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ドラゴの子  作者: わる
第一幕 - 第十環: 樹液の子ら
33/39

第31話「深淵の顎」

 母なる樹の内部は、古の、原初の空気に満ちていた。世界のまさに深奥から湧き出るかのような、甘い樹液と湿った土の香りが漂う。テセウキは**コツ…コツ…**と緊張した沈黙の中を歩いていた。彼のブーツの下で脈打つ生きた木の床が、その足音を鈍く吸い込んでいく。彼は一人ではなかった。彼の前後には、樹皮と葉でできたその体の構造の理を無視するかのような、流れるようで異質な俊敏さで動く者たちがいた。彼に付き添う守護者、十人の「樹液の子ら」――樹皮の斥候たちだ。


 彼らの木と葉でできた装束は見慣れたものだったが、今、この場の幻のような光の下で、テセウキは職人ならではの精密さでその細部に気づいた。彼らの胸当てを形成する樹皮の繊維の間には、暗く玉虫色に輝く金属の板が完璧に組み込まれていた。それは隠された外骨格のようで、回廊の有機的な光が触れるたびにチラチラと微かにきらめく。一つ一つの部品が機能的な芸術品であり、自然と目的の融合が、彼の創造者としての魂に語りかけてきた。


 しかし、樹の深部へと一歩進むごとに、彼の心は戦場と化した。アルマの言葉がこだまする。それは信頼であり、同時に押し潰されそうなほどの重荷だった。壊れ、意識を失い、か弱い友人たちの幻影が、許しもなく彼の心を襲う。そして何よりも、レグルスの叫び――彼らを生かすために己の力がその身を喰らう、純粋な苦悶の咆哮が、彼の記憶に生々しい傷として残っていた。


(俺はただの職人だ。創り手であって、破壊者じゃない。俺に何ができる?何をすればいいんだ?)


 恐怖は、彼の胸に巣食う氷のように冷たい生き物だった。だが、彼はそれをグッと押し殺し、濃密な空気と共にパニックをゴクリと飲み込んだ。退くわけにはいかない。今、ここで。


 無意識に、彼の手が装備を確かめる。背中にしっかりと固定されたバックパック。ミッカの剣、その静かな誓いと、腰に感じるズシリと奇妙な重み。そしてカービン銃、木と金属の冷たい矛盾。ある男が彼の足を手当てしてくれた時に残していった、本のページから生まれた創造物。


 彼の足……


 テセウキの手が太ももへと下り、失った骨の代わりにそこにある金属のヒヤリとした輪郭を感じた。それはもう慣れた感覚だったが、このような時には、その不在の意識が強く蘇る。一人の見知らぬ者、通りすがりの旅人、ありえない過去の幻。その親切と知識があったからこそ、今この瞬間、彼はここに立っていられる。それは、人生の脆さと予測のできなさを目眩がするほど思い起こさせた。


 彼らは、まるで古の大樹の心臓そのものに彫られたかのような階段を下りていた。世界の深奥へと潜る、無限の螺旋階段だ。壁は石ではなく生きた心材でできており、生物発光する溝を樹液が流れ、ドクドクと脈打つ血管を思わせる模様を描いていた。木から放たれる霊妙な光にもかかわらず、テセウキは肌を粟立たせる確信をもって感じていた。外はすでに夜が更け、この下りの果てには絶対的な暗闇が待ち受けているのだと。


 時間は意味を失った。何時間もが、緑色の光と階段の催眠術のような単調さの中に引き伸ばされていく。やがて、遠くに小さな開口部が現れた。それは日光への出口ではなかった。むしろ、光そのものがそこから逃げ出し、外の暗闇に飲み込まれているかのような裂け目だった。テセウキはゴクリと唾を飲み込み、肋骨を叩く心臓の鼓動を感じながら、最後の一歩を踏み出した。


