第34話「俺も行く」
訪れた沈黙は、戦闘そのものと同じくらい暴力的だった。
つい先ほどまで、雷鳴がゴロゴロと轟き、怪物たちの断末魔が響き、古木が粉砕されるバキバキという吐き気を催す音が支配していた場所には、今や……何もない。ただ、樹海の遥か下、根の足場を、死の絶対的で病的な静けさだけが支配していた。
匂いが、すべてを圧倒していた。焦げた肉のツンとする金属臭、熱せられた岩のような硫黄の臭気、そして深淵から立ち上るヘドロと腐敗の悪臭。古の大樹の根元は、もはや原形を留めていない。生きた木の壁はぐっしょりと濡れ、黒い血と内臓のグロテスクな漆喰で塗りたくられていた。濃紺の甲殻の破片や、まだジュウジュウと煙を上げる肉片が木にめり込み、粘り気のある体液が下の暗い水へと**ポタポタ…**と滴り落ちていた。
テセウキは、その死体で作られた陰惨な壁に寄りかかっていた。疲労で鉛のように重くなった体は、ガクガクと制御不能に震えている。彼を突き動かしていたアドレナリンは消え去り、後に残ったのは肩のズキズキする痛みと、深い衝撃だけだった。彼はドラゴンの血――彼女が降らせた死の雨――で覆われ、そのベトベトして不快な層が、彼の肌と服の上で冷え始めていた。
その隣で、この大虐殺の源であるミッカもまた、膝をついて震えていた。黄色い雷の嵐と神の如き激怒は消え、代わりに弱々しくチカチカと明滅する青いオーラが、煤けた蒼白な顔を頼りなく照らしている。胸の前で拳を握り、彼女は**スゥーッ…**と深く息を吸い込み、最後の力を振り絞った。
彼女のもう片方の手、蒼白く震える手が伸び、テセウキの傷ついた肩にそっと置かれた。
「《治癒の印》」
その声は、かろうじて聞き取れるほどのかすれた囁きだった。青いマナが掌から流れ出し、優しく柔らかな光となって傷口に浸透する。強力な癒やしではない。筋肉を引き裂かれた激痛は消えない。だが、出血は止まった。ドクン、ドクンという狂ったような脈打ちは、鈍く我慢できる痛みへと変わった。死の寒気の中での、心地よい温もりだった。ミッカのオーラが、**フッ…**と最後の瞬きをして消えた。
「ごめんなさい、テセウキくん…」彼女はうつむき、肩を落として呟いた。その声には罪悪感が滲んでいた。「私…初級の治癒魔法しか、知らないの…」
テセウキは右手を傷ついた肩にやり、腕を動かしてみた。痛みに顔が歪みそうになるのを、無理やり笑顔に変える。その笑みは大きく、だが震えていて、どこか狂気じみていた。
「大丈夫だ、ミッカ!」彼の声は血にまみれた姿とは対照的に、不自然なほど明るかった。「十分すぎるくらいだぜ! 大した怪我じゃねえしな!」
彼はグッと胸を張った。虚勢を張るために。彼が一番年上なのだ。それが彼の義務だ。強くあらねばならない。
彼は彼女を見た。たった一人で怪物の軍団を殲滅した直後に、初級魔法しか使えないと泣いている、血まみれの少女を。
無垢?
