第20話 新たなるセンパイとこの先の事
ユキノ行きつけだという店の料理は、とても豪快だった。
基本的に大盛りで、皿にあふれんばかりの料理がいくつも目の前に運ばれてくる。
だから、あっという間にテーブルが料理で埋まってしまった。
「さあ、たっぷり食べて行ってねー。今日のお客は貴方達だけだし、どれも自信作だからガンガン出すよ~」
「あの子……マリー・ウィンドの作るご飯はかなりお勧めだから、どんどん食べちゃって」
そして料理を作って運んでくるのは、この店の店長だというマリー・ウィンドだ。
食べる傍からどんどん追加されていき、あっという間に空腹が満たされていく。そのまま数十分もすれば、
「うおお……腹いっぱいだ……」
「ですね。これ以上は入らないですが……大満足です……」
俺とソフィアは満腹の幸福感に包まれていた。
テーブルの上にはすっかり食べ尽くされた跡が残っている。
そうしてあっという間に昼食を終えた俺たちの前に、マリーは食後のお茶を持って来てくれた。
「はい、どうぞ~、後輩君。後輩ちゃん。熱いから気を付けてねー」
「おお、ありがとうございます、マリー先輩」
後輩と呼ばれたらセンパイと呼ぶのが筋だろう。
そう思って言葉を返したら、ほほ笑まれた。
「ふふ、先輩って呼ばれるのは懐かしいわねえ。それで、どうかしら~? 今日のお料理は割と上手に出来たのだけれども~」
「美味しかったですよ。な、ソフィア」
「はい、とっても。ごちそう様でした、ウィンドさん」
俺たち二人の感想を聞いたマリーはほっとした様な息を吐いた。
「ふう、良かったー。ユキノが自慢している後輩君たち相手だから不安だったけれど、褒めて貰えてうれしいよー」
「ん? ユキノさんが自慢、ですか?」
何の話だろうと思って尋ねると、マリーは首を傾げた。
「あれ? ユキノは言っていないのかな? 君たち二人は自分を助けてくれた恩人で、逸材だって。女の子の後輩ちゃんは、とっても気遣いが出来て可愛いって言っていたし。男の子の後輩君なんて、今まで見たことがないくらいの力の塊だって。あんまり喋らないユキノが、物凄く熱を込めて語ってくれたんだよ~」
「おお、それは初耳です……ね」
どうやら俺の横で肉にがっついていた小さな先輩は、知らず知らずのうちに、この店での評判を上げてくれていたようだ。
感謝を伝えようと思ってユキノの顔を見ると、彼女は半目になってマリーを見ていた。
「マリー。恥ずかしいから、そういうの言わない」
「えー、恥ずかしそうには見えないけどなあ。それにユキノがそんな行動を取るなんて珍しいからさ~。町中のお店に言いふらしていたくらいだったじゃない。今年の後輩は凄いーって」
どうやらこの店どころか、かなり広範囲に話を持って行ったようだ。
……こうなってくると、有り難いんだけど恥ずかしいなあ。
真っ直ぐに褒められるよりもかなり気恥ずかしい。隣のソフィアなんて顔を真っ赤にしたままうつむいてしまったし。
「……また、バラす……。後輩が困ってるからその辺にして」
「あははごめんごめん。ユキノが熱っぽくなっているのが凄くて、つい言いたくなっちゃうのよねえ~」
「全く……昔っから、本当にそう言うところは変わらない……」
ニコニコとしたままのマリーに対して、ユキノは半目のままで吐息する。
何となく息の合ったやり取りに思えた。
「あの、お二人はどんなご関係なんですか? 随分と気の知れた仲に見えますけども」
だから聞いてみたら、マリーはこっくりと頷いた。
「勿論だよ、後輩君~。ユキノとは、他国の貴族同士ってことで仲良くしていたんだ~」
「へえ、マリー先輩も貴族だったんですね」
「銀狼の国とハイエルフの国が近かったこともあって、学園に入る前から知り合いだった。こう見えて、マリーはハイエルフの国の偉い議員の娘だから」
「マジですか……!?」
こんなおっとりお姉さんがそんなお偉い人の娘だなんて。
初見じゃ全く分からなかったなあ、と思っていると、
「あの、ウィンドさん、ということは貴族なのに、この街で飲食店をやっているんですか?」
ソフィアがそんな事を聞いていた。
その表情には、明らかに驚きが浮かんでいる。
