蛇足2 コーヒーブレイク
世界ビール・デーに投稿したかったのですが、間空けるのもなんだったので。
7/31追記 あんまり面白くなかったので、書き足ししました。
「私、石岡ちゃんと湖出さんにくっついて欲しいのだけど」
「何故いきなりそんな話になるんですか」
夏が近付き、以前言っていた三浦先輩の結婚式の話をしていたら、唐突にそんな言葉が降ってきた。
先輩の思考回路の突飛さについては日々驚かされているけれど、今回は特に意味が分からない。
「今ウエディングドレスの素材の選定をしてるのよ」
やはり予想通りウエディングドレスは素材からいくのか。
生半可な代物ではないんだろうなあ。
「思う存分こだわっていいって言われたから、最高のドレスにしてやろうと思っているのだけど、最高のドレスなら私が1日だけ着るなんて勿体なくない?」
ウエディングドレスはそういうものだから仕方ない。
前撮りとかしても精々2回が限度だろう。
「言いたいことはわかりましたが、突っ込みどころが多数あります」
「大丈夫。あらゆる場所のサイズが違うことは織り込み済みだし、良いオーダーメイドドレスの職人さんと知り合えたからサイズ調整は可能よ。石岡ちゃんの胸部装甲でも問題ないわ」
サイズが問題なくても似合うドレスのタイプが違うことは考えているのかしら。
って、そうじゃないな。
そこで湖出さんが出てくることがわからないのだ。
「別に相手が誰であろうと私が結婚するときに、結婚式に三浦先輩を呼ばないとかありえませんよ」
そのときに三浦先輩のドレスを貸してもらうことは嫌ではない。
私はそこまで着たいドレスはないわけだし、サムシングフォーのSomething Borrowedってことにもなるし。
今のところ予定も相手もいないので、今お約束しても何年後の話になるかはわからないのだけど。
「ねえ、石岡ちゃんの個人の携帯番号知ってる男性ってどのくらいいるの?」
「番号ですか? 父と兄と親戚と、あと人事総務部の人と、上長と、湖出さんですね」
「その中で一番最近、個人的な内容で電話した人は?」
「湖出さんです」
エルムジカのイベントの話だけだけど。個人的な内容ではあるよね。
「その状況で、選択肢に入ってないことのほうが不思議じゃない?」
……おや?
よくよく考えてみれば、同期も同僚も男女問わず業務外で個人的なやり取りをしていない。
学生時代の友達は同性ばかりだし、恋人がいたこともない。
意識はしていなかったけれど、私はモテない女というやつなのか。
「いくら私に選択肢がないからといって、他に選択肢があるだろう湖出さんに引き取ってもらうって考えるのは、相手に悪いと思うんですけど」
「ああ、そこからか」
難しい顔をする先輩がどういうことか説明してくれた。
つまり私は今まで何度も異性からのお誘いを受けており、怪しい相手に対しては先輩が都度ブロックしたり、私が無意識に突っぱねていたりしたらしい。
そして大半の誠実な男性にとっては高嶺の花。
高嶺の花って三浦先輩みたいな女性のことを指すと思うのだけど。
しかし言われてみて、湖出さんがここで候補に挙げられる理由はわかった。
考えたこともなかったけれど。
……実際、私は湖出さんのことをどう思っているんだろう?
まず仕事の面で尊敬しているし、目標としている人だ。
あと親切だし、話しているととても誠実だと思う。
仕事のすり合わせをする際は必ずこちらの要望を最後まで聞いてくれて、難しい部分に関しては私が納得するまで筋道立てて説明してくれる。
見た目とか話し方に嫌悪感もない。
最近は黒一色のファッションじゃなくなったよね。なにか心境の変化でもあったのだろうか。
黒一色も覚えやすいし見付けやすいから嫌いではなかったけれど。
あと目に表情が出るので、私の提案に目がキラキラしたときは手ごたえを感じて嬉しい。
恋愛感情ではないと思うけれど、わりと好きっぽいな。
こちらが好意を持っていたところで、向こうに持たれてない可能性もあるだけだが。
「先輩は、どうして湖出さんなら私にいいと思ったんですか?」
「徐々に距離が近くなっても石岡ちゃんが自然体だったからかな。あと夫から人柄は聞いているし」
宮山さん情報なら確かに欲目を抜いた情報が手に入りそう。
というか普段家でどんな会話してるのだろう、この夫婦。
交際0日婚とは思えないほど夫婦仲が良さそうなので、心配はしていないけれど。
恋愛しなくても先輩みたいに仲良く暮らせるのなら、それは良い結婚なのだろうな。
「そういう話があったんですよ」
「ああ、確かに三浦さんが言い出しそうな」
先月くらいからオープン前の「テトラムジカ」で「眠りの実験室」限定商品を売り出すための打ち合わせで、湖出さんとは何度か会っている。
今日も需給関係の他社打ち合わせで同席したため、一緒の帰り道に休憩がてら寄った喫茶店で、先日先輩に言われた話をしてみた。
なお宮山さん経由で三浦先輩から、打ち合わせが一緒になったときの帰りは私に付き添うように言われているらしいよ。大変過保護だ。
宮山さんもドライブスルーじゃないんだからそのまま伝えなくてもいいのに。
「私は改めて考えてみたら人間として湖出さんのことが結構好きだって気付いたんですけど、湖出さんはどうです?」
「かなり直球で来ましたね。人間的に好きなのは一緒ですけど、結婚できるかというと考えたことがないのでちょっと待っててください」
そう言って湖出さんはしばらく考え始めた。
入試の合格発表みたいな気持ちだ。
「ああ、これは結論を出す思考じゃなくて、ただの記憶の参照ですので楽にしていてください」
「記憶の参照?」
「例えば結婚を前提にお付き合いをしたとして、いざ結婚となったら、マンドラゴラたちとの生活以上の楽しさを俺が提供できるか、とかですね」
それって……エルムジカの利用規約か!
