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ドラゴの子  作者: わる
第一幕 - プロローグ:空から落ちてきた少女
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第5話「一つの名前と二つの魂」

 ミッコの家は、ジュージューと焼ける魚と、古い木の匂いがした。「お祝い」にしては、奇妙なほど静かで、その沈黙を破るのは料理の音と、まるで自分の家のように仕切るダイアンヤの威勢のいい声だけだった。ミッカはテーブルからその様子をじっと見ていた。レグルスとかいう人の誕生日パーティーなのに、いるのは三人だけ。記憶のない頭では、お祝いの理屈が溶けていくようだった。


「あの…もっとたくさんの人がいるのかと…」と、ミッカは小鳥のさえずりのような声で尋ねた。


 ダイアンヤはカッと腰に手を当てて振り返った。「レグルスが?あんな付き合いの悪いヤツに友達なんて、あたしたち三人くらいのもんよ。あんた入れて、四人になったけどね。」


(四人?)数字が合わない。


「ああ、そうそう」と、ダイアンヤは彼女の心を見透かしたように付け加えた。「テセウキがもうすぐ来る。五人目のメンバーよ。」


 まるでその言葉が呼び水になったかのように、家の外からワイワイガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。片方の声は「誕生日を祝うの、別に問題ないだろ!」と主張し、もう片方は「こんなことで時間を無駄にする必要はない」とブツブツ文句を言っている。


 バタン!と、勢いよくドアが開け放たれた。


 最初に飛び込んできたのは、無理やりの笑顔で「サプライズだ!」と叫んだ少年だった。深い緑色のオーバーオールに、額にはバンダナ。その青い瞳は落ち着きなくキラキラと輝いている。そのすぐ後ろから、ズカズカと足を引きずるようにして、文句の主が入ってきた。黒くツンツンと尖った髪、白いシャツの上にベスト、そして刺すような赤い瞳。彼は、不本意そのものを体現しているようだった。


「だから、これは時間の無駄だと…」ベストの少年は、ピタッと固まった。体全体が、石になったかのようにこわばる。


 その赤い瞳が、ミッカに釘付けになっていた。


 彼女はその視線の重みを感じた。ただの好奇心ではない、何かを解き明かそうとするような、強烈な眼差し。彼女は自分の手元に目を落とした。片手には魚の濡れた尾、もう片方には、無残にも別の魚の頭が突き刺さった包丁が握られている。


(なんで、あんな風に見てるの?このお魚のせい?)


 ダイアンヤがミッコのほうへ身を乗り出した。「あらら、固まっちゃった。」


 ミッコはコクンと真面目な顔で頷いた。


「おい、レグルス?聞こえるかー!」バンダナの少年――テセウキが、友達の顔の前で指をパチンと鳴らした。「なんでフリーズしてんだ?」


「ち、違う…お、俺は…」レグルスはどもったが、その視線はミッカから離れない。


 恥ずかしくなって、ミッカは持っていた魚の後ろに顔を隠そうとした。そのせいで、包丁に刺さっていた魚の頭がバランスを崩す。それは濡れた放物線を描いて宙を舞い、べちゃっという湿った音を立ててレグルスの額に命中した。


 後に続いた沈黙は、重苦しく、そしてどこか滑稽だった。


 一通りの自己紹介が済み、家の空気は変わっていた。誕生日の主役であるレグルスは、料理から、そしてミッコと話すミッカから、視線を行ったり来たりさせている。その顎のラインが、ギリッと引き締まっていた。


 それに気づいたダイアンヤが、彼に近づく。「安心しなさいよ。あいつら、どっちかっていうと兄妹みたいなもんよ。」そして、全員に聞こえるように声を張った。「そうでしょ?」


 ミッカは突然の問いかけにパチパチと瞬きをしたが、ミッコはニカッと笑った。「そうだ!俺に妹ができたんだ!」


「違うっつの!」ダイアンヤが即座に切り捨てた。「どう見たってあんたの方が年下でしょ。あんたが『弟』!ミッカのこと、『姉ちゃん』って呼びな!」


 レグルスはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、落ち着かない様子は変わらない。彼は不意に、低い声でミッカに言った。「君は…」その声は、先ほどまでとは少し違って、丁寧な響きを持っていた。「ここの人間ではないな。『空の民』か?」