ただ、驚く理由も、聞きたくなった理由も分かる。
「そうですよ。貴族で、議員の娘なら政治家になるのかと思うんですけど、なんでマリー先輩はここで働いているんですかね?」
俺も聞いてみた。すると、マリーはあはは、と照れくさそうな笑みを浮かべた。
「いやあ、それがね~? もともと私も国に帰らなきゃいけなかったんだけど、でも魔王城の方で色々なものを見てね。特にこの街にいた伝説のメイドっていう人を見て、学んだ結果、飲食店でメイドをやりたいなあって思ったの~」
「え……?! う、ウィンドさんは、それを見ただけで、国を捨てたって事なんですか!!?」
マリーの言葉を聞いて出たソフィアの声は、やけに大きかった。その上、
……いつもよりも遠慮のない言葉遣いだな。
それだけ驚いているという事だろうか、と思っている間にも、ソフィアとマリーのやり取りは続いていた。
「うーん、後輩ちゃんの言う事はちょっと違うかなあ。捨てた訳でもないし、見ただけで即断したって訳でもないし」
「あ、そ。そうですね。すみません。かなり不躾で乱暴な言い方をしてしまいましたし……」
マリーに返され、ソフィアはしゅんと身を縮める。
どうやら喋っている言葉に遠慮がなくなってきているのは自覚があるようだ。
そんな彼女を見て、しかしマリーは首を横に振って微笑む。
「良いの良いの。実際に伝説のメイドさんを見て二日後には実家にに『将来の進路決まったよ。政治家じゃなくてメイドになるから、こっちで暮らすねー』って連絡したし」
「あの、随分と素早い舵の切り方してますね、マリー先輩」
即断しないとは何だったのか。
人生の進路を二日でぱっぱと決めるのは十分に素早い気がするぞ。
「ああ、そこはマリーの特徴だから、気にしたら負けだよ、クロノ。この子はのんびり屋に見えて、決めるときは早いからね。そういう意味では、政治家も向いていたかもしれないけれど」
「そうねえ。でも、魔王城に来て、やっぱり変わったわ~。城下町の店に友達と入って、一流メイドさんの動きを見なければ国で政治家をやっていたはずで、そっちでも悪くない人生は送れたのかもしれないけれど、……それでも今の私はとっても充実しているから。こっちを選んでよかったと思っているの」
マリーは自分の給仕服の胸元をぎゅっと握りしめながらこちらを見てきた。
おっとり具合に反して、その手と目にはしっかりとした意思の力が垣間見えた。
だからか、俺もソフィアも黙って彼女の言葉を耳に刻んでいた。
「そんなわけでね。後輩君も後輩ちゃんも、好きな道ややりたい事を見つけて、自由に選んでいいのよ。それは二十歳になって、見識を広められる機会を得た魔族がだからこそ、持てる権利なんだから」
「自由、かあ……」
自分も魔王城に来て、そして都会に来て、やりたいことはあった。
若い年頃の友人を造るという目的はここに来た当初からあり、それは現在進行形で叶っている最中だ。
周りには先輩も同級生もいるし、魔王城に戻れば話の合う野郎どももいる。それはとても嬉しいことなのは間違いない。
……でも、一年後、俺は何かやりたい事を見つけることが出来いるのかね。
それを考えてもすぐには浮かんでこない。
だから、今は今、自由に出来ることすべきだろう。
「そうですね。じゃあ、午後は自由に買い物をしようと思いますよ」
「おー、それは良いね! お金を自由に使うっていうのも、選択の一つだから。ユキノからも聞いてるよ。後輩君は一瞬で大金を稼げるスゴい能力を持っているってさ!」
「いやまあ、俺の能力だけで金を産んでいるわけじゃないですけどね」
「似たようなものだよ。さあ、お茶のお代わりでも飲みつつ、この場所でゆっくりお買い物プランを練っていくといいよ。ちなみにこのお茶は私からのサービスだから~」
「おお、ありがとうございますマリー先輩」
「良いって事よ~。後輩君にはしっかりサービスするのが、先輩の役目なんだから」
そうして微笑む先輩から提供される食後のお茶を楽しみながら、俺たちは街の散策ルートを構築していくのだった。
↓正式な表紙が発表されましたので掲載をば!
ここまでこれたのも皆様のお陰です。本当にありがとうございます!




