精霊と歌
「そういえばクリエさん、見習いのお針子さんを募集しているところを知りません? すぐじゃなくてもいいんですけど」
「先日の熱心なお嬢さんですか? そうですねえ、最近は産業革命特需で人手不足ですからどこでもいけると思いますが」
裏路地にあるこの店はそこまで忙しくはなってないみたいだけど、確かに大通りの店は随分繁盛していたな。
染料がだいぶ出回って、プレイヤーの要望に細かく応えられるようになったみたいだし。
「できれば落ち着いてゆっくりできる店がいいですね。歌いながら針をキラキラさせて楽しそうに縫い物をしていたので」
「ほう?」
ミリアに孤児院から出た後お針子になりたいと聞いているのは本当だけれども、これはただの探り。
2人を預かってからどうにも、エルムジカの住人と歌の関係が気になるのだ。
今クリエさんが私の言葉で少し表情を変えたので、誰もが仕事中に歌うわけではない、という予測をする。
「あのお嬢さんは、まだ数年は孤児院に?」
「ええ、でも私が引き取ることも考えています。住み込みじゃなくてもうちからポルカに通えますしね」
目下の問題は我が家のご飯の材料バリエーションが少ないくらいで、それにさえ目を瞑れば引き取って毎日満腹にさせるくらいは余裕だし。
「それでドードーさんはなにをお知りになりたいんですか」
あらバレバレ。
大根役者の自覚はありますけれども。
「では本題ですが、ミリアの歌に合わせて光っていたのは、精霊様ですか?」
「ええ、恐らく針と糸の精霊様ですね」
クリエさんは別に秘密でもなんでもないですが、という前置きとともに精霊様のことを教えてくれた。
万物に宿る精霊様に人は歌を捧げて祈っていること。
だけど捧げるための正しい歌を生まれながらに知っているわけではなく、修業の果てに辿り着くこと。
辿り着き、更に加護を得られるのはごく一部であること。
「はっきり言えば、あのお嬢さんは天才ですよ。いずれ見習いとなるなら、才能を伸ばせる店を選ぶことをお勧めしますね」
「心得ました」
「才能もありますが、こんなに早く花開いたのはドードーさんのお宅に滞在していたせいかもしれません」
はて、なんだろう。
マンドラゴラ効果?
「納品いただいているパースニップから、精霊様の気配がいつもしますので。作物に残るくらいなら滞在して受ける影響がないとは言えないでしょう」
ああ、土のほうか。まだ暫定だけど。
イチゴを育てるために畑に出ていたから、確かに影響は出ているかもしれない。
一度ちゃんと調べてもらったほうがいいのかな土。
どちらに頼めばいいのかわからないけれど。
「精霊様の気配って誰でもわかるんですか? 私は全く感じられないのですが」
「そうですね……強い影響を受けすぎてて麻痺している人と、全く感度がない人もいますが、私だって普段より強い気配を感じたときにしかわかりません。聖職者や魔術に関わる人間は感じやすいと聞きますね」
そうなると教会に行けばいいのかな。
どうせこの後、寄付と差し入れに行くからちょうどいいね。
また修道女さんの微妙な視線を受けながら寄付をする。
今まではインゴットが重いから変な目で見られてると思っていたけれど、もしかして聖職者だからインゴットそのものから妙な気配を感じていたのかもしれない。
その足で孤児院へと赴くと、外で遊んでいた子供たちの中にマルファがいて、駆け寄ってきてくれた。
「ドードーさん!」
「いい子にしてたかな? マルファとミリアのイチゴを持ってきたよ」
「昨日も今日もめちゃくちゃいい子!」
自己申告が強い。
うちに来た当初に比べたら格段にいい子になったのだろうとはわかるけれど。
うちに遊びに行くことをすぐ許可されたミリアと違ってマルファは前科がありすぎるため経過観察中とのことなので頑張っていい子を継続して欲しい。
ミリアもマルファが許可されるまではうちに遊びに来るのは我慢するらしいし。
「ドードーさんいらっしゃい」
外の騒ぎを聞きつけたのか、建物の中からデボラ先生がやってきた。
働き盛りといった年頃のたおやかな女性だが、なんというか只者じゃないような不思議な雰囲気を持っている。
「お世話になっております。差し入れを持ってきました」
「いつもありがとうございます」
「あと、少しお知恵を貸していただきたいことがありまして、相談にのってくださいな」
面会室で私が話し終わるとデボラ先生はにっこり笑ってこう言った。
「お断りしますわ」
「まあ、そうですか」
「断ったのに残念そうじゃありませんね」
デボラ先生にはなんとなく断られるような気がしていた。
多分預かっていた子供たちを迎えにきた際に、気配に気付いていたと思うし。
「反応が見たかった、という部分もありますので。うちの農場に住んでいる方はきっと偉い方なんでしょう?」
私はうちに潜む精霊様の正体をつまびらかにしたいというわけではない。
ミリアの才能が、うちの土と触れあったことで開花した、という可能性について考えたかっただけだ。
「そうですね。あれは一介の修道女が調べるには手に余るものです。きっと一握の土でさえ、目の前にあれば畏怖せずにはいられない。ドードーさん、貴女はあそこでなにをしたんですか?」
「土を耕し種を蒔き、毎日のように歌っただけです。私が知っている大地を讃える歌を」
「それは……さぞ居心地良く過ごされておられるのでしょうね」