その言葉は、彼の心の中で残酷な冗談のように響いた。彼は決して忘れないだろう。あの白熱する瞳、数分前に解き放たれた神の如き激怒を。あれは、恐怖そのものだった。
だが、今目の前にいるのは……ミッカだ。小さく、しゃくりあげ、怯え、そして明らかに自分自身の力に恐怖している少女。
だからこそ、彼は強くあらねばならない。彼女の中に棲む怪物がどうあれ、すべてうまくいくのだと証明する錨、頼れる兄貴でなければならない。彼は、今ここで自分のために泣いているミッカを、守らなければならないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
すり潰された薬草の強烈なメンソールの香りが、テセウキの鼻腔をツンと刺激した。それは、未だ左肩でズキズキと脈打つ痛みから気を逸らせてくれる、ありがたい刺激だった。
彼は低い木のベンチに座り、上半身を裸にしていた。年老いた『樹液の子』が、ねじくれた枝のような指とは裏腹に、驚くほど器用な手つきで治療を施している。彼女は冷たい緑色のペーストを、ドラゴンの歯が深く食い込んだ傷跡にヌリヌリと広げ、湿った大きな葉で包み込み、細い蔦でキュッと固定した。
「いっ……」
「トシカタ・ナタ?」
「俺じゃない。忘れてくれ……」
テセウキは視線を上げ、治療室の彫刻が施された天井をぼんやりと見つめながら、思考を漂わせた。
二日。あの地獄からたった四十八時間しか経っていないというのに、まるで一生分の時間が過ぎたかのように感じる。
救助は早かった。ミッカの電気の激怒が母なる樹の根をシーンと沈黙させた直後、騒ぎを聞きつけた『樹液の戦士』の一隊が根を伝って降りてきたのだ。彼らは動かなくなったミッカやテセウキを含む負傷者を担ぎ、宙吊りの里の比較的安全な場所へと運び戻してくれた。
ミッカ……
最初、彼女は罪悪感に押し潰されていた。目を覚まし、テセウキの包帯を見た瞬間、彼女はガックリと崩れ落ちた。最初からそこにいられなかったこと、彼に体を盾にさせてしまったことを悔いていた。だが、古の大樹は奇跡の場所だった。そこに充満する濃密な魔素が、外の世界では不可能なことを可能にしたのだ。
この場所では、アルマの魂が、どういうわけか具現化することができた。
ただミッカの頭の中に響く声としてではなく、ほぼ触れられそうな存在として。銀色の光のシルエットが、妹を抱きしめていた。テセウキは遠くからそれを見ていた。アルマの霊的な姿がミッカを慰め、姉が妹を落ち着かせるその様子は、彼の心の奥底にある琴線にジンと触れた。その光景は、彼自身の人生を映し出していた。ミッコの周りを常に回り、いつも「弟」を守ろうとしてきた自分、レグルス、そしてダイアンヤの姿を。その絆の強さは、彼に新たな決意を与えた。あの光を守るためなら、どんな傷も耐えてみせる、と。
だが、古の大樹のすべてが光であるわけではなかった。
テセウキの思考は、前日の出来事へと引き戻された。薬草の冷たさとは無関係の悪寒が、背筋をゾクッと駆け抜ける。
怪我を押して、彼は下へ降りると言い張った。契約の分を果たさなければならない。「硬い殻」が必要だったのだ。
樹液の収集者たちの一団と共に、彼は虐殺の現場へと戻った。その場所はまだ、死の臭いが充満していた。『樹液の子ら』が働く間、彼らのヒュウという口笛と、木がパキパキと鳴る音が空気を満たしていた。彼らは魔法を使い、指の舞と葉の歌で枝を操る。根は木製のクラーケンの触手のように黒い水へと潜り、沈んだドラゴンの死骸を釣り上げた。
その工程は、冷徹で、工場のように効率的だった。
枝が、膨れ上がった死体を水面へとザバァと引き上げる。収集者たちは黒曜石の鋸で、有機的な金属の板――爪、角、強化された鱗――をギギギと切り取っていく。それだけだ。残りの死骸、何トンもの肉と骨は、何の儀式もなく、ドボンと水中の深淵へと押し戻された。