 空気が、シンと凍りついた。


「な、なんで…」ダイアンヤが息をのむ。


「雰囲気が違う。肌も、髪も。俺の知るどの村の人間とも違う」彼の理屈は、反論の余地がないほど真っ直ぐだった。


「で、どうするつもり?」ダイアンヤが挑むように尋ねる。


「何もしない。今のところはな。」


 その緊張を破ったのは、テセウキだった。口いっぱいに魚を頬張りながら、彼は言った。「え、ミッカって『空の民』だろ?俺もそう思ったぜ。」


「「違う!!」」ミッコとダイアンヤがパニックで叫んだ。ミッコがちらりと見ると、驚いたことに、レグルスまでがテセウキに向かって静かに首を横に振っていた。言葉のない合意が、彼らの間に生まれる。秘密は今、四人のものとなった。


「そういえば、さっき…」と、ミッコは森でのバジリスクとの遭遇を打ち明けた。


 レグルスとダイアンヤの表情が、一瞬で険しいものに変わる。「バジリスクに会っただと?なんで先に言わないんだ、このバカ!」とレグルスが唸った。


「あ、あの、彼、怪我を…」ミッカが助け舟のつもりで言った。最悪のタイミングだった。


 二人はミッコにワチャワチャと群がり、無理やり服をめくって怪我を探し始めた。「こういうのが嫌だったんだよ!」ミッコが悲鳴を上げる。


 その騒ぎの最中、テセウキがミッカの隣に腰を下ろした。


「過保護だろ?」


「少しだけ」と彼女は微笑んだ。


「俺たち、あいつにはああなんだよ。あんたももう『姉ちゃん』なんだから、すぐに慣れるさ」彼はため息をついた。「ダイアンヤが一度言い出したら、長いからな…」


「どうして?」ミッカは、好奇心に駆られて尋ねた。「どうして、あんなに…」


 テセウキは、仲間たちに優しくされているミッコに目を向けた。「ミッコが10歳の時だ。あいつの両親が…ぷっつりと、消えちまったんだ。それで、あいつは寺にも、他の家にも行きたがらなかった。だから俺たち三人は誓ったんだ。何があっても、俺たちであいつを守るってな。」


 その言葉は、ミッカの心に静かに、だが重くのしかかった。彼女はミッコを見た。もう、ただ元気なだけの少年には見えなかった。


「あなたは、良いお兄さんなのね」


「だといいけどな」と彼は答えた。「俺、もう18だし。レグルスとダイアンヤは16。で、君は…」彼はミッカを吟味した。「16か、17ってとこだな。」


 夜が更け、宴の熱気が冷めていく。三人が帰ろうと立ち上がった時、レグルスが戸口で足を止め、振り返った。その顔は月明かりの下で真剣だった。


「ミッカ」


 名を呼ばれ、彼女はビクッとした。


「明日、大長老グランエルダーに会いに行け。他の連中に嗅ぎつけられて面倒なことになる前に、さっさと話をつけろ。」


 彼の言葉は、命令だった。笑い声と秘密を分かち合った夜は、冷たい警告で幕を閉じた。彼女はまだ、この場所では異物なのだと。そして明日が、すでに新たな試練を運んできているのだと、彼女は悟った。


_________________________________________________



 神殿への道は、ただの階段ではなかった。山の側面を削って作られた、壮大で曲がりくねった坂道だ。村人たちがテクテクと行き交い、その声が巨大な洞窟の中にガヤガヤと響いている。ミッカは、その岩に溶け込むように造られた建造物の壮大さに目を奪われ、自分の小ささを感じていた。


 やがて頂上にたどり着くと、神殿の入り口へと続く広い中庭が広がっていた。そこには、肩まで覆う赤い頭巾を被った衛兵たちが、落ち着いた、しかし疑う余地のない権威を漂わせながら立っていた。ミッカは前日、村で見かけた彼らを、今、正面から見つめていた。