そうだ、エルムジカの運営開発スタッフとその同居家族はエルムジカをプレイできない。
湖出さんと結婚したら、私はマンドラゴラたちと会えなくなってしまう?
「……三浦さんは石岡さんをしっかり見ている先輩ですけど、ドードーさんのことは伝聞でしか知らないから、マンドラゴラたちを大切に思って、日々楽しく過ごしている姿を知っていたら、俺なんて薦めなかったと思いますよ」
そうか、そういうこともあるのか。
私だって大人だから永遠なんて存在しないと知っている。
いつかは必ずマンドラゴラたちに会えなくなる日が来ることだってわかっていた。
わかっていたけれど、今はまだ無理だ。
エルムジカのサービスが終わるまでは一緒にいるつもりだったのだから。
「俺は、エルムジカを楽しんでいる全てのプレイヤーのことが好きです。エルムジカのために働いてくれる全ての人のことが大切です。だから、そのどちらも満たした石岡さんにそんな顔をさせてしまうようなことはできません」
「私もまだ……マンドラゴラたちと一緒にいたいです」
それでいいよとでも言うように、湖出さんは微笑む。
私は色々と覚悟が足りないらしい。
だけどほっとしたような、少し残念なような、もやっとした気持ちが残っている。
なんだろう。
私は本心では恋愛がしたかったのだろうか?
恋をしたことがないから、手近でしてみようとか、そんなことを思っていたのだろうか。
ただ少なくとも、こうやって同じ場所で過ごす時間に愛おしさは感じていた。
穏やかで静かで落ち着く、そんな空気がいつもある。
この人と会うことが待ち遠しいと思うことだって。
それは、気付かぬうちに慕っていたのだろうか?
そんなことを考えて、じわりと染み出した感情が、こめかみを熱くした。
静かな水面に落とした小石が、いつまでも沈まない。
それだけで、どうして気持ちがこんなに急くのだろう。
「湖出さん」
「はいなんでしょう」
「マンドラゴラたちは大事です。別れることを考えるだけで悲しくなってしまうくらい。だけど同時に、ときどき個人的に会ってお茶などをして、湖出さんのことをもっと知りたいと思うのは駄目でしょうか?」
手綱がどこにあるのかさえわからない感情のコントロールを手放したら、思った以上にすらすらと言葉が紡ぎ出された。
果たしてこれが恋なのか興味なのかはわからないけれど、自分の中になにか変化が生まれたのだから、いつものようにのんびりとするわけにはいかない。
「そんなに面白い人間ではないですよ?」
「私が知りたいんです。今より近くで、仕事相手や目標とする人ってフィルターを外して、あなたを教えて欲しいです」
「……石岡さんは、いつも一所懸命ですね。俺はそんなところをとても好ましく思っています。だから、友達から始めましょう。俺は交際経験がないし、女性に慣れてもいないので、いきなり石岡さんみたいな素敵な人とお付き合いしたらきっと舞い上がって調子に乗ってしまいます」
「男友達すら初めてですから、不慣れなのは私も同じです。友達からお願いします」
今はまだマンドラゴラたちと楽しく過ごしたいけれど、少しだけ覚悟を決めることにした。
いつ別れが来てもいいように存分に楽しんで、まだ経験してない農業もいっぱいしよう。
そして現実でも、このよくわからない感情に振り回されながら冒険してみよう。
勘違いでも、本当の恋だったとしても、今このとき動かなければきっと後悔してしまう。
飛べない鳥なりに一歩ずつ歩いて、新しい景色を見に行かなきゃ。
現実でもゲームでも、私の前にはまだ知らない世界が待ち構えているのだから。
◆◆◆
沈み込んでいた意識がぼんやりと浮かび上がる。
あれ、私どうしていたんだっけ?