職人としての本能を持つテセウキは、その無駄遣いをただ見ていることができなかった。無事な方の手でナイフを持ち、彼はドラゴンの丈夫な革を切り出し始めた。これはいいブーツやベルト、軽装鎧になるぞ、と彼は考えた。
『樹液の子ら』は手を止め、彼をジッと観察した。仮面を被った頭をコテンと傾げ、困惑している。なぜ人間は柔らかい肉を欲しがる? 重要なのは金属だ。テセウキは身振り手振りで、革を指差し、自分のブーツを指差し、縫う動作を真似て説明しようとした。彼らはただ彼を見つめるだけだった。「狩り」のその部分を利用するという概念は、彼らにとってあまりにも異質なようだった。
その時だった。
壊れた足場の端にいた収集者の一人が、低い音でヒュッと口笛を吹いた。太い枝が黒い水から現れ、ドラゴンではない何かを持ち上げた。
小さかった。体は真っ二つに裂かれ、下半身はなくなっている。葉と樹皮のマントはぐっしょりと濡れて黒ずみ、頑丈な胴体と、細く生気のない腕に張り付いていた。
彼らの仲間だ。『樹液の子』の一人。おそらく、テセウキたちが逃げる時間を稼ぐためにドラゴンを食い止めようとして死んだ者たちの一人だろう。
テセウキの手が止まり、心臓がキュッと締め付けられた。彼は静寂の瞬間、儀式、遺体を回収して丁重に葬るための手配を待った。
収集者は死体を見た。金属の爪がないことに気づいた。使い道がない。
彼は無造作に手を振った。生きた木が傾き、死体をブンと振るった。仲間の亡骸は滑り落ち、ボチャンとくぐもった音を立てて水に戻り、まるでゴミのように暗闇へと沈んでいった。
その瞬間、テセウキの血がグラグラと沸騰した。
ナイフが手からカランと落ちる。彼は収集者の元へドスドスと歩み寄り、怒りで視界を曇らせながら、その生き物の樹皮のマントを掴み、激しく揺さぶった。
「お前、何を考えてやがるんだ!?」テセウキは怒鳴った。その声は樹海にこだました。「あいつは仲間だろ! 戦ったんだぞ! 里を守って死んだんだぞ!」
生き物は攻撃的な反応を見せなかった。ただスッと立ち尽くし、滑らかで虚ろな木の仮面を、怒りに歪んだテセウキの顔に向けていた。
「敬意ってものがないのか!? ゴミじゃねえんだぞ! お前の兄弟だろ!」
彼は、死体が沈んでいく波紋がまだ広がっている水面を指差した。
「俺たちはドラゴンのパーツを集めてる! 全部集めてるだろ! なんであいつを捨てたんだ!? なんで家に連れて帰らねえんだよ!?」
生き物は頭をコテンと傾げた。
それはテセウキを見、水を見、そして再びテセウキを見た。その姿勢に悪意はなかった。残酷さもなかった。ただ、絶対的な「理解不能」があった。
その存在にとって、テセウキが叫んでいる概念は、単純に存在しないのだ。死んだ肉は水に戻り、根を養い、木になる。なぜ空っぽの殻を取っておく? なぜ落ちた葉のために泣く?
テセウキは生き物のマントをパッと放し、ザッと一歩後ずさった。呼吸が重く、不規則になる。彼は周りを見回した。他の『樹液の子ら』も作業を止め、彼を見ていた。全員が同じように不思議そうに首を傾げている。全員が同じ、虚ろな沈黙の中にいる。
誰一人として、彼の怒りを理解していなかった。誰一人として、あのように捨てることの重みを感じていなかった。
その瞬間、無表情な仮面たちの視線の下で、真実が沼地の冷気となってテセウキを襲った。彼らが違う生き物であり、魔法的な存在であることはずっと知っていた。だが、あの合理的で冷酷な生命のリサイクルの前で、その壁は越えられないものとなった。
彼らは食べ、戦い、建設する。だが、彼らは俺たちのように感じない。彼らにとって死とは、単に止まった歯車に過ぎないのだ。
こいつらは……絶対に、人間じゃない。
◇ ◇ ◇
文化の違いという現実は、テセウキが再び治療室の低いベンチに座っている間も、彼の心に重くのしかかっていた。