 彼は木々の海の最下層に戻っていた。沼地に。しかし、彼が見た光景に息を呑んだ。


 吊り下げられた道となっていた巨大な枝の網はない。地面もない。そこには、ただ沼地があるだけだった。見渡す限り広がる、静止した黒い水の広がり。空ならぬ空の下に広がる、液体の漆黒の海。


 古の大樹の天蓋が、今や下から見上げると、あまりにも密で広大だったため、上方の世界の片鱗さえも完全に遮っていた。巨大な幹の根元からは、蛇のように太い数本の根が数メートル突き出し、虚空を指す骸骨のような指となって、暗い水に飲み込まれていた。他の木々はない。最も近い木々でさえ、ありえない地平線の記憶に過ぎなかった。


 ここ、世界の底には、ただ水と闇があるだけだった。


 水…と闇…ただ…水…と…闇…


 **ズキン…**と、テセウキの胸を締め付け始めたパニックの渦は、唐突に断ち切られた。


 バシン!


 乾いた鋭い一撃が彼の背中で炸裂した。まるで鞭で打たれたかのようだ。彼は文句を言おうと振り返り、一人の「樹液の子」が後ろに立っているのを見た。その樹皮の手はまだ上がっている。その生き物は**シュー…シュー…**と呟き始めた。その音は、乾いた葉の間を風が囁くような、静かな口笛のようだった。テセウキは一言も理解できなかったが、高鳴っていた心臓が落ち着き始めると、その生き物の「呟き」もまた穏やかになっていった。彼はその時、理解した。これは攻撃ではない。少々…荒っぽいが、効果的なもてなしだった。


 彼を飲み込もうとしていた恐怖の淵から引き戻し、落ち着かせようとしてくれていたのだ。


 彼はふぅーっと深く息を吸い込み、沼地の悪臭が肺を満たした。恐怖はまだ、胃の中に氷の塊のようにあった。だが今、彼はそれに立ち向かっていた。怯えるわけにはいかない。ここで。今。強くならなければ。間違いなくこの暗い水の中に潜む怪物たちのために。そして今や、この呪われた場所を満たしていると知ったエレメンタルたちのために。何よりも、友人たちのために。


 恐怖の熾火はまだテセウキの胸でチリチリと燃えていたが、彼はそれを心の奥底へと押しやり、持たざる冷静さを装った。今、ここに、この任務に集中しなければならない。その束の間の自制の瞬間に、ある音――馴染み深く、それでいてひどく異質な音――が彼の注意を引いた。**ギシ…ギシ…**と、枝が軋む音。


 それは枯れ木が折れる乾いた音ではなく、生きた木が目的を持って動く、深い呻き声だった。彼に付き添っていた十人の「樹液の子ら」が、彼の周りに輪を作っていた。彼らの声、以前は解読不能な囁きだったものが、今や一つの、喉の奥から響く口笛のような詠唱に合わさっていた。森の心臓そのものから生まれた、古く力強い旋律でこだまする、葉の口笛。それに呼応して、母なる樹の壁から巨大な皮膚の毛のように生えていた細い枝々が立ち上がり、歌に合わせて踊り始めた。


 テセウキの体を、恐怖ではなく畏敬の念からくる、馴染み深いゾクゾクとした感覚が走った。それは、彼らを深淵の捕食者の爪から救い出したのと同じ魔法、同じ生命力だった。枝は木の蛇のように地面や壁から立ち上がり、彼らを包み込んだ。テセウキは、生き物たちが踊り、歌い、その儀式的な動きで一行の周りに保護の繭を織り上げていくのを、ただ畏敬の念をもって見つめていた。枝はありえない速さで絡み合い、葉が芽吹いてギチギチとあらゆる隙間を塞いでいき、やがて彼らは生きた木の巨大な球体の中に完全に包まれた。


 そのギュッと狭く、緑がかった薄闇の中で、テセウキは数少ない隙間から外を覗き込み、心臓が興味と不安の入り混じった鼓動を打つ中、次に何が起こるのかと訝しんだ。答えはすぐに来た。そして、それは決して心地よいものではなかった。


