第1話 センパイとの関係
祝勝会の次の日、俺がダンジョンで目を覚ますと、右隣に体温を感じた。
ソフィアの問題が解決していないのだから当然だよなあ、と思いながら体を起こし、ついでに彼女も起こそうかと思って目を向けると、
「おはよ」
ユキノが傍にいた。
「……なんで?」
思わずため口で疑問の言葉が漏れてしまったが、それに対してユキノは首をかしげて答えて来た。
「? 銀狼は早起きだから。この時間には目が覚める。あと、感覚が鋭敏だから、近くでもぞもぞされれば、起きるよ」
「いや、そうじゃなくてですね……」
祝勝会の後、俺はダンジョンに戻って寝た筈だ。現に今もダンジョンにいる。
大してユキノは超特進クラスの部屋で眠りこけていた記憶がある。
なのになぜ、ユキノはここにいるんだろう、と彼女を見れば、俺の鎖でぐるぐる巻きになっているのが分かった。
つまり、俺の支配の力を受けていると言う事になるのだが、
……え、なんで?
事実は分かっても謎は深まるばかりだ、と頭をフル回転させていると、
「ふあ……クロノしゃん? 誰と話して……って、わあ!? ユキノさん!?」
俺の左側で、薄着のソフィアが起床したようだった。
「や、おはよ、ソフィア」
「お、おはようございます。で、でも、なんでユキノさんがここにいるんですか!? 鎖も付いてますし!」
「俺にも分からん」
分かることと言えば、どうやら俺は彼女たちに挟まれて寝ていた事と、二人揃って俺の腕を抱き枕にしていたということくらいだ。
いつも以上に刺激的な朝で嬉しい事になってしまったが、ただ今はそんな事は後回しだ。
「ただまあ、こういう系は城に行って聞くに限る。リザさんの所へ向かうわ」
「は、はい。い、今着替えますね!」
「ああ、いや、ソフィアは急がなくていい。ダンジョンの出入り口は残しておくから後からゆっくり来てくれて構わない。――ただユキノさんは、準備をお願いします。多分、一番関係してるのは俺とユキノさんなんで」
「分かった」
そうして俺はユキノと共に、早々と自分のダンジョンを出発した。
●
いつもの応接間。
俺とユキノは、そこで待っていたリザに事情を話して、体や鎖を調べて貰っていた。その結果、
「えーっと、クロノがサラマードを奴隷化しちゃってるね」
「マジですか」
「うん、間違いないよ」
魔王からのお墨付きを得るほど、しっかりユキノには鎖が巻きついていた。
「なんで、こんなことになったんですかね……」
「おそらく、クロノがグラトリザードを倒して、その本体である竜のコアを所有したけどさ、その時に支配権限も一緒に移ったんだね」
そう言って、リザはテーブル上にある竜のコアを見た。
ユキノを調べるときに一緒に調べさせてほしいと言われたから出したものだが、まさかこれが原因だったとは。
「支配権限が移るとかあるんですか。というか昨日、ユキノさんは解除されたって言ってましたが」
「それは、クロノが主になったから一番軽い奴隷設定に落ち着いただけなんじゃないかな。ね、サラマード。苦しくは無いんでしょ?」
リザが聞くと、俺の横に座ったユキノは首を縦に振った。
「全然苦しくない。鎖の感覚も薄い。むしろ程よく刺激されている感じがして、銀狼的には良い調子になってる気もする」
「調子は改善されて、能力もフルに使えるようになった。だからサラマードは解除されたって思ったんだろうね。実際は一番軽い支配設定になっただけだったってことで」
「なるほど。つまり、勘違いってやつですか」
「そういうことになるね」
まあ、勘違いは誰でもする事だ。そこは別に気にすることでもない。
気にするべきはただ一つで、
「あの、これ、解除したいんですが。どうやればいいですかね?」
この奴隷状態が解除できるかどうか、だ。
同級生を奴隷化するのも十分アレな行為だが、先輩を奴隷化するのも不味い事だろう。だから即座に解除したい。
だからリザに聞くと、彼女は竜のコアを見た。
「このコアが仲介になっているからね。所有者のクロノが、契約破棄って言えばいけると思うよ」
「あ、そんなに簡単なんですか」
「普通の道具を使った奴隷契約なら、それで解除できるはずだよ」
良かった。もっと複雑な手続きがあるのかと思った。
「……じゃあ言ってみます。――契約破棄!」
俺がその単語を発した瞬間、竜のコアは緑色に淡く光った。
そしてその緑の光は俺とユキノをつなぐ黒い鎖に伸びて来ようとした。だが、
「――」
ガラスが割れるような音と共に、その淡い光は掻き消えた。
そして俺とユキノをつなぐ黒い鎖は残ったままだった。
「……なんで破棄できないんですかね?」
「うーん? ちょっと分からないなあ。魔力の動きがタクト近辺で滞ってるから、可能性があるとするならば、融合破損した打ち消しのタクトが悪さしてる可能性があるね。だから正常に契約破棄出来ないのかもしれない」
「となると、……この打ち消しのタクトを引っこ抜くか、上手く分解するまで契約破棄は出来ない?」
「多分ね」
なるほど。どうやら俺は、コアと名のつくものに関わることはやめた方がいいみたいだ。
「竜のコアをぶっ壊したら契約破棄される……とかそういう単純な仕組みじゃないですよね、これ」
「いきなり物騒な方向にいったけど、難しいかな。結局システムの問題だからね。でもまあ、打ち消しのタクトが使えるようになれば、両方とも解決することだよ」
「ええ、目の前に解決策はあるんですよね」
ただ、それを取り出すまでが大変なだけで。
これはより一層、力を込めて十代目魔王のダンジョンを潜って、分解する遺産を探す必要があるみたいだ。
そんな風に俺が頭を押さえて考えていると、ユキノがぽんぽんと肩を叩いてきた。そして、
「まあ、だいじょぶ。クロノ、そこまで気にしない方がいい。ワタシは気にしてないから」
親指を立てて、平気アピールをしてきた。
「気にしてないって、奴隷化ですよ?」
「うん、ワタシ、クロノに恩を報いることが出来ていないから。クロノの為に働けるって状況は、ある意味丁度いい」
彼女はとても真摯な目つきで言ってくる。
その律義さや、恩義に報いようとする姿勢はありがたいし、尊敬できる事なんだけど、
「ただ、ユキノさん貴族でしょう。立場的にオッケーなんですか?」
「社会的立場と個人の立場は切り離して考えるようにしている。よって個人的にオッケー。社会的にはダメだけど隠せばそれもオッケー」
「それは一般的に言うと、オッケーではないですね」
ソフィアと似たような感じになったぞ。
これは、外面的にダメなやつだな。
「リザさん。これ、秘密って事で頼みます」
そう言うとリザも思いっきり頷いてくれた。
「そうだね! あと、これも事故って事だから、私も変わらず全身全霊でサポートするから。何でも頼ってね」
「ええ、そうですね。もうこうなったら、ダンジョンでとことん前向きに、遺産を探しますよ。ユキノさんも、よろしくお願いします」
「分かった。よろしくね、クロノ」
こうして俺は、銀狼の先輩と共に、十代目魔王のダンジョンへ潜るモチベーションを高めることになった。