確か最初の戦闘をして、もっと奥にと進んだら強いモンスターと接敵して、それで……
「気が付いた?」
私の微かな身じろぎに気付いたのか、ぱたぱたと声の主と思われる女性が寄ってきた。
なんで私はベッドにいるのだろうと思いながら身を起こすと、暗い色の長い髪をポニーテールにした女性が目に入った。
名前が表示されてないということはNPCか。
「ここは……?」
「あなたはプレイ初日で仕事道具をロストして、それを買い直す所持金も持っていないプレイヤーさんよね?」
……そうだ。
焦って道具で攻撃を受けちゃって、その衝撃で持ってた道具が壊れちゃったんだ。
初期の所持金は仕事道具と防具を買ったらもう殆ど残ってない。
少ないけれど減ってないということは死なずに瀕死状態でここに来たのだろうか。
「その通りです」
まさかプレイ初日で詰んでしまうとは。
サービス開始からアップデートを繰り返しつつ4周年を迎えたゲームだから、攻略サイトを見ればなんとかなると思うけど。
「ここはそんな初心者さんを手助けするための場所なの。といってもただの農場だけれども」
農場……強制労働コース?
それでお金がもらえるならやるけどさ。
「あなたは……調香師さんなのね。それならうちの畑の一角を貸して初期スキルのハーブ栽培でハーブを増やしたり、スキルを育てるための調香研究のお手伝いができるわ」
あれ、このNPC、私のステータスを参照してる?
住民NPCじゃなくてシステムナビゲーターなのかな。
「デバイスメニューに農場へ来るためのアイコンが追加されたから確認してね。初期職業がレベルカンストするまでは自由にここに来ることができるの」
促されるままにデバイスのメニューを開くと、確かに見慣れないアイコンが増えている。
「この、ニンジンマークの?」
「パースニップ。それはニンジンじゃなくてパースニップよ」
食い気味に訂正された。
そして何故か妙な圧を感じる。
聞きなれないけれど、野菜の名前なのだろうか。
「パースニップを知らないなら折角だし、さっき出来上がったパースニップのポタージュを飲んでいって」
そう言いながら白い指揮棒みたいな杖を取り出して、一振りする。
しばらくするとドアが開き、赤いリボンをつけた白くて細長い、二足歩行の根菜たちが、おぼんやベッドテーブルを運びながら部屋に入ってきた。
え、なに、モンスター?
「運んできてくれてありがとう」
モンスターだけど危険はない、のかな?
根菜たちはもくもくとテーブルを準備して、私の前にほかほかと湯気が立つ、白いポタージュが並べられた。
おいしそう……ここに置いたってことは食べていいんだよね。
「えっと、それじゃあいただきます」
わあ、甘い!
なんだろう。舌触りや雰囲気はヴィシソワーズに似てる気がする。
でも初めて食べる味だ。
「すごく、おいしいです」
「それは良かった。今料理を運んできたこの子たちはパースニップ・マンドラゴラ。色々お手伝いをしてくれる私の大切な家族よ」
マンドラゴラと暮らしているって、随分変わった設定のNPCだ。
ただのナビゲーションなら、そんな設定いらないと思うのに。
あれ?
ポタージュを完食したら、妙に体に力がみなぎるような……
状態異常、ってことはないと思うけれど、念のためステータスをチェックすると「一定時間自動回復」という文字が目に入った。
「うちのパースニップは特別なのよ。全部食べたから、もう立ち上がれるくらい回復してるかな」
言われた通り、さっきまでの体の怠さを感じない。
もしかしたら死にやすい初心者が瀕死になったら無料で回復してくれる施設なのかな。
それだとだいぶ助かる。
「ちょっと休んだら、まずはうちで新しい仕事道具を調達しないとね。調香瓶なら鍛冶場の子にお願いするか。あと防具もボロボロだったから裁縫部屋にも行こう」
「え、道具も? ここで?」
「言ったでしょう? ここは初心者さんを手助けする場所だって。パースニップ・マンドラゴラと私であなたをサポートするから安心してちょうだい」
情報量が多過ぎて理解できているのかわからないけれど、現状を考えれば今は甘えるしかなさそうだ。
言動を見ると本当にサポートのようで悪いNPCではなさそうだし。
そういえば、彼女の名前を聞いてない。
「えっと、あなたの名前はなんですか?」
「そうだった。すっかり後回しになってたわね。私は、パースニップ専門で農場をやってるドードーよ。兼業で初心者サポートNPCもやってるけれど」
まだ始めたばかりでそんなにNPCとは接していないけれど、このドードーさん、かなりアクが強い気がする。
兼業でサポートNPCやってる、なんてメタ発言する辺りとか。
一抹の不安を感じながらも彼女が差し出した手をとった。
私の手を力強く握るドードーさんの手は思ったよりか細くて、温かい。
なんだか大変だけど素敵な日々が待っているような、そんな予感がする。
「短い間だけどよろしくね、初心者さん」
周囲のお膳立てが上手く機能しない2人。