 古木が裂けるような呻きと共に、球体は樹の内部の壁から離れ、眼下の沼の暗闇へと真っ逆さまに落ちていった。


「あああああああああ!」


 テセウキの叫びは、純粋な恐怖からくる原始的な音だった。彼はギュッと固く目を閉じ、体をこわばらせ、衝撃と、冷たく悪臭を放つ水の侵入を覚悟した。捕らわれた。水中の墓となるであろう、木と葉の棺の中に。溺れ死ぬ。あれだけのことを乗り越えて、こんな終わり方なのか。


 しかし、衝撃は来なかった。いや、来たが、彼が予想していたものではなかった。**ザブン!**という鈍い水音がし、落下の感覚は、**ゆら…ゆら…**と穏やかでリズミカルな揺れに変わった。水は、彼を濡らしさえしなかった。


 ためらいがちに、まだ恐怖で目を細めながら、彼は球体の内部が乾いたままであることに気づいた。一滴の水もない。ゆっくりと、彼は目を開けた。木の隙間から下を見ると、ありえない光景が広がっていた。暗い沼が彼らを囲んでいたが、水はキラキラと輝く、ほとんど見えない層によって弾かれている。球体の表面からはプクプクと小さな酸素の泡が立ち上り、加圧された空気の障壁、母なる樹自身の呼吸可能な恵みがそこにあることを示していた。


 好奇心から、彼の中の職人が怯えた戦士を上回り、テセウキは手を伸ばして内壁に触れた。彼は魔法の微かな振動を感じ、少し力を込めると、指が葉の編み目をスッと通り抜けた。鈍い音がして、彼の手は障壁を突き破った。外で、彼は沼のヒヤリと冷たく、油のような感触を感じた。彼は素早く手を引き戻した。濡れたそれを見て、肌についた小さな気泡が、手が乾くにつれて一つ一つ弾けるのを見た。


 その時、彼はもう一つの変化に気づいた。生き物たちの詠唱が違っていた。儀式を始めた時は十の声が調和していた。今は、たった三声。詠唱は交代で行われているようで、複雑で途切れのない旋律が、魔法を生かし続けながら一人から一人へと受け渡されていた。


 球体は沈んでいった。静かな目的を持って動き、眠れる巨人の手足のように液体の深淵に広がる、古の大樹の巨大な根を避けていく。深く潜るほど、テセウキはより多くを見ることができた。沼の漆黒は、未知の光源に照らされた、幻のような緑がかった黄昏へと変わっていった。彼は他の巨大な木々の幹、水没した墓場のモノリスが、発光する苔に覆われているのを見た。彼はそこに生息する奇妙な水中の生命を見た。魚と呼ぶには躊躇われる生き物、冷たい光で脈打つ生物発光の怪物、そして視界の端をスッーと通り過ぎる、針のような歯を持つ不定形の影。


 そして、常にそこにあるのは、古の大樹の巨大な幹であり、そのスケールはますます理解を超えていった。彼らは、まるで世界の柱であるかのように、終わりのない生きた木の壁の横を下りていった。


 突然、球体がグンッと止まった。滑らかで一定だった動きが、テセウキをよろめかせ、心臓を喉まで跳ね上がらせるほどの唐突さで止まった。生き物たちの詠唱は即座に変わった。以前は低く共鳴する呟きだった旋律が、より鋭く、ほとんど嘆くような口笛となり、さらに多くの声が歌に加わり、木の構造そのものを振動させる複雑で切迫したハーモニーを生み出した。テセウキが彼らが何をしているのかと訝しんでいると、球体全体が揺れるのを感じた。それは水の乱れではなく、固く、意図的な衝撃だった。


 彼は木の壁の隙間へと駆け寄り、不安に目を見開いた。水没した寺院の柱のように太い巨大な根が暗闇から現れ、ガシッ!と球体をその固い握りで捕らえていた。そして、今やより高い周波数で振動する詠唱に応えて、球体自身がフワリと開き始めた。まるでスローモーションで咲く木の華のように、それを形成していた枝が離れていき、外の根がねじれて一種のトンネル、カプセルの内部と母なる樹の体を繋ぐ密閉された通路を創り出した。


