蛇足7 まんどら屋繁盛記
パースニップマンドラゴラたちの話です。
ポルカの街の露店エリアに月、水、金の隔日で出展される露店があります。
切り盛りするのは勿論人間、ではなくマンドラゴラのみで接客を行う世にも奇妙なその露店の通称は「まんどら屋」。
しゃべることはできないけれど身振り手振りとホワイトボードで意思の疎通を行い、並べる商品の質の良さもありそれなりに固定客がついています。
大抵赤いリボンのマンドラゴラと青いリボンのマンドラゴラ2体がセットですが、いつも同じ個体ではないようです。
赤リボンのマンドラゴラによってその日並べる商品の種類が変わるのですが殆どの人間には見分けがつきません。
ポルカの街中でパティスリーを出店しているパティシエールは自身のパートナーも赤リボンのマンドラゴラなのでなんとなく見分けはつくようですが。
通常野生のマンドラゴラはオータムアリアに生息するモンスターですが、彼らはポルカの街があるスプリングポップのはずれにある農場で生まれたマンドラゴラで野生のマンドラゴラのように人を襲うことはありません。
たまにお金目当ての人間に目をつけられて誘拐されそうになることもありますが、青リボンのマンドラゴラは武器を所持しており自分よりはるかに大きな人間を制圧できる力量を持っているためバカなことを考える人間はすぐ街の警吏に突き出されることになります。
近頃急激に人口が増え発展したポルカなので痛い目を見てもバカな人間が全くいなくなることはありませんでしたが。
まんどら屋の商品は露店に並べられるまでなにがあるかわかりません。
金属製の日用品、新鮮な野菜、薬や材料、スプリングポップ周辺にはいない獣の肉、きれいな刺繍の小物、武器と防具。
ときには軽食を売る屋台であることもあります。
流石に姿を残したまま乾燥させたマンドラゴラを並べた日はいつもより客足が伸びませんでした。
なにが売られていても全て高品質であるため時折街の商店からスカウトや仕入れの打診があります。
しかし彼らは露店が合っている、趣味の延長で作ったものだと誘いを受けることはありませんでした。
実際彼らの正体は高品質なパースニップに入り込みマンドラゴラ化した土の精霊なので石の床より土の上にいるのが好きでしたし、農場に住む沢山のマンドラゴラたちが自分の趣味を優先させて製作しているものを好きに売っているだけの店です。
農場主であり、彼らの親友であり、生みの親でもあるドードーさんがマンドラゴラたちの自主性を尊重する質なので趣味の規模と技量は向上していく一方ですが。
「マンドラゴラの粉末と爆発トウモロコシの粉末を20ずつ。あと湖底の砂を大袋で」
手慣れた様子でマンドラゴラに注文する分厚いコートを纏った少年はまんどら屋の常連客です。
彼自身も年若いながら行商人として活動しており、ウインターロックの実家で鍛冶職人たちが作った道具を売り捌きつつ、帰りに職人たちが鍛冶に使う材料を仕入れていくのです。
以前は馬を使い長い時間をかけスプリングポップまで来ていた彼も鉄道が開通して以降頻繁に行き来するようになりました。
移動手段としては割高ですが、商人にとって時は金なり。
時間が短縮した分沢山売れば問題ありません。
「そういえばドードーさんは元気?」
彼はドードーさんとも面識があり作物の定期購入もしているのですが、期日になると契約した商品が実家に届くだけなので顔を合わせる機会が少ないのです。
「そっか、元気そうなんだね」
当たり障りのないマンドラゴラの返事を見て彼はふにゃりと笑いました。
少年らしからぬ手腕で商談をまとめる彼が家族にも見せない年相応の表情です。
マンドラゴラたちは少年の秘めた淡い恋心に気付いていますが、大事な常連客なので指摘したりしません。
少年の実家には仲間が修行のためにお世話になったりもしていました。できるだけ良好な関係を維持したいところです。
ドードーさんの背丈を少年が追い抜き、恋心を自覚するころ、もうドードーさんは今のドードーさんではなくなっていることをマンドラゴラたちは知っています。
プログラムされた世界の理の中で自分たちが生きていることを知らなくても、大事な人のことなのでなんとなく気付いているのです。
