第9話 クロノの決め方
「リュミエ姉……事情を話してくれ」
冷や汗を流しながら頭を下げてくるリュミエールに、俺はまずそれを聞いた。
すると、彼女は頭を上げて、ゆっくりと喋り始めた。
「私には妹がいるのは知っている、よね?」
「ああ、俺ともよく遊んでいたのは覚えているよ」
「私の妹は、エルフの国に引っ越したあと、国の方で魔法の研究者をやっていたんだ。ただつい最近、重たい病気に罹患したって報告が最近来たの。魔法病っていう、体の魔力と生命力が抜けていって、立ち上がれなくなる病気ね」
「魔法病? 聞いたことがない病気だな」
田舎の方で薬師のまねごとをやっていたとはいえ、多少は勉強している。ただ、俺の知識の中に、そんな病名は無い。
「ええ、そうね。この病気は昔、十代目魔王がいた時代には流行っていた病なのよ。そして十代目がワクチンを開発して、終息し、誰もかかることは無くなっていたんだけど……」
「妹が何故か罹患した、と」
「ええ。魔法病は普通の薬も治療魔法も効かなくて色々と調べたたら、十代目魔王の資料に突き当たって、現状で直す手段は『神の水』しかないってことになったの。だから十代目魔王のダンジョンに潜りたいの」
なるほど。割と大変な背景事情らしい。だから、
「分かった。受けよう」
そう言うと、リュミエールは目を丸くした。
「え……」
「えって何だよ。依頼したのはリュミエ姉だろ?」
「いや。そうなんだけど、十代目魔王のダンジョンはモンスターが多くてきついから、もうちょっと考えて決めると思ったのに、そんなに、あっさり……?」
「なんだ。あっさりじゃなくて渋った方が良かったのか」
「う、ううん! 問題ないわ。むしろとてもありがたいわよ」
「なら良かったよ」
俺としても、何の考えもなく依頼を受けたわけじゃない。
十代目魔王のダンジョンに潜るのは、俺としては既に規定事項だ。
だからそのついでに宝探しをやればいいだけ、と考えると、リュミエ姉という仲間が増えることは大きなメリットだ。
探し物をしているんだから、人手は多ければ多い方がいい。
そこまでが、打算的な話だ。だが、俺としては別の思いもある。
……薬師をやろうとしてる俺が、治る方法が分かっている病人を見捨てるワケにはいかないよな。
それに、
「幼馴染が病気だっていうのに、見捨てられないだろ」
「クロノ……」
「だから、これからよろしくな、リュミエ姉」
そう言って手を差し出すと、
「うん……ありがとう」
リュミエールは目に涙をためながら、俺の手をぎゅっとつかんでくるのだった。
●
「明日から、よろしくお願いね、クロノ」
「ああ、了解」
ダンジョンへの探索は明朝からと決めて、クロノは応接間を後にした。
「ふう……」
そして息を吐くリュミエールのリュミエールの隣に、リザが座って頭を撫でた。
「良かったねリュミエール。クロノに受け入れてもらえて」
「ええ、本当に。こんな危険な依頼をすぐに受けてもらえるなんて思わなかった。それに、幼馴染って言っても、本当に昔の事だから覚えていてくれるかも分からなかったし、二重の意味で有り難いわよ」
「そうだねえ。……って、リュミエール。君、クロノの幼馴染だって行っていたけど、彼の故郷について色々知っているんだよね?」
リザがそう言うと、リュミエールは少し考えてから頬を掻いた。
「あー……知っていると言えば知っているけれど……」
「微妙な言い方だね。何か言い難い事情があるの?」
戒厳令でも布かれているのかな。そう思ってリザが尋ねてみると、しかしリュミエールは首を横に振った。
「ええと、クロノがいた街から出るときは、その街についての記憶に鍵が掛かるのよ。そのせいでクロノと遊んでいた、という記憶はあるのだけど、そこがどんな場所で、どんな地名で、どんな道のりだったか、というのが思い出せないの。それと街の人の顔も、覚えているのはクロノだけという感じなのよ。――自分でも記憶を漁るための魔法を使ってみたけれど、上手く認識できなかったし」
「なるほど。……記憶に封印をかけられてるわけか。道理で彼の故郷について、話が広まらない訳だね。でも、街が特殊である事と、クロノが心配だったってことは覚えているんだよね」
先ほど、クロノと話していた時は、そういう昔話もしていた筈だ。
「ええ。毎日毎日、近所の人々に連れまわされては訓練しているクロノの事を見てた記憶には鍵が掛かってないわ。血反吐を吐くまで動き回されていたのは、強く印象に残っているし」
「壮絶だなあ」
「ただ、クロノは『近所の爺さんが言ってたけどさ、これくらいが外でも普通なんだろ?』ってずっと言っていたから。感覚がおかしくなってるんじゃないかって思っていたわね」
「あー、やけに自己評価が低いクロノの性格はそこから来ていたんだ……」
ようやく、彼の異常性の一端が分かった気がした。
「色々な問題が落着したら、クロノに頼んで連れて行ってもらおうかな。ともあれ、ありがとうね。面白い情報が聞けたよ」
「こちらこそ、ありがとうよリザ。お陰でクロノと再会できたばかりか、協力までしてくれることになったから。本当に、貴方とクロノには感謝しているわ」
そう言って、リュミエールはホッとしたような笑みを浮かべるのだった。