 一人の「樹液の子」がテセウキのズボンの裾を引っ張り、短く鋭い口笛と共に、新しく形成されたトンネルを指差した。その中の薄闇で、テセウキはすでに四つのシルエットが蜘蛛のような敏捷さで木を登り、通路の暗闇へと消えていくのを見た。


 喉の奥から込み上げる恐怖を飲み込み、彼は後を追った。登りは短く、絡み合った根でできた狭い回廊を抜けた。それを通り抜けると、彼は小さな開けた場所、生き物たちがたった今創り出したと気づいて驚愕する小部屋に出た。それは液体の深淵の中にある空気のポケット、中央に円形の穴が開いた不安定な聖域だった。その闇の井戸は沼の水へと直接繋がっている。下からは、球体の中の生き物たちの詠唱がまだ聞こえ、木を通してブーンという一定の唸りとなって響いていた。


 そこで、その限られた空間で、テセウキと四人の「樹液の子ら」は「準備」をした。というか、テセウキは、その静かな儀式を解読しようと、彼らを見ていた。一人の口笛は著しく大きく複雑で、まるでリーダーが命令を下しているかのようだった。他の二人はより低いトーンで応え、シンクロして動く。しかし、四人目の一人が際立っていた。


 他の者たちから離れ、彼は不安そのものを体現しているかのようだった。枝のように細い指で自分の腕をトントンと神経質に叩きながら、小さな部屋の中をウロウロと歩き回っている。彼は他の三人とは交わらず、その空虚な木の仮面は常に床に向けられていた。好奇心と、チクリとした共感から、テセウキは近づいてみた。


「あの…」彼は口火を切ったが、その声は緊張した静寂の中では大きすぎた。


 その生き物はビクッ!と飛び上がり、キィッというパニックの囁き声を上げると、怯えた動物のようにテセウキからササッと離れ、一番遠い隅でキュッと縮こまった。テセウキは立ち尽くし、罪悪感に襲われた。怖がらせるつもりはなかった。だが、その生き物の過剰な反応が、彼の心に恐怖の種を植え付けた。他の三人があれほど冷静で、冷徹に見えるのに、仲間の一人をこんな状態に陥れるとは、一体何をするつもりなのだろう?


 その時、リーダーらしき生き物がテセウキを呼んだ。彼の真正面に立ち、頭巾に隠された仮面を上げている。テセウキは、ほとんど完全に首を下に傾けなければ、それと向き合うことができなかった。その生き物は細く黒い指で部屋の中央の穴、穏やかに脈打つ黒い水の井戸を指差した。そして、テセウキは気づいた。その認識は、沼地そのもののような冷たさで彼を襲った。


「そこへ…入れと…?」


 テセウキは穴の縁に近づいた。そこから放たれる空気は冷たく、水没した時代の吐息を運び、独自の質感を持つかのような、ヘドロと腐敗の匂いがした。水の漆黒は絶対的で、光を反射せず、ただ貪り食うだけの、油のようで静止した水面だった。それは忘却への入り口だった。


 その時、彼は葉の口笛を聞いた。


 一行を率いる生き物が踊っていた。その細い指が空中に見えない模様を描き、以前は呟きだった詠唱が、今やテセウキのブーツの下で根の床そのものをビリビリと震わせるほどの共鳴力を持っていた。


 それに呼応して、彼の腕ほどもある太さの生きた枝が、飢えた蛇のように壁をズルズルと滑り降り、彼の胴体にギュウギュウと大蛇のような力で巻き付き、肺から空気を「ぐえっ!」と押し出した。彼は驚き、解こうとしたが、生きた木は容赦なかった。指のように俊敏な小さな枝々が背中を這い上がり、首筋を蛇行してうなじへと至る。


