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ゲームで育てた不人気作物パースニップでみんなを元気にしてあげる  作者: 春無夏無


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蛇足4 サマーソウル遠征

 手に入れた2枚の切符の片方をマンドラゴラに手渡す。

 サマーソウル方面マスコア行きと書かれているこの切符は、先日開通したばかりの鉄道の切符だ。

 マンドラゴラたちは収納してしまえば切符も1枚で良かったのだけど、1体は車窓の景色を体験したいというので私の隣に座ってもらうことにした。


 事の起こりは数日前、ロワールさんが持ち込んできた話から始まる。

 エルムジカの世界に楽器が戻って以降、他の地域でも音楽を楽しむ機会が増えたそうだ。

 ロワールさんが以前店を構えていたサマーソウルのマスコアという街でも、レストランが競うように店内に楽器を置き始めたらしい。

 楽団を雇ったり、店主が弾いたり、音楽とともに食事を楽しむ、という文化が定着した頃、どこかからポルカの街で行ったフードフェスの話が流れてきて、食文化の最前線であるサマーソウルでも同様のイベントをやらなければ、と盛り上がってしまったそうだ。

 そしてポルカの街での仕掛人である私とパースニップ楽団にゲストとして参加してほしいと、ロワールさんのところに打診が来たと。

 まだサマーソウルでも楽器を演奏する作物は居ないので目玉になる、と依頼には書いてあったようだけど、そうそう楽器を演奏する作物は現れないだろう。


 サマーソウルへはいつかは行ってみようと思っていたのでいい機会だし、マンドラゴラたちも乗り気だったので依頼を受けることにした。

 出店でゲスト参加するロワールさんとアカリちゃんは先に現地入りするので行きは別だけど、現地で合流できるみたいなので安心だ。


 なおサマーソウルは猛暑とまではいかなくても暑い地域ではあるらしいので、ミリアと裁縫部屋のマンドラゴラたちにより半袖ワンピースを用意された。

 それにしても我が家のマンドラゴラたちによる染色技術の上達っぷりには目を見張る。

 加賀友禅のような花柄は、華やかでありながら優美だ。

 友禅の工程で使うようなちょうどいい川は近くにないから、友禅風の絵付けだと思うけれど。

 普段の練習で作っている服は孤児院に寄付するために見てわかるほど豪華な見た目ではないから今回張り切ったのだろうなあ。



 鉄道開通イベントは見に行ったけれど、実際にポルカ駅に入るのは初めてだ。

 電子チケットではなく硬券の切符に鋏を入れるのはグラフィックスタッフのこだわりなのだと湖出さんが言っていた。

 動力についてはこだわりがなかったのだろうか。

 とうもろこしが爆発するときのエネルギーで進む機関車というアイディアを出したスタッフのことがちょっと気になる。

 そういえば乗客は道中ポップコーン食べ放題らしいよ。飲み物の販売はあるのかしら?