年老いた『樹液の娘』は、人間の思考の渦などお構いなしに作業を続けている。彼女はリズミカルな音を呟いていた。パチッ、パチッという穏やかなクリック音、そしてひび割れた木の笛を通り抜ける風のようなヒューという音。
「クシュ……マラ……タ……」
彼女はそう言いながら、薬草の葉を彼の肩にギュッと押し当てた。
テセウキは眉をひそめた。もどかしい。感謝したい、聞きたい、理解したい。だが、言葉の壁は越えられない絶壁だった。
「毒はもう抜けたと言っていますよ、テセウキくん」
優しく、霊妙な声が隣で響いた。テセウキはビクッとして振り返り、入り口に立っているミッカを見た。いや、二人を見た。
ミッカは疲れた様子で戸枠に寄りかかっていたが、その隣にはアルマの銀色のシルエットが佇んでいた。姉は透き通る唇に忍耐強い笑みを浮かべ、治療師を見つめていた。
「ミッカ、アルマさん」テセウキは呟いた。
「お姉ちゃん、彼らが何を言ってるか分かるの?」ミッカが尋ねた。
「ええ、分かります」アルマは肯定し、スッと近づいてきた。「彼女はこう言っています。『お前の肉は我らの樹皮に比べれば脆いが、その意志は樫の木の芯のように硬い』と。褒め言葉ですよ」
ミッカは彼らに歩み寄り、近くのベンチにチョコンと座って、好奇心旺盛にそのやり取りを眺めた。
「でも、どうやってるの、お姉ちゃん?」ミッカは尋ねた。「彼らの出す音……私にはただの木と風の音にしか聞こえない。古の世界に来る前に、彼らの言葉を勉強してたの?」
アルマは首を横に振った。光の髪が重さもなくフワリと揺れる。
「いいえ。私もあなたたちと全く同じ音を聞いています。パチッという音、ヒューという音……」彼女は、霊体の鎧が輝く自分の胸に手を当てた。「ですが、私の魂が理解するのです。この古の大樹は導管。彼らの意図、音の背後にある感情……それらがこの場所に満ちるマナを通して共鳴し、明瞭な言葉となって私に届くのです」
「便利だな……」テセウキは、羨望と感嘆の入り混じった溜息を漏らした。
その時、入り口の光が変わった。長い影が内部に伸びてきた。
全員が振り返る。新たな人影が入ってきた。
それは『樹液の子』だったが、テセウキが見てきた他の者たちとは違っていた。彼女は背が高く、その頑丈な木の体はボロボロの布や単純な葉では覆われていなかった。彼女は生きた花と、それ自体がボウッと生物発光する金色の蔦で織られたマントを纏っていた。手には、白く磨かれた根で作られ、先端がカッと輝く杖を持っていた。
年老いた治療師は即座に手を止め、深々と頭を下げた。
「女長老です」アルマが、敬意のこもった口調で訳した。
女長老は静かに歩み寄り、ミッカの前で止まった。顔を覆う木の仮面はより複雑で、すべてを見通す目のように見える螺旋が彫り込まれていた。
ゆっくりとした動作で、彼女はペコリとお辞儀をした。
「ショ……カ……」
彼女の声は深く、嵐の中で丸太同士がゴゴゴと擦れ合う音のようだった。
アルマが訳すその声は、生き物の厳粛さを響かせていた。
「彼女は言っています。『汝、天の雷と激怒を我らが根の深淵にもたらした者よ……我らの永遠の感謝を』」
ミッカはベンチの上でキュッと身を縮めた。彼女は自分の手を見た。今は綺麗だが、彼女の心の中では、まだ戦いの黒い血で汚れていた。
「私……」ミッカの声が震えた。「私に感謝される資格なんてありません。到着するのが遅すぎた。あなたたちの仲間……あとに残ったあの子も……私がもっと速ければ、死なずに済んだのに」
罪悪感が、重い錨となって彼女の首にのしかかっていた。
「あなたはできる限りのことをしました、ミッカ」アルマは言い、その霊体の手を妹の肩に置いた。物理的な重さはなかったが、その温もりは本物だった。「世界の重みを、一人で背負わないでください」
「アルマさんの言う通りだ」テセウキが口を挟んだ。痛む肩を無視して、前のめりになる。「もしお前が降りてきて、あの力を解放しなかったら……俺たち全員、ドラゴンの餌になってたさ。俺も含めてな。お前は、救える者を救ったんだ」