 そこで、生きた木のバレエのように、枝は複雑な格子状に織りなされ、葉が瞬時に芽吹いてギチギチと隙間を塞いでいった。有機的な兜が形成され、繊維が結合する最後の鈍い音と共に空気のポケットを密閉し、彼を緑がかった漆黒の中へと突き落とした。


 その時、テセウキは何をすべきか悟った。しかし、もう手遅れだった。


 詠唱が強まるにつれ、枝は彼を床から持ち上げた。パニックになり、彼は叫んだが、その音はくぐもって死んだ。彼は無慈悲にも、穴の中へと**ドボン!**と突き落とされた。


 水はただの接触ではなかった。彼の全神経をゾワッと震わせる、氷のように冷たく油のような侵害だった。冷たさが服を、肌を、骨を貫く。圧力は木の繭を押し潰し、それはギシギシと抗議の声を上げた。外の世界の音は消え、代わりに泡の轟音と、肋骨を叩く戦太鼓のように、彼自身の心臓のドクン、ドクンという狂ったような鈍い音だけが響いた。彼は盲目で、無力で、光のない深淵へと引きずり込まれていた。


(違う!違う!違う!餌だ!ただの、餌だったんだ!)


 しかし、暗闇は少しずつ薄れていった。彼が以前に見た、深淵から来る幻のような光が戻ってきた。下の濁った水の中に吊るされ、恐怖が彼の血管の中で毒となった。枝は彼を動かさなかった。空気は無限ではない。時間は引き伸ばされ、一秒一秒が苦悶の永遠だった。


 彼は世界の底、液体の墓場にいた。水没した木の巨大な聖堂のような根が、あらゆる方向に伸びている。空虚な目と半透明の体を持つ幽霊魚の群れが彼を通り過ぎていく。深部では、体よりも棘と歯が多い巨大な影が動いていた。


 その時、彼は感じた。ゆらりとした揺らめき。水の自然ではない振動。彼は薄闇に目を凝らした。そして、彼を見た。


 生体力学的な悪夢のように動き、病的なほど暗い青色の四足の生き物が、彼に向かってきていた。強力な尾が、恐ろしい速さでそれを推進している。その頭は平らだったが、その形は紛れもなくドラゴンのもので、瞳孔のない乳白色の光の井戸のような目をしていた。それらは見ていない。ただ、検知していた。


 テセウキは叫んだ。その音はブクブクと泡となり、無意味だった。彼はもがいた。


 ドラゴンが近づいた。近すぎた。その口が開いた瞬間、彼を掴んでいた枝がピストンのような力で動き、ゴツン!という鈍く重い打撃を生き物の頭に食らわせた。ドラゴンはくらりとし、逃げようとしたが、古の大樹の根から生きた木の触手が**ズバババッ!**と現れ、静かな怒りでそれを突き刺し、掴んだ。そして、ブクブクという泡の渦の中で、テセウキは深淵から引きずり出された。


 テセウキは再び部屋へとびちゃっと吐き出され、濡れて鈍い音を立てて床に落ちた。一瞬、世界は彼の体の下で滑る生きた木、濡れた肺に冷たい空気、そして服に染み付いた沼の悪臭だけだった。枝は彼を放し、彼はそこにハァ、ハァと喘ぎながら、たった今経験した恐怖を処理しようとしていた。


 しかし、安堵する時間はなかった。彼の注意は、数メートル先で繰り広げられる混沌に、暴力的に引きつけられた。


 その生き物は同じ幸運には恵まれなかった。空中に半分吊るされた生きた木の網に捕らえられ、純粋な生存本能の狂乱の中でもがいていた。枝の圧力で窒息した、喉の奥から響くグルルル…といううなり声が漏れる。その強力な体が痙攣するたびに部屋全体がガタガタと揺れ、キチン質の甲羅が木の拘束に対してギシギシと軋む音は吐き気を催すようだった。それは檻に入れられた自然の力の苦悶、テセウキを魅了した暴力と絶望の光景だった。