 ホームの行き先表示を確認して客車に乗り込む。ポルカは中間地点なのでウィンターロック方面に乗ってしまったら大変だ。

 内装はレトロを意識した雰囲気でまとめているけれど、座席にはデバイスが備え付けられている。これを操作するとポップコーンが1袋手元に届くのか。

 飲み物の販売もあるようで安心する。

 なくても口が乾いたりむせるようなことはないと思うけれど、イメージとして飲み物は欲しい。


 マンドラゴラが外を見たいようなので窓際に座らせたけれど、座高が足りないようなので、荷物の中から台座になりそうなものがないか探してみる。

 分厚いクッションあったかなー。


 結局なにもなかったので私も窓側に移動し、膝の上にマンドラゴラを乗せた。

 切符を2枚手配した意味とは。いやロングシートじゃないし知らない人が隣に座るよりはいいけれど。

 やがて見慣れた街の景色がゆっくりと流れだし、余韻を残すように田園風景へと移行していく。

 うちはウインターロック寄りなのでサマーソウルへ向かう風景に見覚えがないけれど、農業が盛んな地域なのでそんなに変わり映えはしない。

 境辺りには観光用の花畑が整備されていて車窓から楽しめるらしいけれど、まだしばらく先だしね。


 マンドラゴラは延々と続く田園風景を楽しそうに見ている。

 というか自分が動かなくても風景が流れていくのが新鮮なのだろうか。

 まだこの世界にはないけれど、飛行機や気球に乗っても喜びそうだなあ。

 マンドラゴラが喜ぶなら作り方を調べてみる? 飛行機は無理でも気球ならなんとかなりそうな気がする。



 見事な花畑を通過してしばらくすると、景色が一変した。

 スプリングポップではあまり見かけないヤシやソテツが増え始め、道行く人は随分薄着だ。

 建物の合間からキラキラと光って見えるあれは海だろうか。


 マスコア駅のホームに降り立つと、潮の香りがした。

 砂色というか黄土色の建物を原色で飾っている街の風景に、遠くに来た実感が湧いてくる。


「まずはロワールさんと合流かな」


 到着を知らせるメッセージを送り、駅前の露店でココナッツジュースを買って、しばらく待つことにした。

 今着てるワンピース、パステルカラーだからこの原色の風景の中だとすごく浮くなあ。

 お土産にカラフルな布を買って帰ったら裁縫部屋の子たちはどんな反応するだろう。


「ドードーさん、お待たせしました」


 息を切らせながらロワールさんとアカリちゃんが駆け寄ってきた。そんなに急がなくてもいいのに。


「思ったより早かったですね」


「そうなの?」


「ポップコーン詰まりでよく遅れるんですよ」


 やはり機関車の動力を見直したほうがいいのではないかな。

 それとも爆発種トウモロコシを小さく品種改良して詰まりにくくすればいいのだろうか。

 現在は私しか再品種改良ができないので帰ってから試してみることとして心に留めておく。


「今日はまずマスコアの飲食店をまとめてる顔役のとこに挨拶に行って、それから会場の場所を教えます。宿屋は会場近くに予約してあるので、チェックインしたら観光案内しますね」


「その人が私たちを招いてくれたの?」


「そうです。NPCなんですけど五つ星海鮮レストランのオーナーでウェイブさんって女性ですね」


「そんなすごい人のところに手土産なしで挨拶行って大丈夫かしら」


「ドードーさんたちは招かれた側だから大丈夫ですよ」


 一応農場で採れたパースニップは持ってきているけれど。

 品質が最高なので高級野菜のうちに入るよね?



