服と装備と針子の歌
「アタシも狩りしたい!」
マルファが部屋に飛び込んできて早々そんなことを言い出した。
どうなの? とマンドラゴラを見遣ると、問題なさそうな素振りをしている。
マルファの弓になかなかの才能を感じると。
2人が来てから数日が経ち、文字を読むほうは大体問題ないレベルになっているし、書く方も日々上達中だ。
外に出したとしてもマンドラゴラの指示が読めるようになっているから従えば安全だと思うけれど、うーん……
「装備はそれでいいの?」
ワンピースとエプロン姿じゃ流石に狩りに適さないと指摘する。
マルファもマンドラゴラたちも、これじゃ駄目かもと騒ぎ始めた。
「じゃあ裁縫部屋からミリアを呼んできて。ちょっと早いけれど、街に新しい服を見に行きましょう」
普段孤児院から街に外出するのかと聞いてみたら、教会周辺と大通りくらいで行ったことがないエリアもあるとのことだ。
クリエさんの店は奥まっているから行ったことのないエリアになるのだろう。
店に入り、最近午後になると裁縫部屋に入り浸っているミリアは周囲を見回して感嘆の声を上げた。
以前は見かけなかったうちの染料を使っている服が陳列されているが、染めムラは皆無でやはりプロの仕事を感じる。
「いらっしゃいませドードーさん。その子たちが例の?」
「そうそう。ちょっと見立てをお願いしたいのですよ」
「うちの店に子供服はそれほど種類がないので……オーダーメイドは入用ないですか」
「クリエさんに余裕があればお願いしたいですが、取り急ぎ既製服ですね。こっちのマルファが狩猟を習うので動きやすい服を見繕ってください」
クリエさんはマルファを一瞥し考え込む。
頭の中で店の在庫を照合していそうだ。
「効果付与は?」
「今は自動回復のバンダナを着けさせているので、防御や体力が上がるタイプがいいですね」
「そちらのお嬢さんは?」
「ミリアは……ってミリア、商品をそんなに間近で眺めちゃ駄目。汚してしまうよ」
顔がくっつきそうな距離で服を眺めていたミリアを慌てて引き離す。
大人しいのに、興味を持ったものに対しては周囲が見えなくなるようだ。
「すみませんクリエさん。ミリアは針仕事に興味があるみたいで」
「それならお針子が使う手甲付きの服がいいかもしれませんね。右利きなら左腕の手甲に針山を乗せて作業できるんですよ」
「ドードーさん、私それがいいです! あとクリエさんの作業を見せてもらってもいいでしょうか」
こんなに積極的なミリアを見るのは初めてだし、私からもお願いしておこう。
うちのマンドラゴラから学べないプロの技術を見るのって大事だと思うし。
「クリエさん、邪魔になるようなら追い出していいので、ミリアに作業を見せてもらってもいいですか?」
「大丈夫ですよ」
クリエさんの作業を待つ間、マルファと一緒にアルビダさんの店に赴き、斜面でも踏ん張りがきく靴を見繕ってもらう。
アルビダさんの店に来るのは久し振りだけど、油が定期的に届くので買い忘れがなくなったと豪快に笑っていた。油以外は大丈夫なのだろうか。
あと、弓をやるならこれが要る、と革の胸当てとフィンガータブを勧められた。
マンドラゴラと違って人間は色々装備が必要なんだな。
街で概ね装備が揃ったので、人命第一でマルファを中庭(仮)に送り出すことになった。
なお子供たちに中庭(仮)のことは広くて獣が出る裏山と伝えてある。まさかオータムアリアに行っているとは思わないだろうし。
2人とも、そろそろなにか技能を得るのかなあ。
残り半分くらいになったクエスト期間を思い出して、少し寂しくなる。
今日くらいはミリアがいる裁縫部屋で一緒に小物でも縫っていようかな。
そんなことを考えて向かうと、裁縫部屋から歌声が聞こえてきた。
囁くような優しい歌声だ。
『朝を織るのは白の糸 刺し刺して染め上げる
昼を織るのは赤の糸 糸紡ぎ長く繋げていく
夜を織るのは青の糸 重ね合わせ縫い止める』
裁縫部屋を覗き込むとマンドラゴラたちも歌うように葉を揺らしていた。
そして歌に合わせてキラキラとミリアが運ぶ針と糸が光っている。
――タウンクエスト「職業実習」の成功条件を満たしました――
アナウンスが流れなくても多分わかった。
だって今のミリアは、ここに来たときとは全く違う顔をしている。
きっとクリエさんの作業を見学することでなにかを掴み得て、自分のなりたいものが決まったのだろう。
その道について私はなにも教えられなかったけれど、道を探す手伝いはできて良かった。




