side リザ 急ぎの果てに見たもの
リザは城下町の大通りを全力で走っていた。
「もっと急ごう! ダンテ教授!」
彼女の後ろでは己の体を人狼と化したダンテが身を跳ねさせるように走っているが、リザはそれよりも前を進んでいた。
彼女とダンテの顔には少しの焦りが浮かんでいる。
「は、はい! まさか門番が吸血鬼の王を外に出してしまうとは……」
「いやあ、でも、あの報告を受けたらね。仕方ないって思うよ」
北門の門番から報告を受けた数分後、吸血鬼の王が『現代魔王のお手を煩わせるほどでもない。ワシの方から城に向かわさせてもらおう』と言って出て行ってしまった、との追加連絡があった。
それはもう門番が止める暇もないくらい素早い動きで、声がしたと思ったら消えていたらしい。
……吸血鬼の身体能力はすごいし、蝙蝠に変化する能力も持ち合わせているから、消えたように見えたんだろうなあ。
他国の王様の動きを無理にでも止めろというのは難しいだろうし、責めることは出来ない。ただ、
「いやあ、大丈夫かなあ、これ。なんかこの先で、物凄い魔力反応を感知したんだけどさ」
「おお、流石は魔王様。もう居所をキャッチされたのですか」
「うん。まあ、吸血鬼の魔力は独特で強大だからすぐに分かるんだけどね……。でも、その場所に感じる強大な力って、一つだけじゃないんだよねえ」
もう一人。
こんな雑踏の中でも分かる相手が吸血鬼のそばにいるのだ。
その言葉を聞いて、ダンテの躍動するような走りが一瞬、止まった。
「え、一つじゃないという事は、まさか……」
「うん、吸血鬼が二人分と、あとなんだかおぞましいようで温かい、クロノの魔力反応があるね」
それはすでに顔と顔が認識できるほどの位置関係だった。
……これだけ接近しておいて、気付きませんでした、ということはあり得ないだろうなあ。
少なくとも吸血鬼の王は娘に会おうとしてこの地に来たのだから、娘を探しているだろうし、彼女の顔を見逃す可能性は低い。
もしも、を考えてもいいのだけれども、三つの魔力反応が完全に立ち止まっているのが、もうだめだ。
そしてダメ押しと言わんばかりに、
「ま、魔王様、あ、あちらに少し奇妙な人混みが出来ているのですが」
「うん、見てわかるよ。なんだか中央にいる何かを見物しているような集まり方をしているね」
中でどんな騒ぎが起こっているのかは知らないが、既に何らかの行動は起こされた後のようだ。
「ああ、どうかどうか! 国際問題になっていませんように!」
「祈ってる場合じゃないよダンテ教授。とりあえず、場を収めるために、行かないと」
どんな問題が起こっていようが、自分たちの行動に変わりはない。
……クロノを庇う。うん、それだけでいい。
戦闘的な意味でも会話的な意味でも、自分たちはクロノを庇う義務があり、守るべき役割がある。
それはいくら彼が強くても変わらない。
戦闘しているような派手な音は聞こえない。
しかし、あの集まり方は何かが起きているのは事実だ。
どんな事が起きても、自分たちがフォローすると約束したのだから、自分たちは駆けつける必要があった。
……あの約束は魔王としても彼らの先輩としても、守らなきゃ……!
だから、最悪、戦闘になっていたとしても、身を挺してでも全力でクロノを庇おう。そんな思いと共に、
「すみませーん! そこ、どいて――!!」
リザは大声を発した。
「あ、あれは、魔王様!?」
そして声に振り返り、リザの姿を見つけた集団がどよめく。さらに、
「どいてどいて――!」
再びのリザの声に、人混みがいくらか割れた。
出来るのは一瞬の、少しの隙間だが、それで十分だ。
その僅かな隙に体を滑り込ませるようにして、リザはその集団の中心に入った。
すると、そこで見たのは、
「おお! やっぱりキミは、あの『山の街』のクロノ少年だよな!? こんなところで何をしているのだ!」
「いや、そういうアンタこそ、なんでこの街にいるんだよ、吸血鬼のおっさん。国に帰ったんじゃなかったのか」
「ふむ……まあ、お互い状況は分からないようだが……」
「ああ。そうだな。分からないけれど……」
「「――ッ久しぶり!!」」
そんな息の合った掛け合いで、力強い握手をしている黒いマントをはおった、初老の吸血鬼とクロノの姿だった。