 顔合わせはトラブルもなくスムーズに終わった。

 五つ星レストランの海鮮料理が振舞われ、アカリちゃんは喜んでいて、連れていたマンドラゴラは微妙な反応だったのが気になったかな。

 マンドラゴラたちの個性の違いは未だに謎だ。

 あとパースニップの定期納入先が増えた。


「海だー」


 車窓から光って見えたあれはやはり海だったようだ。

 外国の風景みたいなきれいな海を見て否応なしにテンションが上がる。

 しばらく旅行もしていないので、こういう海はリアルでもご無沙汰だし。


「こっちにいたときは見慣れてしまいましたけれど、久し振りに見るときれいですねえ」


 海があるエリアはサマーソウルだけなので、海にいるモンスターを狙うプレイヤーや、彼らをターゲットとした飲食店や宿屋が多い。

 ちょっと前のポルカに比べたらマスコアは大都会と言ってもいいかもしれない。

 最近は鉄道のお陰なのかポルカも物凄い賑わいだけれども。


「秋の大型アップデート後には魚の養殖ができるようになるみたいですよ。そうしたらちょっと景観変わるかもしれません」


「今だけならたっぷり目に焼き付けておかないとね」


 アップデートかあ。

 少しずつメディアに情報が出てきて、プレイヤーはみんな盛り上がっているけれど、会うたびに湖出さんがやつれているので開発チームのことが少し心配だ。

 先輩も宮山さんの帰りが遅いとぼやいていたし。

 今だけとは聞いているけれど。


「あー早く就活終わらせて、彼氏作って、こんな海を見に行きたいなあ」


 リアルでは就活生のロワールさんがぼやいている。

 なかなか大変そうだ。

 うちの会社なら平均睡眠時間6時間を超えていれば必ず一次は通るけれど、目指している業種とは違うだろうしな。


 開発チームもロワールさんも、みんな頑張っている。

 なにか応援できたらいいのだけど。



 さて海を見たところで、日が暮れる前にイベント会場へ移動する。

 今回のイベントはポルカで行ったフードフェスとは違い、日没から夜中まで行われるナイトイベントだ。

 流石にこの気候の中、太陽が照る時間に行うと出店者も演者もお客さんも疲弊してしまうかららしい。

 あとは店舗を構えている人が多いから、昼間にやると出店者が少なくなるとか。


 私の出番は3番目。良い感じにお酒が回りお腹が膨れてきた頃だろうか。

 持ち時間は2曲分くらいなので、最初はあまり激しくない曲をやるつもりだ。


 舞台袖に準備されている楽器を見ると、ラテン系の音楽が多いのかもしれない。

 あまり馴染みがないので聴く側としても楽しめそうだ。

 こちらも収納していたマンドラゴラたちを呼び出して、音出しのチェックを行う。

 各々楽器を持つマンドラゴラたちの出現に周囲がざわついているけれど見慣れないだけだろう。

 マンドラゴラたちも慣れない空気に高揚しているのか、テレパシーがいつもより騒がしい気がする。

 うちに帰ったらこちらで見た楽器がいつの間にか増えていそう。


 イベントの開始を知らせるように、海の上に花火が上がった。

 裏方のプレイヤーたちが魔法で上げているようだ。

 昔こんな光景を映画で見た気がする。


 舞台から聴こえてくるのはやはりラテンっぽいリズムの音楽だ。

 こういうジャンルなんだっけ、サルサだったかな?

 思わず体が動き出すような陽気な曲で、会場は盛り上がっている。


 こういった曲が続くかと思いきや、次に舞台に上がったのはアコースティックギターを持つ男性と煌びやかな衣装をまとった女性の2人組で、ギターのメロウな音色に乗せて女性が艶やかに歌い始めた。

 楽器が失われていたときでも歌は残っていたから、酒場などで歌うことを生業としていた人もいたのかもしれない。


 初めての舞台に上がるのはやはり緊張する。前の2組のどちらも素晴らしかったし。

 マンドラゴラたちは最高のパフォーマンスをしてくれる筈だから、心配することはなにもないのだけれど。

 今は全力でやり切って、終わったら心置きなく美味しい料理を食べに行こう。


 今回1曲目に選んだのはサン=サーンス作曲の動物の謝肉祭から「白鳥」だ。

 食事の邪魔をしない静かな曲だけど、弦楽器の伸びが気持ちいい。

 演奏してるのは動物じゃなくて根菜だけども。

 最初投げかけられていた好奇の視線を背中で感じ無くなるころ演奏が終わり、一息ついてそのまま2曲目に移行する。

 2曲目はメンデルスゾーン作曲、夏の夜の夢 序曲。

 なにか起こりそうな夏の夜に、この曲を応援したい人に贈ろう。

 この場にいるロワールさんには聴こえているかな?

 湖出さんも後でログをチェックするだろう。


 頑張る人の手伝いができないのはわかりきっているので、私は黙って応援だけしておく。

 伝えるつもりはないし、これはただの自己満足だ。

 ただの音楽が力を持つあの瞬間を自分の手で巻き起こせるだなんて思ってない。

 だけど万が一があったとき、自己満足すら行っていない自分でいるのは嫌。


 自己満足でもタクトを揮って、精一杯やりきろう。




「ねえドードーさん」


 帰りの列車はロワールさんと一緒にボックス席をとった。

 着いたときにも買ったココナッツジュースを買って乗り込んで、ポップコーンをつまんでいると、ロワールさんが客車の揺れにうとうとしながら話しかけてきた。


「私、頑張りますね。いずれどちらかがゲームを辞めてしまっても、名刺を携えて堂々と会いに行きますから」


「楽しみにしてるね」


 ずっとスプリングポップを出なかった私があっさりとサマーソウルに来たことに対し、ロワールさんもなにか思うことがあったのかもしれない。

 まだどうなるかはわからないけれど後悔がないように遊び始めたから、付き合いが深くて聡い子にはなんとなくバレてしまうのだな。 


 そのまま寝入ったロワールさんを眺めながら、もっと一緒に楽しいことができないか考えてみる。

 大丈夫。

 きっと探せばまだ色々楽しいことはできる筈だ。

去年行ったビアフェスの写真を見て辛くなったのでイベントの話を書きました。

今年はイベント中止です。

本当なら来週辺り、旅先でグロッキーになりながらビールを飲んでた筈なのに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲームが苦手なドードーさんが思い切りゲームを楽しんで、その先に素敵な家族(マンドラゴラ達)や人間関係、仕事等頑張って行くところ。 [気になる点] 続きが気になりますが… [一言] こんなゲ…
[良い点] 後日談更新嬉しいです。相変わらず、ほのぼの具合がほっこりします。 [一言] ビール系のイベント軒並み中止になっちゃって私も悲しいです。仕方ないので家で一人ビアガーデン(いつもどおりじゃん)…
[一言] 敏いここでだなぁ
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