表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームで育てた不人気作物パースニップでみんなを元気にしてあげる  作者: 春無夏無


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/64

蛇足6 悩めるパティシエールと大きなパースニップマンドラゴラ

ロワールさん視点の日常話です。

 アップデート後に条件緩和されたメインストーリーイベント発生条件を満たしたらしく、私もピンクのタクトを手に入れることができた。

 ドードーさんの乳白色っぽいタクトとは違うのかな?

 グラン・パティシエールのまま未だコンダクターにはなってないので、その辺りの差異かもしれない。

 大きめのピックみたいだなあと思いつつ、これを使う天の精霊イベントは後回し。


 先にクリアした料理人仲間によると行った先で料理を振舞ったらしい。

 どうも職業とプレイスタイルによってエルムジカの庭園での要求は違うみたい。


 攻略サイトによると、歌スキルの有無で特殊クリアと通常クリアが分かれるのではないかと書かれていたから、私の場合は通常クリアだろう。

 通常クリアすると多少便利機能が使えるようになるけれど、現在不便もないので焦ってはいない。


 ……いやどちらかというと、クリアしたくない、というのが正しいかもしれない。



 ゲーム外のリアルの話をすると、私は絶賛就職活動中の学生だ。

 メインストーリークリアという区切りをつけてしまうと、ゲームをやらない理由ができてしまう。


 優先順位はわかってる。

 リアルを捨ててまでゲームをしようとは思ってない。


 でも私はエルムジカの世界が好きだ。

 ここではパティシエールのロワールでいられる。

 一緒にお店を切り盛りするマンドラゴラのアカリちゃんは可愛いし、フレンドみんなも大事。


 リアルの私は飲食なんて関係ない普通の社会人になるだろうし、そこにはアカリちゃんもいない。

 せめてアカリちゃんがそばにいてくれたら頑張れるのに。



「アカリちゃんとリアルでも一緒に暮らしたいなあ」


 そんなことを漏らすと、アカリちゃんは赤いリボンを巻いた葉っぱをわさわさと動かした。

 アカリちゃんも同感らしい。


「ドードーさんはマンドラゴラたちと賑やかに過ごしてるけど、リアルにマンドラゴラたちが居ないのは寂しくないのかな?」


 マンドラゴラたちに振り回されながらもドードーさんはいつも楽しそうだ。

 大型アップデート前はちょっと悩んだりもしてたみたいだけれど。

 それはまあ、リアルの悩みくらい誰にでもあるよね。


 彼女はゲームはゲーム、リアルはリアルときっちり分けているタイプに見えないので、マンドラゴラたちがいないリアルを寂しがっているのではないかと思う。

 どう折り合いをつけているのか聞いてみるのがいいかもしれない。

 私のフレンドの中では珍しい、ちゃんと社会人してる大人のプレイヤーだし。


 フレンドリストをチェックするとまだログインしていないようだったので、そちらの家に行くので都合のいい日時を教えてほしいとメッセージを送っておく。

 以前と違い拠点をスプリングポップに移したので突然行ってもそれほど驚かないと思うけれど、事前連絡は大事だよね。


「ドードーさんからお返事来る前に手土産を作ろうか。アカリちゃんはなにがいいと思う?」


 私がたずねるとアカリちゃんは材料置き場からすっと卵と砂糖を取り出した。

 なるほどシンプルなお菓子が作りたいのね。同感よ。

 最近はカラフルなスイーツブームで見た目も味も趣向を凝らしたお菓子ばかり作ってたからね。




 ドードーさんの農場に着くと、珍しく入口に誰もいない。いつもなら青いリボンをつけた見張りのマンドラゴラたちがいるのに。

 畑の奥のほうにマンドラゴラたちが集まっているけれどなにかあったのだろうか?


 門をくぐりマンドラゴラたちが集まっている辺りへ近付き、なんとなく状況を把握する。


「あ、ロワールさん。ごめんなさいバタバタしちゃってて」


 マンドラゴラたちが集まっている中心部に困り顔のドードーさんと、青いリボンのマンドラゴラたちと、黄色いリボンのマンドラゴラたちと、畑から生えるどう見ても大き過ぎる葉っぱが目に入ったからだ。


