第28話 ダンジョンの変化
二代目魔王のダンジョンに足を踏み入れた瞬間、俺は前日と違っている点にすぐ気付いた。
「ダンジョンの壁がぼっこぼこになってませんか、これ」
「みたいだね……」
先日までのダンジョンは、綺麗な樹木の壁で構成されていた。
だが今ではところどころに穴が開いていたり、へこみを作ったりしていた。
マタンゴなどのモンスターも、明らかに出現数が減っている。
「ダンジョンで地殻変動でも起きたんですかね」
「いやあ、そういう罠や仕掛けがあるならともかく、普通だったらこんなにならないよ。もしかしたら、起きたグラトリザードがここまで食べまくったのかもね。ちょっと調べたいところだけど……まずは、クロノたちの調査をしなきゃね」
そう言ってリザは俺たちに近寄ってくる。そして、
「じっとしててね」
ぎゅううっと俺の体に抱きついてきた。
「《接触調査》(コンタクト)」
「え、ちょっと、リザさん?」
「じっとしててってば。私が体の奥まで調べるにはこの魔法しかないんだからー」
言いながら、柔らかい体をおしつけてくる。
元からボディタッチが激しい方だとはいえ、それ以上に刺激が強い。
……全然、嫌じゃないけどな。
むしろ約得だ、と思いながら柔らかい感触を味わい続けること数十秒、リザは頷きながら離れた。
「うん、クロノは支配契約とかは受けてないみたい。良かったー」
「……ええ、なんというか、俺も良かったですよ。こんな魔法があるとは」
「私は戦闘とか得意じゃない分、こういうサポート系魔法は多めに習得しているからねー。んじゃ、次はソフィアちゃんだね」
「は、はい、よろしくお願いします」
リザはソフィアにも、俺と同じように抱きついた。そしてこれまた同じように頷きながら離れた。
「ソフィアちゃんもセーフだねー。クロノ以外から支配の力を受けた形跡が全くないよ」
その言葉に、ソフィアはほっと息を吐く。
割と緊張していたらしい。まあ、それでも無事であったのはいいことだ。
「ともあれ、支配を受けたのはユキノさんだけだったんですね」
「そうだねえ。だから、あとはユキノの病弱状態を解除するだけだね。クロノとソフィアちゃんは一旦、お城の方に戻ってもいいんだけど、どうする?」
リザの言葉に俺とソフィアは顔を見合わせる。
……俺たちは別にグラトリザートとやらを相手にする理由は無いんだよな。
確かに先輩がぐったりしているのは心配だが、魔王と教授陣がいれば問題だって解決するだろうし。
ただ、教授陣がいるという万全な状態でダンジョン探索が出来るいい機会でもある。この機会に『打ち消しのタクト』を探すのだってありだろう。ならば、
「俺は、危なくないところまで付いていかせて貰おうと思うんだが、ソフィアはどうする?」
「あ、私もクロノさんと同意見です」
ソフィアと意見もあった。だったら確定だ。
「リザさんたちの後ろに張り付いている事にします」
そう答えると、リザは笑みを持って大きく頷いた。
「うん、分かった! じゃあ、付いてきてね。とりあえず、この一階層でグラトリザートの痕跡を探すからさ」
そう言って、リザはユキノや教授達を引き連れて前に歩きだした。
意気揚々とした動きでどんどん前に進んでいく。
「俺たちも行くか」
「はい」
そして、俺とソフィアも彼女たちのあとを追っていこうとした。その瞬間、
「……ん?」
「へっ!?」
一階層の床に大穴があいた。
「っ――!」
俺の足元も、前方にいるリザたちの足元も、ほぼ同時に崩れた。
そして当然、俺たちは落下した。
●
「……ええ、なんだこれ」
床の破片に足場に落下しながら俺は周囲を見回す。すると、俺の近くにはソフィアがいた。
「ひゃああああ」
悲鳴を上げて真っ逆様に落ちている。
……いや、吸血鬼だから、翼を出せば飛べるだろうに。
どうにもこの子は突然のハプニングに合うと自分の能力を忘れるらしい。
ただ、このまま落下させては危ない。だからクロノは足場となっている破片を蹴ってソフィアの元へ飛んだ。
「ソフィア、ちょっと掴まってろ」
「え、く、クロノさん?」
そしていつかのように俺の体にがっしりと掴ませてから、前方の破片に飛び乗る。そのままの勢いでいくつかの破片を飛び渡り、
「これで壁っと……!」
壁面にある出っ張りに足と手の指を引っ掛けて、落下の勢いを殺いだ。
数秒もすれば、壁面を背に、体をその場にとどめることが出来た。
