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第13話 フェミニストな攻略対象

 結果的に私は雪柳君に薦められた『魔法少女エリカちゃん』にまんまと嵌った。子供アニメだからと言って嘗めてはいけない。良作だ。試しに録画した筈が、気付けば今まで放送されていた分もパソコン配信で全部見てしまった。DVDも揃え、グッズにも手を出してしまっている始末。

 先日はベッドの枕元に二百円くんと樋口さんしか居なかったのだが、今は自宅警備員や海賊の格好をしたらびにゃんのぬいぐるみ等も並べられている。

あれだけ不気味だ不気味だと言っておきながら私の部屋はお嬢様らしかぬオタクの部屋へとまっしぐらに突き進んだ。両親に咎められていないのが救いである。


「くっ…… ご当地らびにゃんだと?」


 土曜日朝九時二十五分。リアルタイムで『魔法少女エリカちゃん』を見るのが日課になった私は今日も五分前にテレビの前で正座待機。勿論録画もしている。

九時半から約三十分間、真剣に『魔法少女エリカちゃん』に没頭するのだ。三十分はあっという間だ。あまりにも早すぎてアニメはどうしてドラマと違って三十分なんだろうと思ってしまう。子供の集中力がないから長く見続けられないとかそんな理由だろうか。

 

 今日も良い内容だったとしみじみ感じながら次回予告まできちんと見る。次回も面白そうな内容で早く続きが見たいなと思った矢先、公式から突然新しいグッズのお知らせに思わず独り言が口から漏れてしまった。仕方が無いだろう。ご当地限定らびにゃんキーホルダー発売とか……。これは日本全国周らないといけないフラグである。

 しかし学生である私にそんな時間はない。華京院家に仕える執事さんに頼んで…… なんて一瞬考えたが、私の趣味の為に全国に遣わすとか出来ない。一番有力なのはやはりネットオークションか……。なんとしてでも全種類揃えてやる。コンプリートしたい。

 シリーズ物を一つでも買ってしまうと揃えたくなるし、漫画やDVDは例え友人から途中まで借りたことがあったとしても、途中から買わずに全巻揃える派だ。だからご当地らびにゃんも買うからには揃えたい。コレクターの血が騒ぐ。

 そんなわけで私はご当地らびにゃんコンプリートに闘士を燃やすのであった。



──ふっふっふ。東京35種、埼玉2種、千葉2種、神奈川7種制覇だ。


 地道ではあるが、着々と集まりつつあるご当地らびにゃん。関東で一番種類の多い東京のご当地らびにゃんをつい先日の週末に制覇した私の機嫌は良い。週初めの月曜日でいつもなら憂鬱であるが、今日は気分爽快である。午前の授業中、私の頬は始終緩みっぱなしだった。浮かれ過ぎていた。そう、気を抜き過ぎていたのだ。


 お昼休みにトイレに行った帰りもルンルン気分でスキップをしながら廊下の曲がり角を曲がったのだが、それがいけなかった。誰かとぶつかって身体に衝撃を感じ、よろける。そのまま後ろに倒れそうになったところを恐らくぶつかってしまったであろう人物に強く腕を引かれた。


「す、すみません。ありがとうございます」

「怪我はないかい? マドモアゼル」

「…………」

「もしかして、どこか痛む? それは大変だ。俺としたことがこんなにも美しくて可愛い天使に怪我をさせてしまうなんて。保健室まで付き添おう」

「い、いえ……。手を引いてくれたおかげで怪我していないので大丈夫です。ありがとうございました」


 ──やばい。とてつもなく面倒臭いのにぶつかってしまった。


 今の今まで彼とは学年が違うから接触することはほぼなく、加えて私が警戒していれば大丈夫だと思っていた攻略対象。

 マルベリー色のミディアムヘアを下髪は残し、後ろでゆるくお団子にしてラフにまとめた髪型。イエローサファイアのように輝く瞳。長身ですらっとしたモデル体型。確か実際にモデル業をしていた気がする。女の子大好きなフェミニスト。それが(たちばな)玲生(れお)だと前世の私は記憶している。お砂糖たっぷりの甘い台詞を恥ずかしげもなく吐くキャラクター。顔が美形でなければとんだ勘違いナルシスト野郎である。


 ゲーム上で聞き慣れた声で臭い台詞を実際に自分が言われるとは……。鳥肌が立った。マドモアゼルってなんだ。美しくて可愛い天使ってなんだ。……寒い。寒過ぎる。


「レオ〜。彼女、怪我もないみたいだし、早く行こうよ〜」

「お昼休みが終わっちゃうわ」

「ごめんね、天使達。待たせてしまって」


 もはや彼の通常装備になりつつある女子生徒達が痺れを切らしたのか、彼の両腕や腰にまとわりついて急かす。どうぞ早くそのフェミニストをお引き取り下さい。むしろ一刻も早くここから立ち去りたいので私が退散しよう。そうと決まれば軽くお辞儀をしてそそくさと横を通り過ぎるが後ろから彼に呼び止められた。


「待って! 俺は2年A級普通学科A組の橘玲生。よろしくね、エリカちゃん」

「っ?! どうして…… 私の名前……」

「そりゃあ有名だからね。色々と噂は聞いてるよ。あの蘇芳葵の寵愛を受けているマドモアゼルって。一体どんな手を使って彼のハートを射止めたのかな? 是非俺にもレクチャーしてもらいたいよ」

「し、知りませんし、レクチャーなんて出来ませんっ。失礼します!」

「それは残念だな。また会おうね、エリカちゃん」


 私は今度こそ足早に逃げた。

……まさか名前を知られていたなんて。いや、分かってはいた。これも全て葵君せいである。私まで有名人だ。


 寵愛で済むならまだ良かった。寵愛とは特別に大切にして愛するという意味だ。

そんな愛する人物に普通フォークを投げつけますか? 

 答えは否だ。

葵君が私に向ける愛はどんどん歪んで来ている。


──私がレクチャーをしたらこのフェミニストもヤンデレになるのだろうか?


 ヤンデレ属性ではないから大丈夫だろうけれど。そもそも葵君が特殊なだけで、私は特にこれといって彼がヤンデレになるような言葉を掛けたつもりは一度もない。彼にヤンデレを回避してもらいたかったのに何故かそれが裏目に出たのだ。解せぬ。


 そして最後の台詞は何だ。また会おうとか……。出来ればもう関わりたくない。正直私は橘玲生のようなタイプのキャラクターが好きではない。1人の女の子を大事にしてくれる一途で少し高圧的な俺様キャラクターが好きなのだ。長身で黒髪だと尚良い。


 これで私が出会っていない攻略対象はあと1人になってしまった。残る1人は以前説明しが、まだこの学園にいない。いつぐらいに編入して来るのか覚えていない。多分二学期の始め辺りではないかと見込んでいる。尤も、ひなたちゃんに聞けば1発で分かる事柄だ。


 ……疲れた。折角ルンルン気分だったのにあのフェミニストとエンカウントしたせいで午後は憂鬱な気分だ。癒されたい。早くらびにゃんのぬいぐるみに埋もれながら眠りたいです。

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