side:リザ 対応接近
昼間。
学園長室の椅子に座るリザは、室内にいる十数人の教授たちへ指示を出していた。
「……まあ、そんなわけでね。吸血鬼の王様が来るっていうから、皆、色々と対応をよろしく。迅速な行動と報告を頼むよー」
「了解しました、魔王様!」
「うんうん、それじゃ、解散ー」
リザの言葉に頷いた教授陣は、そのまま学園長室を出ていく。
その後ろ姿を見ながらリザは、ふう、と一息つく。
「あー、疲れた。でもこれで、ソフィアちゃんのお父さんへのお持て成し準備と、クロノ関係の情報封鎖は出来たかなあ」
いきなり吸血鬼の王が来訪することになったからといって、持て成しに手を抜くわけには行かない。
自分は魔王ではあるが、吸血鬼の王と上下関係にあるわけではないし。王には王なりの応対をするのが礼儀だ。。
……まあ、丁寧に接した方が、後々の行動も楽になるしね。
特にソフィアとクロノ関係で隠し事もあるので、それを考えると慎重に対応しておいて損はないだろう。
「学内の方は教授たちが何とかするとして、宿泊と食事の対応も残っているけど、これはどうにかなるし。……よーし、どうにかなりそうだなあ」
いきなり吸血鬼の王が来ると聞いた時は、正直驚いたけれども。この程度のハプニングは今まで生きてきた中でいくらでもあった事だ。
だから、今回も慌てずに対処出来たし、良かった良かった、とリザが胸をなでおろしていると、
「し、失礼します魔王様!」
ダンテが学園長室に飛び込んできた。
肩で息をしているところを見るに、ここまで全力疾走してきたのだろうか。
「あれ? ダンテ教授? そんな状態で来るなんて珍しいね。というか、さっきの教授集会にも来なかったけれど、何かあったの?」
一応、教授の中でも偉い地位にいる彼が来ないという事は、業務で忙しくしているのかなあ、と思っていたけれども。
目の前で息を切らしているダンテ教授の様子を見るに、忙しい、で片づけられるレベルではなさそうに見えた。
「あ、そ、その、ですね、魔王様! ほ、報告がありまして――」
「ああ、うん。まずは落ち着いて深呼吸だよ、ダンテ教授。ほら息を吸ってー吐いてー……どう、落ち着いた?」
「え、ええ、ありがとうございます。本当に魔王様の体調管理能力には助けられております」
「あはは、まあ、夢魔としてそういう能力を持っているから活かさないとね。……それで、結局報告っていうのは何なの?」
少しだけ落ち着いたダンテ教授に改めて尋ねる。すると彼は息を小さく吸い、意を決したように告げてきた。
「それが、ですね――ただいま、吸血鬼の王が御到着なされたそうです」
「……え?」
リザがその言葉を理解するのに、数舜要した。
ただ、一秒もすれば言葉は呑み込めた。
だが理解しきれなかったので、もう一度聞き直した。
「今、到着したの?」
「はい、本当に今です。城下町の北門に御到着なされたと、門番から報告があって対応しておりました。現在、城下町北門にて、検問ついでにご休憩して頂いてます」
「早すぎじゃない!?」
「ええ、なんでも、娘に早く会いたいがために、吸血鬼の翼を使って、急いでぶっ飛んできたと。それで、まずは魔王様にご挨拶したいと。それからソフィア君にお会いしたいとの事なのですが……今からお時間の方、頂けますでしょうか?」
「いや、私の方は平気だけど……さ」
計画していた予定が一気に崩れていく。
教授たちに、余計な情報を出さないように、と指示を飛ばした後だったのがまだ幸いだったけれども。
「まさか、吸血鬼の王様がそこまで娘大好きだとは読み切れなかったなあ。せめて予定時刻は守ってほしかったよ」
「そう、ですな……。準備をさらに前倒しにしないといけませんし」
「まあ、言っても仕方ないんだけどさ。……あ、というか、会うって吸血鬼の王様はここまで来るってことなの?」
「はい。北門の門番の報告では、そうおっしゃられているようですが」
ダンテの言葉を聞いたリザの脳裏には、先ほど教授陣から受け取った情報が浮かんでいた。
「……あのさ、さっき教授たちから聞いたんだけど、クロノ達は今、学外にいるんだよね?」
「ああ、はい。私も魔王城の守衛から報告は受け取っております。街の方に行くのを見たと」
「うん。そっか……ねえ、ダンテ教授。クロノ君と吸血鬼の王様が鉢合わせする確率ってどれくらいだと思う?」
そこまで言うと、ダンテ教授ははっとした様な表情になった。
「その可能性はあり得ますが……高くはないですな」
「まあね。ただ、街は広いし、大丈夫だと思っているけどさ。クロノも危ない気配を感じる場所には行かないようにしているらしいし」
しかし、一度浮かんでしまった考えは消しようがなく。
若干の不安というしこりが残ったままになる。だとしたら、
「でも、ちょっと怖いからさ。私たちの方から行くことにしようか」
そんなリザの言葉に、ダンテ教授も真顔でコクコクと頷いた。
「そ、そうですな! 念には念を入れることが大事ですから。……学内でかち合うならまだしも、城下町であの戦闘能力が発揮されたら、とんでもない事になり得ますし」
リザはダンテ教授と視線を合わせて、同時に頷いた。
「じゃあ、吸血鬼の王様にはもうちょっとだけ待っていてくださいって、門番経由で伝えておいて」
「了解です、魔王様!」
そうしてダンテ教授は学園長室を走って出て行った。
その後ろ姿を見てリザは、はあ、とため息をつく。
「いやあ……でもこれ、もしかしたら、クロノとソフィアちゃんに謝る必要もあるかもなあ」
申し訳なさを抱きつつ苦笑したリザは、しかし吸血鬼の王を迎えにいく為、自らも部屋から出ていくのだった。




