第12話 成長を実感する時
ソフィアとユキノの活躍でモンスターが追い払われた場所を俺は歩いていた。
「……とりあえずは木が沢山生えていて影が多そうな場所とか、そこら辺から探すか」
打ち消しのタクトの修理道具、もしくは『神の水』とやらがどういう形をしているのかは分からないが、とにかく物を隠せそうな所を重点的に見ていくべきだ。
そう思って近くの林へ向かう。
大木が何本か並んでいる地帯だ。
そこに足を踏み入れると、
「ええと、次はこっちの木ね」
既にリュミエールがいた。木に昇って枝と枝の間を確かめている。
おっとりとした性格に加えて、胸も尻も大きくて動きづらそうな体型をしているにも関わらず、とても器用に動いている。
昔も自分と付き合って遊んでいた時は行動的だったっけな、と思って下から見ていると、彼女も俺に気付いたらしい。
手をぶんぶんふって声をかけてくる。
「あ、クロノー。どう、何か見つかったかしら?」
「いや、全然。というか今探しに来たところだな。リュミエ姉は?」
「私の方も、お宝らしきものは全く見てないわ。宝箱の一つすらないわよ。エルフだから、草木に隠れている獲物を探すのは得意なんだけど、無いものは見つけられないわ」
リュミエールは枝の上を器用に歩いてから、がっくりと肩を落とす。
……どうにも、魔王は結構ひねくれた場所に宝を置く傾向にあるからなあ。
そう簡単に見つからないのは仕方がない。
とはいえ、病気の子が待っている以上、あまり悠長にしているわけにもいかない。手分けをして探さないとな。
そんな事をクロノが思っていた時だ。
「おーい、クロノ――! そっちにヤベエのが行ったぞ!」
「うん?」
コーディが大声を飛ばしてきたので、そちらを見ると、
「ブルオオオオオオオ!」
巨大な角をはやしたモンスターが突進してきていた。
それを見て、木の上のリュミエールは慌てた声を俺を飛ばしてきた。
「ちょ、ティラノブルじゃないの! クロノ、早く逃げて! あいつの突進力は凄まじいんだから!」
確かに中々の速度だ。
リュミエールが話している間にもう、目と鼻の先まで来ている。
これは、背を向けて逃げるには遅すぎるな。だから、
「とりあえず、足払いかな?」
俺は手元の鎖で地面すれすれを薙ぎ払った。結果、
「ブルォッ!?」
文字通り足元をすくわれたティラノブルはその勢いのまま、俺の背後にある大木に突っ込んだ。
――ズガン
と凄まじい音と共に、樹木に衝撃が走る。
よっぽど強くぶち当たったらしい。
メキメキと音を立てて、大木が半ばから折れ始めた。更には、
「わ、わ……落ち……っ!」
木の上にいたリュミエールは、そのまま落下してしまった。
「おわっ、リュミエ姉。すまん!」
俺は慌てて木の下に入り、落下してくるリュミエールを両手で受けとめた。
「あ、ありがとう、クロノ」
姫だっこ状態になりながら、リュミエールは会釈してくる。
「いや、今のは俺のせいだから気にしないでくれ。まさか、こんだけぶっとい木が折れるとは……」
「うーんと、あれだけの衝撃を受けたら、普通の木は折れると思うわよ?」
「そういうものか?」
これだけ太い木だから、ある程度の衝撃は受け止めてくれると思ったんだけれども。牛の突撃に耐えきれないとは、計算違いだった。
「あのさ、クロノ。クロノの基準になっている樹木って、本当に樹木かな?」
「うん? 何を言っているのか分からないけど、リュミエ姉も知ってるだろ。俺の実家の近くにある林の木。あそこの枝に竜がぶら下がっても折れなかったじゃないか」
「あー……あれって竜の方が何かしら、重さを分散させるような魔法を使っていたんじゃなくて、樹木が単純に頑丈で堅かっただけなのね」
リュミエールは過去を思い出すように虚空を見上げながら吐息する。
それから俺の顔を見つめて来た。
「なんというか、あの森に存在ものは基本的に普通じゃないから。そこの辺りは分かっていた方がいいと思うわ」
「おお、そうか。でも了解だよリュミエ姉。とりあえず、あの林にあるような頑丈な樹木はあんまりないって事は分かったからな」
思えば二代目魔王のダンジョンの樹木もそこまで堅くなかったしな。ちゃんと学習して分かっているぞ。
言いながら、少しひきつったような笑みを浮かべるリュミエールを地面に下ろす。
「ま、ともあれ、怪我はないか。リュミエ姉」
「ええ、お陰さまでね。ただ、そっちの牛は結構な怪我をしているみたいよ」
言われて、リュミエールが指さしたのは樹木に激突して、額から血をだらだら流しているティラノブルだ。
本当に予想以上に威力でぶつかったらしい。
「ブル……」
額から血の気が抜けて、戦意の殆どが抜けている。
もっといえば、俺が両腕から垂らしている鎖を見て後ずさっている。
「……どうどう、大人しくしてろよー」
そうして鎖をぷらぷらさせていると、ティラノブルはそそくさと逃げて行った。
「よし。まあ、戦わなくて済んだのは、結果オーライだな」
そんな俺の姿を見て、リュミエールは再び、ひきつったような笑みを浮かべた。
「な、なんだかクロノ、私が昔見ていた時以上に、無茶な動き方をするようになったのね。鎖で足払いする手前から、動きが速すぎて見えなかったんだけど」
「まあ、リュミエ姉がいなくなってから十何年も経ってるからな。その時に比べれば少しは成長しているってことじゃないか」
「うん、少しってレベルじゃないと思うけどね!」
後半はやや力を込めて言われてしまった。
彼女から見れば、俺は割と成長していたようだ。それはそれで嬉しい事だなあ、と一息ついていると、
「――うん?」
へし折れた樹木の中心に、微かな光が見えた。
なんだと思って目を凝らすと、
「あ、宝だ」
「え?」
折れた木の中には、小さな宝箱が埋め込まれているのが分かった。
「こ、これ、魔王の遺産……?」
「多分、そうじゃないか? わざわざ樹木の中に埋め込むなんて、意地悪な隠し方してるくらいだし」
「え、こ、こんなに入って数分で、あっさり見つかるものじゃないんだけど……な、なんでクロノは普通にしていられるの?」
「いやまあ、俺は比較的早く見つけることが多かったからさ」
幸運なことに、ダンジョンに潜ると毎回、なにか目ぼしいものを拾得できているから。あまり見つけた事に対しては興奮しないんだよな。
「でもまあ、良かったなリュミエ姉。中身はなんだか分からないけど、早いうちに一つが見つかって」
「そ、そうね。色々と驚きたいところはあるけれども、……とにかく、嬉しいわ! 早く中身を確認しましょ」
「ああ、皆の所に戻ったらさくっと報告して、中身を見ようか」
そうして、不安半分期待半分の眼で見つめてくるリュミエールと共に、俺は仲間の元へと戻っていった。




