れて行ってもらった方が良いかも。そこで適当に探っておいて、話す場所を魔王城に作るから、正直に言うか、隠し通すか選ぶって感じでさ」
「そう……ですね。これはむしろ、チャンスかもしれませんし。クロノさんとお父様の仲が良ければ良いほど、いろいろな事故が起こったという事実を信じてもらえますし」
「なら、ワタシとリザたちで、先にお城に帰ってスタンバイしておくから、下調べするって感じでいいかな」
ユキノの提案に、ソフィアとリザは同時に頷く。
「ごめんね、ソフィアちゃん。面倒な役割を任せちゃって。一応、クロノにも念話で同じようなことを話しておくからさ」
「はい、お願いします。それで、クロノさんと協力しつつ、お父様を案内しながら、いろいろと聞いてみます」
「うん、それじゃ、頼んだよ、ソフィアちゃん」
そうして、皆は動き出していくのだった。