好き勝手に過ごすマンドラゴラたちに振り回されながらドードーさんはいつも楽しそうなので、例え残された時間が少なくても仰々しく特別なことをするつもりはありません。
マンドラゴラたちにとっていつもの日常が一番大事なドードーさんとの過ごし方なのです。
お昼を過ぎてしばらくすると交代のマンドラゴラたちが新たな商品を持ってやってきます。
同じくらいのタイミングでドードーさんの友達のパティシエールとアカリと名付けられたマンドラゴラがまんどら屋に顔を出しにきました。
パティシエールはお客さんではありませんが、いつも小袋に入れたドラジェを4つ差し入れてくれます。
食事をする必要がないマンドラゴラでもおやつをもらえるのは嬉しいことで、パティシエールお手製のカラフルで甘いドラジェは露店を出す日の楽しみです。
ただの土の精霊だった頃には知らずにいた作り出すことの喜びに魅せられてしまったマンドラゴラたちは赤いリボンを結んでいます。
作るだけには飽き足らずマンドラゴラだけで露店を出し売ろうとまで考えたのは、料理に魅せられ弟子入りし店で働き始めたアカリの影響がありました。
この世界で長く断絶していた精霊と人間の関係は少しずつ変わってきています。
精霊が契約を介さず不特定多数のために働くなんて、断絶前にもないことでした。
精霊と人間を再び繋げたのがドードーさんならば、精霊と人間の新しい関係を作り出したのはパティシエールとアカリでしょう。
もっともこのコンビにはそんな自覚もなく、お互いを大切に思い協力して働いているだけですが。
午後の店番と交代し、休憩しながらドラジェをいただいた後は今日の売り上げを使って買い物します。
刺繍に使う糸や布、農場では育てていない野菜や卵、レシピをまとめた小冊子。
これは農場で帰りを待つ仲間たちに頼まれたお使いです。
ドードーさんは使い道のないお金を余らせているのでマンドラゴラたちに頼まれればいくらでも材料を買ってくれますが、予算内でやりくりしてやってみたいと今は控えてもらっています。
いずれ家計管理を趣味とするマンドラゴラも現れるかもしれません。
金銭なんて精霊からしたらとても縁遠いものですが、そんな日がきてもおかしくないと考えているのが奇妙だとマンドラゴラたちは思っています。
日が暮れる頃、荷物をパンパンにして午後の店番たちと合流します。
とっくに商品が売り切れていたのか店仕舞いは済んでいました。
最初は街の住民から奇異の目で見られていたまんどら屋もすっかり街の景色になじんできました。
夕暮れ前に売り切れることも珍しくなく着実にリピーターを増やしています。
農場のマンドラゴラは土の精霊なので土があるところであればどこまでも遠くへ行けます。
スプリングポップにあるポルカ以外の街や村へ支店を出す日もくるかもしれません。
現在周辺地域で一番栄えているのがポルカなので当分は今のスケジュールと形態で続けていくことになりますが。
雰囲気を出すため行きは歩いてポルカまでやってくるマンドラゴラたちですが、帰りは土の中を移動して一瞬で農場まで帰ります。
農場で門番をしているマンドラゴラによると今夜は向こう側からドードーさんが来ているようです。
そう聞くといつもと同じ農場の照明や家の灯りが普段より明るく感じられます。
きっとマンドラゴラだけで暮らしていてもそれなりに楽しいですが、自分たちの輪の中にドードーさんがいる日々をマンドラゴラたちは愛しています。
今夜はまずなにをしようか。
夕飯を囲みながら売れたものの話や、パティシエールにもらったお菓子の話をしよう。
こそこそ相談しながらマンドラゴラは家のドアを開きました。
ふんわりと夕飯の香りがして、にっこり笑いかけて出迎えてくれる人がいました。
マンドラゴラたちを家族のように思ってくれる大好きな人です。
「おかえりなさい。お疲れ様」
マンドラゴラたちは今日も幸せな日を大事に過ごしています。
6月に入ってすぐ『ライフで受けてライフで殴る』のこまるんちゃんに「もうすぐ1周年だね」と言いながらうちも今月で1周年だと思い出したのでマンドラゴラで短い話を書きました。
あともうすぐ累計PVが300万に届きそうです。
沢山の人に読んでいただいて大変ありがたいです。




