第19話 大人のお店の入り方
「お店はここね」
ユキノに連れられてやってきたのは、大通りから少し外れたところにある二階建ての建物だった。
路地に面した金属製のドアには重厚そうな装飾が付いており、古さと厳つさが目立っている。
「なんというか歴史を感じさせる雰囲気がありますね」
「まあ、お店そのものは古いけど、中は結構新しいから。私みたいなのでも、気軽に入れる、良い所だよ。ご飯も美味しいし。ソフィアが好きそうな甘いお菓子もおいているよ」
「わ、それは楽しみです」
俺とソフィアに店の紹介をしながら、ユキノは店のドアに手をかけた。
そしてぐっと力を込めて押したのだが、ドアは開かなかった。
「あれ、もしかして開店時間前ですかね? もしくは引き戸だとか?」
「いや、そんなことは無い。もう開いている時間だし、前もって来るって連絡したから開いているのは間違いないんだけど。それに押戸だから開け方も間違ってないんだけど……んーっ!」
ユキノは力を込めてグイグイとドアを押すが、わずかに動くばかりで、開かない。
まあ、見た目からして重厚そうなドアだから、開けるのにかなりの力はいるだろうけれども、ユキノの腕力はそこまで弱くなかったはずだ。なのに、
「重い……。もうちょっと力が必要かな。もともとこのドアは重かったけど、今日はいつも以上に重い。……クロノも押すの、手伝ってくれる?」
「ああ、了解です」
今日は先輩の奢りなのだ。このくらいの雑用は喜んで引き受けよう、とそんな意気揚々とした気分で、俺は酒場のドアに手を置く。
そしてユキノが耳に手を当てて念話をしている間
何を飲んで、何を食おうか、と少しだけテンションを上げながら、いつもの感覚でドアを押した。
その瞬間だ。
「わ」
と、ユキノが声を上げた。刹那、
――メギッ!
と、何かがちぎれる音がした。
そして、先ほどまで手を置いていた分厚い金属製のドアは、吹っ飛んで店の内側に転がっていた。
「……あの、ユキノさん。ドアが吹き飛んだんですけど、都会の押戸はこうなってる……って訳じゃないですよね」
俺は先ほどまでドアの在った虚空で手をにぎにぎしているユキノに声を掛ける。すると、ユキノはにぎにぎしていた手を見て、吹っ飛んだドアを見た上で言葉を返してきた。
「うん、番が壊れたね、これ。……それで、クロノ? 魔法の反応も何も感じなかったんだけど、なにをしたの?」
「あの、普通に押しただけ、ですね」
「普通に?」
「ええ。ウチの田舎の酒場のドアは、とても重くて頑丈に出来ているものでして。その上、ユキノさんが重いって言っていたので。なので、田舎でやっていた開け方を思い出しながらやったんです」
そう言ったら、ユキノは俺の手をじっと見てきた。
「今、一緒に力を込めていて、異常な程の負荷が扉に掛かったのが分かったけど、クロノの田舎の酒場はどうなっているの……」
「いや、うちの田舎の酒場も金属製――というか、鉄と鉱石を魔法で融合した合金製で出来ているんですけどね。かなり重くて、酔っ払った状態で入ってこれない仕組みになってるんですよ。小さな子供が入ってこれないように、って理由あるらしいんで、俺が子供のころはよく弾かれてまして」
「どのくらい重いの?」
「ドラゴンが突撃してきてもどうにか開かない程度ですね」
「……それ、本当に開くの?」
「開きますよ? だからもしもの時の避難所として使われてもいるんですし。ああ、ただ一度、数十メートルある地龍が突撃して来た時はこんなふうにドアが外れてしまって、地龍にのしかかった事がありましたね。そのせいで地龍の頭がつぶれちゃって、掃除するのを手伝った記憶があります」
俺の言葉に、ユキノは近くで唖然としていたソフィアと目を合わせた。
「竜がつぶれるほどの重さって、どれくらいかな、ソフィア」
「え、ええと……確か昔、地龍が吸血鬼のお城に突撃してきて、お城の瓦礫が降り注ぐのを見ましたけど、それでもぴんぴんしていたので。お城一つ分よりも重いってことになりますかね…………」
「えっと……その酒場のドア、クロノも開けられるんだよね?」