「これは?」


「端的に説明すると大き過ぎて自分の力で畑から抜けられなくなったマンドラゴラ」


「なるほど?」


 事情を聞いてみたところ黄色いリボンの『昼の月』マンドラゴラが品種改良で大きいパースニップを作って、その中に入れば農場の防衛力が上がるのではと思い付いたそうだ。

 そしてドードーさんに黙って可能な限り最大になるように改良し、中に入ってマンドラゴラ化したけれど、大き過ぎて自重で土から抜けられなくなったと。


 アカリちゃんから同族への呆れ感情が漏れ出ている。

 いや確かに気持ちはわかるけれど。


 今は実行犯である『昼の月』と体力自慢の『黎明』でどうにか抜こうと頑張っているらしい。

 ドードーさんは見守り役かな。多分マンドラゴラより力が弱いし。


 しかしこれは無事に引き抜けたところで……


「マンドラゴラたちって寝るときは土の中ですけど、この大きい子はどうするのかな」


「流石に毎朝引き抜いてあげるのは無理ね。今引き抜けるかどうかもわからないけれど」


 となると出荷するしかないのか。

 これだけ大きいと魔法職で取り合いになりそうだ。


 とりあえずこの状況をどうにかするとしたら、ポルカに戻ってプレイヤーに協力を呼びかける?

 でもドードーさんは農場に人が沢山来るのは嫌がるだろう。今でもドードーさんにはフレンドが2人だけしかいないと聞いている。人を選んで付き合う人っぽい。


 私がこの作業に加わったところでそこまで戦力にはなれないしなあ。


「そういえば『夕凪』の子たちは?」


 アカリちゃんと同じ赤いリボンをつけた職人マンドラゴラたちがこの場にいない。


「掘削機を作る、という意気込みを見せて会議中よ」


 アプローチが違うだけで協力態勢ではあるらしい。


「この場にいてもしばらくはなにもないだろうし、ロワールさんとアカリちゃんはうちでお茶でもしましょ」




 お土産のマンドラゴラ型メレンゲクッキーは喜んでもらえた。ちゃんとリボンを結んだドードーさん仕様だ。


「……それで就活がちょっと行き詰まっていまして」


「この時期だと内定が決まってる人も多いから焦るわね。職種は製菓?」


「いえ、リアルではそこまでやらないので一般事務ですね。ドードーさんは色々受けたんですか?」


「多いか少ないかはわからないけれどいくつかは。今の職場は自分に合ってるしきっと縁があったのだと思うわ」


 ドードーさんの勤め先はなんとなく把握している。私も気になって調べたら、採用条件に睡眠時間があり、これは私には無理だと早々に諦めた。


「どうやって受ける会社を決めました?」


「うーん……恥ずかしい話だから内緒にしてて欲しいのだけど。うちの両親や兄が全く関わってない会社を選んだの。多分、ちょっとした反抗期ね」


「関わってない?」


「うちの実家がありていに言えば音楽一家でね、コマーシャル音楽だったり、演奏だったりで結構色んな会社の仕事をやってたの。私も高校までは声楽をやってて……でも才能がないから家族の中でひとりだけ音楽の道に進めなくて。だからなんとなく、まだ親とも兄とも仕事をしてない会社ばかり選んで受けちゃった」


「それでも良い縁があって良かったですね」


「反抗期でよかったわ」


 私の就活に足りないのは反抗心なのだろうか。

 とはいえ危なげなく無難な大学生活には、そんなに立派な反抗心のあてはない。

 今の焦りだってどこか「私なんて」みたいな諦めが混じったものだ。


 難しいなあ就活。

 今日寝る前に自分の中になにか反抗の芽がないか探してみるか。



 しばらくすると家の奥から重心の低い複数の足音が聞こえてきた。掘削機できたのかな。

 ドードーさんも気になるようで、私たちはまた外の様子を見に行くことにした。



 どうやら職人チームは掘削機ではなく滑車で引っ張り上げる器械を作ったらしい。

 ワイヤーで繋がったベルトを本葉(もとは)側に巻き、滑車の先の反対側にマンドラゴラたちが群がっていく。

 だけど滑車だときつそうだな。大きなマンドラゴラ本体の重さは農場のマンドラゴラ全体よりは軽いと思うけれど、土の分の重みとかあるじゃない?


 ずりずりとさっきよりは巨大パースニップは上がっている気がするけれど、戦況は思わしくない。


「根っこが引っかかってる気がする」


「これだけ大きいと足も増えてたりして」


「確かに」


 沢山ある足がそれぞれ別方向に伸びてたら難儀だな。

 やはり抜くとしたら周囲を掘ったほうが……あれ?