 その残忍な戦いの最中に、彼の職人としての、細部を見るように訓練された目が、何かに焦点を合わせた。ドラゴンの腕から伸びる板に、油のような光沢で黒く輝く素材があった。それは彼がゾッとして認識した素材だった。「樹液の子ら」の鎧に埋め込まれたものと寸分違わぬ、有機的な黒曜石。その認識は病的な明瞭さで彼を襲い、その光景に新たな恐怖の層を塗りたくった。


(だからか?この暴力…この罠…生き物の体から一片をえぐり取るために?)


 彼の恐怖に満ちた視線は、生き物からその捕獲者へと移った。樹液の子らの詠唱は複雑なハーモニー、木の牢獄を無傷に保つ囁きのシンフォニーだった。しかし、何かがおかしかった。不協和音、旋律の震え。今や儀式に同調した彼の耳が、その源を見つけた。以前、彼を怖がらせたあの「樹液の子」だ。


 ブルブルと震えながら縮こまり、彼の歌はもはや力の詠唱ではなく、恐怖に砕かれた囁きだった。そしてテセウキは、その直接的な結果を見た。あの怯えた生き物の方角から放たれる枝はユルユルと緩く、ためらっていた。ドラゴンのうなり声のたびに、それらは緩み、その握りを失っていった。牢獄は、崩壊していた。


 ドラゴンは弱点を感じた。ためらいを感じた。もがくのをやめ、代わりにその怒りの全てを一つの行動に集めた。


 キイイイイイン!


 甲高い、ほとんど超音波のような叫びが、それから爆発した。それはただの音ではなかった。耐え難い圧力で空気を振動させる、音波の衝撃波だった。テセウキは本能的に耳を手で覆った。鼓膜を突き破るような激痛が、一瞬彼を盲目にした。


 ドラゴンの音波の咆哮は武器だった。耐え難い圧力で空気を振動させる見えない衝撃波。テセウキは耳を手で覆ったが、無駄だった。その音はただ聞こえるだけでなく、感じられた。骨に、頭蓋骨に響き渡り、正気を粉々に砕こうとする侵害だった。


 それで十分だった。


 怯えた「樹液の子」は、すでに勇気の限界に達しており、プツンと切れた。その唇の上の詠唱は、純粋な恐怖の哀れな鳴き声となって死んだ。彼はドサッと崩れ落ち、震える葉と恐怖の山となった。繋がりは、断たれた。


 即座に、彼が制御していた枝は生命力を失った。カサカサと乾き、脆い枯れ木となった。千の骨が折れるような音と共に、ドラゴンは弱点を利用した。暴力的な一引き、痛みと勝利が混じり合った咆哮、そしてその腕は今や役立たずとなった繊維をビリビリと引き裂いた。生きた木が裂ける音は、骨から肉が引き剥がされるかのようだった。


 臆病者は再び歌おうとしたが、恐怖が彼を麻痺させた。他の三人の「樹液の子ら」は、絶望的な努力で、その喪失を補おうとした。彼らの詠唱はより大きく、より切迫したものになる。新しい枝が芽吹き、生き物の怒りを抑えようとしたが、それは細い枝で雪崩を止めようとするようなものだった。ドラゴンの動きのたびに、より多くの木がバキバキと砕け散った。彼は、ほとんど自由だった。


 生き物が尾を掴む最後の枝を破壊することに集中している間、他の二つの、より俊敏な枝がその右腕と首に巻き付き、それを抑えようとする最後の絶望的な試みだった。隙間。テセウキは見た。怪物の喉が、一瞬だけ、がら空きになったのを。


 彼はミッカの剣を抜いた。オレンジ色の刃は薄闇の中で灯台のように見え、その重みは彼の手に、重荷であり約束でもあった。


 喉…


 彼は近づいたが、生き物の攻撃性は恐怖の壁だった。その乳白色の目は、瞳孔がなくても、彼に突き刺さり、迅速で残忍な死を約束しているように見えた。恐怖が彼を麻痺させた。筋肉が従うことを拒んだ。足が木の床に根を生やしたかのようだ。