 衛兵の一人が、人の好さそうな笑みを浮かべてミッコに手を振った。


「おお、ミッコじゃないか! 宮への届け物か?」


「今日は違うんだ」ミッコは、ミッカが滅多に見ないほどの敬意を込めて答えた。「俺の…ええと…姉さんを大長老様に会わせに来たんだ。」


 もう一人の衛兵が近づき、その視線がミッカに注がれる。「姉さんだと?」と、彼は少し眉をひそめた。


 ミッコがためらう前に、ミッカは一歩前に出た。「はい。私が、この子の姉です」その声には、自分でも驚くほどの固い意志がこもっていた。


 ミッコはほとんど聞こえないため息をつき、「…ああ。そうだ」と渋々頷いた。


 二人の衛兵は一瞬、無言で視線を交わした。それから、最初の衛兵がにこやかに言った。「そうか。ならば通るがよい。大長老様は、奥の広間で皆と共におられる。」


 彼らの横を通り過ぎる時、ミッカの耳に、衛兵の一人が低く呟くのが聞こえた。


「…可哀想に。」


「うむ」ともう一人が応えた。「あの子と同じように…親を亡くしたのだろうな…」その言葉は、ミッカの胸に、自分のものとは違う、しかし新しい弟のために感じる確かな痛みを突き刺した。


 神殿、あるいは宮と呼ばれる場所の内部は、活気に満ちていた。赤い頭巾を被った人々がスタスタと行き交い、誰もが何かの役目を担っている。その空気は、目的意識のざわめきで満たされていた。


「ミっカちゃん!」


 その快活な声に二人が振り向くと、ダイアンヤが満面の笑みで駆け寄ってくるところだった。


「あたし、おじい様にミっカちゃんのこと、いっぱい話しちゃった! 会いたがってたわよ!」


「お、おじい様…?」ミッカは戸惑って聞き返した。


「大長老様はダイアンヤ姉貴のじいちゃんだ」と、ミッコがさも当然のように説明した。


 ダイアンヤに導かれ、広い廊下を抜けて巨大な謁見の間へと入った。奥には、大きな黒檀のテーブルを囲むように、長老たちが座っていた。ダイアンヤが言っていた通り、その名に反して、全員が年老いているわけではない。特に、上座の隣に座る、黒髪で鋭い目つきの男性は、ダイアンヤが近づくのを見て、温かい笑みを浮かべた。


「アーニャ。」


「パパ!」彼女はそう応えると、テーブルへと駆け寄った。


 他の長老たちも若者たちに挨拶する。優しい顔立ちの女性がダイアンヤに勉強の進み具合を尋ね、少女は精一杯やっていると答えた。ミッコが深々と頭を下げると、ミッカもそれを見て、ペコリとぎこちなく真似をした。


 その時、テーブルの奥から、低く抑えた笑い声が聞こえた。大長老――禿頭に、膝に届きそうなほどの長い白い髭を蓄えた老人――が、彼らを見ていた。その目は年老いてはいるが、驚くほど澄んでいる。彼はミッカを上から下まで眺め、ミッコが与えた質素な服に目を留めた。


「フォッフォッフォッ…。その服は、お主には少々合わんのではないかのう?」


「あ、あの、私は…」ミッカは顔を赤らめながら言いかけた。


 老人はただ愉快そうに笑い、先ほどの女性に向かって言った。「すまぬが、この客人に合う服を見繕ってやってくれんか。」


「いえ、そんな、私は…」と断ろうとするミッカの肩を、ダイアンヤがポンと叩いた。「大丈夫、おじい様は言い出したら聞かないんだから。」


 その瞬間、大長老の目がスッと細められ、楽しげな表情が深い集中に変わった。彼は長い髭を撫でながら、前かがみになる。


「なんと…」


 ダイアンヤの父がそれに気づいた。「いかがされましたか、父上?」


「奇妙なことじゃ…」長老は呟いた。その声は低いが、静まり返った広間によく響いた。「まるで、一つの体に二つの魂が宿っておるようじゃ…」


 ミッカの目がカッと見開かれた。**ドキッ!**と心臓が跳ねる。あのもう一人の「私」の姿――背が高く、威圧的な鎧をまとった姿――が、目の奥で冷たく、恐ろしく煌めいた。