「ねえアカリちゃん。ここのマンドラゴラたちって土の中を横移動できたと思うのだけど、それって抜かれる前からできるの?」


 アカリちゃんは思い出すように少し考えて、できると言うように頷いた。

 それなら思い付いたことができるかもしれない。


「ドードーさん、これポルカでイベントにしません?」




 イベントといってもそんなに難しいことではない。

 巨大マンドラゴラに地中を移動してもらい、ポルカの手前くらいでプレイヤーたちから協力を募ろうという話だ。


 毎日の休息問題が解決できないので巨大マンドラゴラは出荷するしかないけれど、お金に困ってないドードーさんなのでイベント景品にしてしまうという私の意見にすんなり同意してくれた。


「そもそも元手がほぼゼロだし」


「生産力が高過ぎるんですよドードーさんのとこ」


 というわけで突発ではあるけれど巨大マンドラゴラ引き抜きイベントを開催しよう。

 引き抜いたマンドラゴラを参加人数で切り分けたものが景品になるが、ドードーさんのマンドラゴラは高いところで相場が安定しているから切り身でも充分需要がある。


 一応料理人仲間にもちらりと情報を流しておく。サマーソウルを拠点にしている人が多いから参加するとしたらスプリングポップ周辺のプレイヤーに依頼してくれるだろう。


 あとはー……ポルカの商店主に話通して、それからそれから……




 大きな混乱もなく、イベントは50人近くのプレイヤーの協力により無事に終わることができた。

 やはり戦闘職のパワーはすごい。


 抜けた瞬間に現れた無数に枝分かれした足に参加者から悲鳴は聞こえたけれど。

 あれは仕方ない。

 うごうごしているので見てはいけない触手系のなにかを連想してしまうだろう。

 切り分けの分配も足のところに当たった人は微妙な顔してたな。切り分けたときにはもう動いてなかったし、料理人スキルで切れたから足も含めて食材判定されてるはずだ。


 とりあえず『昼の月』には巨大化品種改良禁止令が出た。

 品種改良については詳しく知らないけれどマンドラゴラたちができてしまうのだから、今日のイベントを見た他の農家の人たちが試したりしないのかしら?

 ただ大きいだけの普通の野菜じゃ街付近まで自力で移動してくれないけれど。


「なんだか慌ただしい日になったね。アカリちゃんも疲れたでしょ?」


 ふるふると否定の首振り。

 元気だなあ。


「ロワールさん、今日はありがとう。ゆっくりできなくてごめんなさい」


「いいんですよ。面白い経験でした」


「また折を見てお茶したいな。それと……」


 ドードーさんが思わせぶりに近付いて私に耳打ちする。


「ロワールさんが外でもアカリちゃんと過ごすアイデアがないか、湖出さん(ゲームディレクター)に聞いてみるね」


「はい?」


 さらりととんでもないことを言われて耳を疑う。

 いやなんとなく業務上の繋がりはありそうな気がしていたけれど。


「私もマンドラゴラたちと一緒にいたいもの。ここでも外でも、この先も。だから私以外のユーザーの意見として流して、向こうで調査してもらいましょ。需要があればなにかしら考えてくれると思うし」


「職権濫用の気配を感じますが大丈夫ですか?」


 うふふ、と柔和に笑うドードーさんはそれ以上答えるつもりがなさそうだ。ゲームディレクターと業務を越えてかなり親しいのかもしれない。


 まあ話を通してくれると言うのであればこちらとしても良い話だ。もしかしたらできるかもしれないという希望があるなら、ストーリークリアしても大切なアカリちゃんと過ごすためにゲームを続ける理由ができるし。



 それに今日気付いたけれど、私なにか企画とか考えるのちょっと好きかもしれない。

 一般事務だけじゃなくて、そういう企画立案に関わるような仕事のことも調べてみようかな。

 今までターゲット外だったから全然調べてないしどういう会社があるのか知らないけれど。

 きっとそういう会社は経験者優遇だよね。

 でも、ダメでもともとの気持ちで受けてみよう。


 萎れていた気持ちが少しだけ前を向く。

 早速今夜は調べ物だ。

お久し振りです。仕事が忙しくて体調いまいちですが第9回ネット小説大賞に応募したので蛇足を書きました。

最近コストコにパースニップチップスがあるらしく気になってます。コストコ会員の友達におつかいを頼みたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 良い物語をありがとうございました。
[良い点] 急な追加話( ´∀` )b ゆっくりした世界観だいすきです。 [一言] 賞レース応援してます。
[一言] 叶ってほしいなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