余った肉とお客様
「うーん」
冷蔵庫を開けると、猪肉と鹿肉がみっしりと詰め込まれている。
どうやら「黎明」と「昼の月」の狩猟での連携はかなり上手くいっているようで、消費しきれない量の毛皮と肉が溜まってきた。
相変わらずマンドラゴラたちはセーブするという概念を知らないと見える。
肉はフレンドや街の人におすそ分けして、毛皮は革職人のアルビダさんに売れるかな?
収穫としては解体で出た内臓が超高級肥料に化けたことくらいか。
うちだと使わないからこれは取引所行きだけれども。
調理場の子たちも日々肉料理を作ってくれるけれど、マンドラゴラたちはそんなに食べないしねえ。
とりあえず冷蔵庫が空になるまで狩猟を控えるように伝えて、加工なり譲るなり売るなりしないとだめだな。
なおちょっと思い付いたので、大豆を買って、肉を触媒に品種改良してみたけど畑の肉にはならなかったよ。
やたらマッチョな見た目の大豆にはなったけど。
うちの畑で育てたらジャックと豆の木みたいになりそうだったから、怖いしそっと売り払った。
『そういうことなら、私が買いましょうか?』
フレンドにおすそ分けの話を持ち掛けると、速攻で返事がきた。
『パティシエールだから料理でそんなにお肉使わないでしょ?』
『自家消費もしますけど、転売許可がもらえるなら料理人ギルドの取引所に出そうと思いまして』
『そっちで肉って不足しているの?』
『不足はしてないんですが、オータムアリアの狩人が出品する獣肉って足元見られてるのかとても高額で、初心者が肉料理の練習をしたくてもしにくい環境なんです』
『そういうことなら大歓迎。どんどん定価で売っちゃおう。でもどうして転売なの?』
『獣肉の出品がスプリングポップのプレイヤーからあるよりは、サマーソウルのプレイヤーからあるほうが自然ですから』
失念していた。
そういえばここってオータムアリアから一番遠い地域だ。
というか言ってないのにさらっと出所に気付いてますね。
アカリちゃんから聞いたのかな。
『結構多いけどどうやって送ろうか。何回分割が必要かな』
『それでしたら、そちらに伺ってもいいですか? アカリちゃんとそろそろ一時帰宅の頃合いかなって話してたので、付いていって挨拶に行こうかと思っていたところなんです』
『それは是非!』
いやちょっと、ゲーム中とは言え、会えると思うとテンション上がっちゃう。
初めてのフレンドさんがここに遊びに来るなんて、すごい、コミュニケーション満喫してる人っぽい。
私のテンションにちょっと引いている雰囲気だったけれど、とにかく初めてフレンドが遊びにきてくれるのだから、頑張って歓待しよう!
「はじめましてロワールです。いつもアカリちゃんにお世話になっています」
ちょっとはりきりすぎた歓待ムードに押されながらも遊びに来てくれたロワールさんが挨拶してくれた。
いやだって、歓迎したくなるじゃない。
鍛冶部屋マンドラゴラたち渾身の調理器具や、裁縫部屋マンドラゴラたちお手製のドレスコックコートとかラッピングして部屋に積み上げたりしたくならない?
ロワールさんはコーラルピンクの髪をゆるやかな三つ編みにしていて、にっこり笑うとかなり幼く見えるけれど、歳は私とあまり変わらないらしい。
リアルでは今大学生で就職活動中らしいよ。
早速キッチンへ案内すると、設備の充実度に驚かれた。
もはやマンドラゴラたちばかりが使っているので宝の持ち腐れだ。
それから冷蔵庫をチェックして、払う払わないの押し問答をする。
私は譲渡で良いのに、ロワールさんは買い取ると言うから。
結局定価の8掛けということで落ち着いたけれど。
私にお金を支払うと、ロワールさんはその場でぽんぽん出品し始め、あっという間にお肉は捌けていった。
「料理人ギルドの取引掲示板は活発ですしね。狩人に見つかる前に捌けて良かったです」
「これで練習しやすい環境に近付くといいですね」
「同業のライバルは多いほうが燃えますからね」
手土産にいただいたスフレケーキをいただきながらお茶にする。
作った本人を目の前にして食べる高級デザートはよいものですね。
「サマーソウルを出たのは初めてですけど、スプリングポップっていいところですね。気候も穏やかですし」
「今、街に鉄道を作るクエストが進行中みたいなので、完成したら気軽に行き来できますよ」
「そうですね。でも、最近こちらの農家さんたちが色々作ってるって聞いて、サマーソウルとスプリングポップの境目辺りに店を移転するのもありかなあと思い始めてきました。そもそもサマーソウルはレストランが多いから修業のために選びましたけれど、店を持った今なら農家さんとの繋ぎを増やしたほうがいいかと思いまして」
確かにサマーソウルはレストランが多い。海産物が豊富な海があり、スプリングポップとオータムアリアからの食材が一堂に介する土地柄だからだ。
その分料理人同士の競争も激しそうだけれど。
「スプリングポップなら、今なら料理人はまだ誰も手を出してない新しい作物があるし、きっとドードーさんも直接仕入れさせてくれるでしょう?」
「ロワールさんなら半値フレンド価格でいいですよ」
近くに店できたら頻繁に買いに行けるし。
ポルカの街は発展してきたけど、スイーツの専門店ってまだないのよね。
境目と言わず是非ポルカの街に出店して欲しい。準備の資金なら私が出すから。
「それに、近いほうがアカリちゃんも里帰りしやすいですし」
「……ロワールさん、本当にアカリちゃんを大切にしてくれてありがとうございます。もしアカリちゃんがここに帰らずにずっとロワールさんと居たいと言ったら私は快く送り出すつもりです」
多分ここに帰ってくるより、アカリちゃんはそっちのほうが幸せなのではと思ってる。
だって端から見ても仲がいいのは手に取るようにわかるし。
「私もアカリちゃんが望むなら、ずっと一緒に切磋琢磨していきたいです。でもそれはもっと私たちの交流が深くなってからまた話しましょう。今はまだそのときではないと思うんです」
「そうですね。もっと私たちが仲良くなってからでも遅くはない話です」