「ダイアンヤよ」老人はミッカから目を離さずに言った。


「はい、おじい様。」


「この子に、教えを授けるのじゃ。」


「えええええっ!?」ダイアンヤの驚きの声が響いた。


 別の長老が口を挟んだ。「大長老様、恐れながら。ダイアンヤはまだ修行中の身。なぜ彼女が?」


「確かに、アルカナの道においては有望ですが、それでも…」と、また別の者が続けた。


 しかし、ダイアンヤの父が、真剣な面持ちで言った。「父上のお考えには、我らには計り知れぬ理由があるはずだ。父上の決定は、絶対である。」


 その言葉に、広間は静まり返り、長老たちは黙って頷いた。


「二つの魂って…どういうこと?」ミッカは、何も理解できないままミッコに囁いた。


 老人はその問いを拾った。「儂にもはっきりとは見えんのじゃが…」


「あたしにも感じる」ダイアンヤが、真剣な目でミッカを見つめて言った。「あなたを見ていると、まるで二人の人間が同じ体にいるみたい。」


「なるほどな」とミッコがミッカに囁き、彼女も、驚いたことに、ただ頷くことしかできなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 奇妙な謁見の後、ダイアンヤはミッカを神殿内にある自分の部屋へと連れて行った。ミッコはレグルスを探しに行くと言って、どこかへ消えてしまった。


「ダイアンヤ…どうして、私があなたに教わるの?」ミッカは、ダイアンヤの部屋のベッドの端に腰掛けながら尋ねた。


「あたしには分かるから」ダイアンヤはそう言うと、自分の箪笥をガタガタと開け、服をベッドの上にポイポイと投げ始めた。「あなたにはアルカナへの素質がある。それも、すごく強いのが。」


 ミッカは首を傾げた。「アルカナ?」


 ダイアンヤは手を止め、彼女をじっと見つめた。「ああ…それさえも忘れちゃったのね。」彼女はため息をつき、服選びを再開した。「いいわ、簡単な授業よ。魔法には四つの種類があるの。一番一般的で使いやすい**【属性魔法】。火とか水とか、そういうの。次に、霊的な存在のマナが必要で、一番難しくて珍しい【霊的魔法】。そして、霊的魔法と似てるけど、精霊の代わりに自分の魂を触媒にする【アルカナ魔法】**!」


 ミッカは、即席の授業に集中すべきか、ベッドの上で繰り広げられる混沌としたファッションショーに集中すべきか迷った。


「そして最後が」ダイアンヤの声のトーンが少し落ちた。「一番『奇妙』で『特別』な、**【竜の魔法】**よ!」


 **ズキン!**と、ミッカの胸の奥で何かが強く脈打った。空っぽの胸に、古の響きがこだまする。


「竜の…魔法…?」その言葉は、奇妙なほど彼女の唇に馴染んだ。


「そう。他の魔法と違って、マナを使って何かを起こすんじゃない。魂そのものが『触媒』になるの。というか、魔法っていうより、存在の顕現に近いわね。」ダイアンヤはついに一つの服のセットを手に取り、勝利の笑みを浮かべた。それは、柔らかな空色のチュニックに、動きやすい濃紺の麻のショートパンツ、そして足首まで紐で編み上げる革のサンダルだった。「完璧!」


「あの…魂がどうとか、よく分からなかったんだけど…」ミッカは正直に言った。


 ダイアンヤは「ふんっ」と鼻を鳴らし、服を彼女に手渡した。「魔法の授業は後! 今は女の子の時間よ!」


(女の子の時間?)ミッカは戸惑った。


「そうよ!」ダイアンヤは腰に手を当て、いたずらっぽく笑った。「さあ、ミッカーちゃんをお着替えさせるわよ!」

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