女長老が背筋を伸ばした。彼女は杖で床をドンと叩き、その乾いた音が全員の注意を引いた。彼女は再び話し始めた。ヒュンヒュンという口笛は今や速く、切迫しており、大きな身振りを伴っていた。
アルマの表情が変わった。微笑みが消え、心配の線が刻まれる。
「彼女は言っています……『根が囁いている。大地が震えている。“大いなる貪食者”が目覚めた。奴は血の匂いと雷の振動を感じ取った。奴が、戻ってくる』」
テセウキの背筋を、冷たいものがゾクッと走った。
「大いなる貪食者?」彼は尋ねた。「化け物のことか? レグルスの薬と引き換えに、俺たちに倒してくれって言ってた奴か?」
アルマは女長老の続きを聞きながら頷いた。
「ええ。彼女によれば、私たちのおかげで、彼らは青いドラゴンの『硬い殻』を集めることができたそうです。今や彼らは武器を鍛え、防御を強化するのに十分な金属を持っています。彼らは戦うことができます」アルマは言葉を切り、より暗い部分を訳した。「ですが……彼女は、それは無意味だと言っています。あの存在は厄災です。武装していても、根の呼び声があっても……彼らは暴風に対する枯れ葉のようなもの。奴は来て、何十人もの彼らを貪り食い、飢えを満たし、そして数ヶ月間、樹の深淵で眠る。しかし、目覚めれば必ず……奴は戻ってくるのです」
重い沈黙が部屋に落ちた。
ミッカが立ち上がった。椅子が床をガタッと擦る。
「心配しないで」彼女は、女長老の虚ろな仮面を真っ直ぐに見つめて言った。「私がやるわ」
テセウキはガバッと跳び起きた。
「おい、待てよ! ミッカ、話聞いてたか? 厄災だぞ! お前、前の戦いからまだ回復しきってないだろ。もしそれが……」彼はためらった。あの怪物、古の大樹に近づいた時に彼らを殺しかけたあの怪物のイメージが脳裏をよぎる。「もしあれが、俺たちがここに来る途中で遭遇したような奴だったらどうするんだ?」
「あれは水棲だったわ」ミッカは言い返し、その声に力が戻ってきた。彼女は床を指差した。「ここは高所よ。水からは遠い。あいつがここまで来れるわけがない」
「それは、あいつらがその巨体で木を登るところを見てないからだ、ミッカ……」テセウキは反論しようとした。
「私ならできる!」彼女は彼を遮った。
彼女は彼の方を向いた。青い瞳がギラリと輝いていた。そこに恐怖はない。あるのは獰猛な決意、彼女が呼び起こした嵐を思わせる沸き立つような怒りだけだ。それは、傷ついた友人や死んだ仲間を見るのにうんざりした者の目だった。
テセウキはアルマを見た。
霊体の姉はミッカの背後に浮かんでいた。末妹の勇気を見て、アルマの唇には誇らしげな笑みが浮かんでいたが、その瞳は……アルマの瞳は深い懸念を裏切っていた。ミッカが、戻ることのできない深淵へと歩み出そうとしているのではないかという、静かな恐怖を。
テセウキはフゥーッと深く息を吐いた。彼は何をすべきか知っていた。彼女をこの孤独な責任感に、そして彼らがアルマにした約束に、飲み込ませるわけにはいかない。
彼はザッと二歩前に進み、ミッカの両肩をガシッと強く掴んで、無理やり自分の方を向かせた。
「俺たちのことも、信じてくれよ」彼は言った。その声は固く、真剣だった。
ミッカはパチクリと瞬きし、驚きが一瞬だけ彼女の怒りの表情を和らげた。
「テセウキくん……?」
「お前は強いよ、ミッカ。たぶん、俺たちの中で一番強い。下で何をしたか、俺は見た。村が襲われた時もな」彼は彼女の肩を軽くギュッと握った。「でも、それでも……お前は人間だ。血も流すし、疲れるし、痛みも感じる。その小さな背中に、世界中の重荷を背負おうとするな」
彼は片方の手を離し、腰の剣の柄に手をやった。彼女のものでありながら、今は彼の責任でもある剣。
「レグルスにはあの薬が必要だ。里にはあの怪物の死が必要だ。そしてお前には、背中を守る誰かが必要なんだ」
彼は笑った。疲れた、けれど心からの笑顔で。
「俺も行く」