「ああ、流石にこの歳になると、少し頑張れば開けられますね。爺さん婆さんは魔法を使えるから軽々開けるもんで。ずりいなあ、すげえなあ、って子供のころは思っていました」
昔はずっと大人だけの場所だから、この扉を自力で開けるまで入っちゃだめだなんて言われて悔しい思いをしていた。
開けられたのも結局、体ができあがって筋肉が付いた最近のことだしなあ、なんて考えていると、
「ソフィア、これ、いつものかな?」
「多分、いつものですね」
「「ふう……」」
女性陣が二人そろって吐息し始めた。
「……あの、お二人にしか分からない符号で喋られると理解が出来ないので、出来れば説明が欲しいんですけど」
「えっとね、普通の酒場のドアは、そんなに重くない。少なくとも普通の子供が体重を掛ければ、開く程度には軽いの。このドアも、本来はそこまで重くなかったんだし」
「マジですか……」
酒場のドアが重いのは都会の常識ではなかったのか。だとすると、俺は力ずくでこのドアをぶっ壊してしまったことになるのか。
「ってことは、かなり申し訳ないですね。これ、弁償コースですし」
奢りってことでテンションが上がってやってしまったかなあ、と頬を掻いていると、
「わあ、大きな音がしたと思ったら、開けてくれたんだ~。助かったよ~」
タイミングが良いというべきか悪いというべきか。
給仕服を着た長い耳の女性が、店の奥からぱたぱたとやってきた。
手には何やら巨大な鋏のようなものを持っている。
店員さんだろうか。
「いやはや、お手数をおかけしてごめんなさいね~」
やけにのんびりした口調で話してくる。その上、おっとりとした表情を浮かべているから、怒っているようには感じられないけど。
ただ、内面は分からないし店を壊したのは事実だから、まずは謝っておくべきだろう、と思って、
「ええ、あの、ドアを壊してしまったみたいで。すみません」
謝罪の言葉を口にしたら、首を傾げられた。
「え? 壊す……って、あれ~? 修理業者の人ではないのかしら~?」
「いえ、普通にメシを食いに来たんです。それで開けようとしたらドアをやってしまって……」
そんな俺の言葉に対し、長い耳の女性は首をフルフルと横に振ってくる。
「あらら~そうなの~。でもいいのよ。ここはもともと立て付けが悪くて、今日はついに竜人のウェイターさんでも開けられないくらい重くなっちゃった所だから~。解体修理を頼んでいたけど来なくて、こんな道具を使ってこじ開けようとしていた所なの~」
給仕服の女性は、手にした鋏をアピールしてきた。
「だからむしろ吹っ飛ばしてくれて助かったのよ~? だから気にしないで下さいな~」
のんびりとした口調で給仕服の女性は言ってくれるけれども、本当に良いんだろうか、と思っていると、
「そういう事は前に連絡した時に説明してほしかったな、マリー」
俺の横からユキノが顔を出した。それを見て、マリーと呼ばれた女性は目を見開いた。
「あ、ユキノ? ということは、この子たちが、連絡にあった後輩さんかしら~?」
「そう。ご飯を食べに来たよ。……クロノ、ソフィア。紹介するね。この子はここの店長の、マリー・ウィンド。ワタシの元同級生」
「え、ユキノさんの、同級生、ですか?」
つまり、魔王城を卒業した魔族ということか、と思いながらマリーを見ると、彼女はさっきよりも嬉しそうな微笑みを浮かべていて、
「あらあら、後輩さんに店のピンチを助けられるだなんて、これは大歓迎しなきゃね~。今日の分の仕込みはしっかりしてあるから、どうぞどうぞこっちに来てー。お客様三名ごあんな~い」
明るい声と共に、手招きしてくる。そして、
「さ、入ろう、クロノ、ソフィア」
ユキノは俺とソフィアの手を掴んで、店の奥へと引っ張っていく。
「えっと……? ドアを吹っ飛ばした案件は放置でいいんですかね?」
「いいのいいの。開けづらかったのも向こうが原因だし、むしろ困っていたみたいだから。クロノのコレは人助けってことで、気にすることは無い」
「そういうものなんですかねえ……」
そうして俺たちはユキノにつれられるように、店へと入っていく。
……とりあえず、今度から酒場に入る時はドアの開閉と力加減には気を付けよう。
と心に刻みながら俺は店の奥へと進んでいくのだった。




