楽器のない世界
今日はマルファとミリアが農場に遊びにきた。
どうやらマルファの要観察期間が無事に終わったようだ。
マルファは早速「黎明」と「昼の月」の狩猟チームと連れだって意気揚々と中庭(仮)へと出掛けていった。
また肉が増えるのか。
マルファが狩った分は孤児院に持ち帰らせるけれど。
ミリア曰く、夕食に肉が出る日は男の子たちの争いがすごいとのこと。
獲れたお肉まるごと持って帰れば喧嘩もおきないよね。
女の子が争奪戦に参加する可能性もあるけれど。
成長期はみんなタンパク質大事だしね。
私はミリアが歌いながらテーブルクロスに刺繍をしている横で、図書館から借りてきた精霊様に関する本を読んでいる。
どの本からも大して得るものはないけれど。
なんだろう、神話が存在しない世界の信仰ってふわっとしてる。
精霊様は万物に宿り、天と地の精霊様がそれをまとめている。
禁足の地に精霊様がいらっしゃる。
それくらいの話しか出てこないのだ。
陰謀論じゃないけれど、意図的に隠されている気さえしてくる。
やっぱり権力者に会わないとだめなのかな。
確実に情報持ってるとかじゃないなら行きたくないけれど。
夕方になるとマルファたちが獲物を抱えて戻ってきた。
鹿と鳥とウサギか。
今日はお泊まりで明日も狩りに行くだろうし、鳥とウサギは夕飯かな。
ちょうど刺繍されたてほやほやのテーブルクロスもあるから今日の夕飯は発表会みたいだね。
ラパンのシチューを楽しみながら、マルファがふとこんなことを言いだした。
「そういえば『昼の月』が持ってる、あの音が出る道具って武器なの?」
「あの子たちが持ってるなら武器じゃなくて楽器だけど」
マルファはそれを聞いて首を傾げる。
はて、なにかおかしいな。
なにかしらの齟齬がある。
「楽器って、知ってる? 色々な方法で音を出して、曲を奏でられる道具」
ぶんぶんと大きく首を横に振ったので、視線をそのままミリアに移す。
「私も知らないです」
ここに来たばかりの頃、畑で楽器を鳴らしたら驚くだろうと思って2人が驚かなかったのを、歌いながら仕事することに疑問を持たない文化だからと結論づけたけど、あのときは楽器を農具だと思っていた?
楽器、そういえばマンドラゴラたち以外で楽器を持った人を見たことがない。
教会にはオルガンのひとつも存在しなかった。
歌はあるけれど、楽器が存在しない世界?
エル「ムジカ」なのに?
ではどうして、鍛冶場の子は楽器を作れたのか……人間たちが知らないことをマンドラゴラが知っているならば、正体不明の畑の住人の影響が考えられる。
楽器はかつて世界に存在して、後から取り上げられた?
もしくは最初から人間にはもたらされなかった?
どちらにしろ、影響力がある存在が関わっていそうだ。
この世界に存在しない楽器が、ここには沢山ある。
大型のものはないけれど、ちょっとした吹奏楽団レベルだ。
畑で楽器を奏でていたのはいつも昼間。
それなら夜に楽器を奏でて、大地の歌を使ったら?
試すだけなら大した労力じゃない。
早速今夜試すことにしよう。
生き物は眠りにつく時間だけれども、この農場はご近所さんもいないので迷惑になることもないだろう。
子供たち2人は眠たそうにしながらも、なにをするのか見てみたいというので屋外の椅子に座ってもらっている。
静かな夜に響き渡らせるように、農場全体に言葉を染みこませるように、歌い始める。
マンドラゴラたちも歌に合わせて楽器を奏でた。
やがて地面がうっすらと光を帯び、星の海を映した水面のような輝きを放ちはじめる。
それと同時に只者ではない存在感を周囲にまき散らす。
彼の人が目を覚ました!
直感的にそう思う。呼び出しに成功したようだ。
光が収束するように人の形を取り始め、ゆっくりとその姿を現し出す。
全く知らない人だけれど、彼の右腕に見覚えがある。
縄文時代の刺青のようなトラディショナルな模様が入った右腕。
いつか教会で見た石像と同じものだ。
「……あなたは、地の精霊様でいらっしゃいますか?」
私の問いに、豊かなヒゲを撫で、にかりと笑って彼の人はこう応える。
「然様」