 剣を持った人間じゃない。ダイアンヤの魔法で動きが鈍くなった生き物でもない。目の前にそびえ立つ、化け物だった。


 彼は戦士ではなかった。そこにいたのは、使い方も知らない武器を持ったただの職人、追い詰められた動物と対峙しているだけだった。そして彼は、その生き物の目に、ただの怒りだけでなく、自らの命のために戦う者の、殺意に満ちた絶望を見た。獲物が追い詰められた時こそ、最も危険なのだ。


 枝が、それを掴もうとしていた。


 しかし、それでは足りなかった。


 テセウキは、全ての詠唱がプツリと唐突に止まるのを聞いた。不自然な静寂が部屋に落ち、一秒の真空が永遠のように感じられた。そして、木が粉砕される音。彼は振り返った。


 そして彼の目は、カッと見開かれた。


 部屋の床が暴力的な噴火でドガアァァン!と崩壊し、破片、折れた根、そして暗い水が噴き出す間欠泉となった。水面下での静かな爆発に続き、彼を膝まずかせるほどの激しい爆発が起こった。臆病な「樹液の子」は壁にドシャッと叩きつけられ、壊れた人形のようになった。他の二人は上昇する水の暗闇に飲み込まれた。そして、リーダーは…


 リーダーは、深淵の悪魔のように床から現れた二匹目のドラゴンの顎に、ガブリと空中で捕らえられた。


 新しい怪物は、残った床の上に着地し、攻撃的に頭を振った。その歯の中の生き物はまだもがいていた。テセウキは、恐怖に駆られながら、リーダーが体が砕かれてもなお詠唱を続けようとし、その細い腕がねじれ、周りの枝がすでに死にゆく呼びかけに応えようとするのを見た。


 そして、卑猥な圧力と共に、ドラゴンの顎が**バキィッ!**と閉じた。


 テセウキの世界は、一つの音を除いて沈黙した。ブチッという湿った嫌な音。樹皮が裂け、骨が砕け、生命が消え去る、冒涜的なシンフォニー。


 リーダーの詠唱が、止まった。


 噛み千切られて真っ二つになったその体は、一瞬、グロテスクに垂れ下がった。下半身はびちゃっという湿った音を立てて壊れた木の床に落ち、今や「樹液の子ら」の血である、濃く緑がかった粘液に濡れた、不定形の葉と枝の山となった。


 ブチャッ。生命が消え去る音。


 **オエッ…**と、胆汁がテセウキの喉を焼きながらこみ上げてきた。衝撃はただ視覚的なものではなかった。実存的なものだった。あれは動物ではない。人だった。そして彼は、その人が死ぬのを見た。もっと悪い。彼が、その人が…


 喰われるのを見た。


 怪物は頭を上げ、吐き気を催すような喉の動きで、リーダーの上半身をゴクンと丸呑みにした。テセウキは目を逸らすことができなかった。ドラゴンの喉をゆっくりと下っていく、不定形の塊。恐怖が彼を麻痺させた。そして、ドラゴンは頭を下げ、床に残ったものに目をやり、冒涜的でグロテスクな貪欲さで、もう半身を貪り食い始めた。


 木が裂ける音は、そこで終わらなかった。彼の後ろで、木が**バキッ!**と勝利の音を立てて裂けた。最初のドラゴンが、尾を掴んでいた枝を攻撃的に叩きつけていた。彼が自由になるのは、時間の問題だった。


 テセウキは凍りつき、緊張病にかかったかのようだった。壊れた木の祭壇の上で、二柱の死の神の間に捕らえられていた。緑の樹液と血の匂いが空気に染み付いていた。彼の剣、英雄の武器が、震える手の中で爪楊枝のように見えた。


(俺は…どうすれば…?)

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