「ふう、どうにか壁にたどり着けて止まれたな」
「あ、相変わらず凄い運動能力と技術ですね。魔法も使わずに破片を乗り継いで、こんな絶壁に張り付くなんて……」
「天井に張り付けるんだから応用すれば壁でも行けるし、破片も大きかったからな。力の運用さえ分かればいけるさ」
というか、俺の技術の話はどうでもいいんだ。
「そもそも、ソフィア。君は翼を出せば飛べるだろうに」
そう言うと、ソフィアは困ったような表情をして顔を俯かせた。
「う、す、すみません。どうしても一歩遅れてしまって」
「ああ、いや、怒ってるわけじゃないから謝らなくていいんだけどさ。割と慌てやすいなって思って」
「ええ、私は肝が据わるまではどうにも動揺しやすい性質でして。だから、クロノさんが難なくハプニングを切り抜けているのは見習いたいって思ってるんですが、中々」
「いやあ、俺だって結構慌てていると思うぞ?」
少なくともこの魔王城に来てからはずっと慌てっぱなしだと思う。
初日に超特進クラスに入れられて。
次の日には同級生が奴隷になっていたことに気づいて。
次の日もその次の日も、ダンジョンではハプニング三昧だ。今さらながら慌てまくりだと思う。
「そ、そうなんですか?」
「うん、だからまあ、俺を見習わなくてもいいと思うぞ? 君は十分、精神的に強いと思うし」
なにせ、奴隷契約の事が分かってもほとんど焦らずに受け入れていたんだから。
「……クロノさんにそう言ってもらえると自信が出てきますね」
「そりゃよかった。じゃあ、自信が出て来たついでに、翼を出してもらえるか? そろそろ、ここから降りたいし。――ほら、あそこに床があるだろ?」
真下には深い穴が広がっているが、少し離れた場所に床が見える。ジャンプだと届くかギリギリだが、空を飛べば間違いないだろう。
「はいっ、任せてください! クロノさんを掴んで降りるくらいはさせてください」
そう言って翼を出したソフィアに掴まり、俺は近場の床へと足を付けることができた。
広く明るい通路だ。
しかし、そこにリザたちの姿はない。
「うーん、これはバラけちまったか」
「みたいですね……」
落下する直前、彼女たちはかなり前方を歩いていたが、俺たちの前方に穴は開いていない。
おそらく彼女たちは途中で床にぶつかり、俺たちだけがここまで繋がる穴に入ってしまったのだろう。
……さて俺たちは、どうするか。
崩落によって、ここが何階層かは分からない。
二階層であれば楽なのだが、落下時間からしてもうちょっと深くまで落ちているだろう。
「ええと、地図はっと」
急な崩落があったとはいえ、持ち込んでいる地図は使える。
スタート地点からの落下個所と、現状の地形を見て、現在地を推測することはできる。
「……ここは、四階層の中腹あたりか?」
そう思って、ソフィアと共に周囲を軽く歩いて見回すと、複数のゲートキーパーと、大きな扉が見えた。
見覚えのある場所だ。
「推測通り、四階層でしたね、クロノさん」
「ああ、場所も分かったし脱出したいところだな」
心配事は、バラけてしまったリザ達だが、
……これより下に落ちている可能性は、ほぼ無いんだよな。
改めて四階層を見回ったところ、下に通じていそうな穴は俺たちが落下してきた所が唯一だったし。
だから上がっていくうちに会えるだろう、とも思う。
「ひとまず、このまま俺たちは三階層、二階層と上がっていって、その間にバラけた人を探していくって感じでいいかね」
「そうですね……」
頷きつつも、ソフィアは俺の目をじっと見てきた。
「うん、どうした?」
「いえ、凄く慣れていらっしゃるな、と思いまして。こういう時の地図の見方や、洞窟からの脱出の仕方など、私にはまったく分からないのに、クロノさんはテキパキやっていきますし……」
「あー、まあ、田舎だとな。山奥に入って、転げておちると場所が分からなくなるからな。脱出方法とか考えるのに慣れるんだよ」
薬草を取りに山に入って遭難しかけるとかもないわけじゃないし。その時の経験が活きているだけだと思う。
「そ、そうなんですか。魔王のダンジョンと山奥が一緒……ですか」
「地図もあるし、出入り口も分かってる。だとしたら両方とも変わらないさ。――さ、行動方針も決めたし、動くぞ」
「りょ、了解です」
そうして目標を定めた後で、俺たちは歩いていくことにした。
文章が長くなって済みません……。そろそろ第一章クライマックスになります。




